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中小企業・ベンチャー企業のための事業承継における信託の活用④ ~事例で学ぶ事業承継信託~

著者:ルーチェ法律事務所 弁護士  帷子 翔太

中小企業・ベンチャー企業のための事業承継における信託の活用④ ~事例で学ぶ事業承継信託~

1 設例の確認

前回の記事(中小企業・ベンチャー企業のための事業承継における信託の活用③~事例で学ぶ事業承継信託~では、次のような設例における遺言代用信託の信託契約の契約書例をご紹介させていただきました。

今回の記事では、同じ設例、契約書を前提に、契約書の例について、ご説明をしたいと思います。


2 信託契約の内容及び説明について

前回記事でご紹介させていただいた契約書の各条項のうち、第1条から第9条について、ご説明いたします。第10条以降については、次回の記事でご説明いたします。

第1条 信託の目的

(信託の目的)

  • 第1条 本件信託は、第3条記載の信託財産を受託者に信託することにより、信託財産を管理運用し信託目的達成のために必要な行為を行い、委託者の判断能力の低下、著しい身体機能の低下などA株式会社の運営に支障が生じうる事態に対処可能とすること、委託者兼第一次受益者のXの生活を確保しすること、信託財産をA株式会社の事業を承継する後継者Yに事業を承継させて世代交代を円滑に進めてA株式会社の株式の議決権の分散を防ぎA株式会社の経営安定を確保すること及び第二次受益者Yの生活を支援することを目的とする。

<ポイント>

  • 本件信託の目的を定める条項です。
  • 受託者の行う信託財産の管理等は、この目的の範囲でのみ行うことができことになります(第3条)。
  • 解約事由となる信託目的達成の有無もこの目的を達成しているかどうかで判断されます(第16条)

<解説>

  • 目的を広く抽象的に定めた場合、受託者の信託財産の管理等の行為も広く行えることになり、本来の委託者の意図と外れてしまう可能性もあることから、信託によって委託者が達成しようとする目的を明確に定める必要があると思われます。
  • 将来起こりうる事象を予測しつつ、また信託契約締結時の状況を前提とすることになるため、ある程度抽象的にならざるを得ない場合とあると思われますが、目的をできるだけ具体的に定めることによって、信託によって達成しようとした委託者の意図が実現しやすくなると考えられます。

第2条 用語の定義

(用語の定義)

  • 第2条 本信託契約において、次の各号に掲げる用語の定義は、当該各号に定めるところによる。
    • (1) 信託財産とは、第3条1項各号に定める信託の目的とする財産をいう。
    • (2) 本件会社とは、A株式会社(本店:●●県●●市●●)をいう。
    • (3) 信託株式とは、第3条1項1号で定める本件会社の株式をいう。
    • (4) 信託金融資産とは、第3条1項2号に定める金銭をいう。
    • (5) 本件事業とは、本件会社が行う事業一切をいう。

<ポイント>

  • 本信託契約で使用する各用語の定義を定める条項です。
  • 別紙として各財産の目録を添付し、特定することも考えられます。

<解説>

  • 契約書で用いる用後の意味合いに疑義や解釈の余地をできるだけ生じさせないように定義の内容は特定性を重視すべきです。
  • 用語の意味に齟齬が生じてしまった場合、後日紛争を招くおそれがあります。

第3条 信託財産

(信託財産)

  • 第3条 本件信託契約の目的とする財産は次のとおりとし、これを受託者において管理、その他信託目的達成のために必要な行為を行うものとする。
    • (1) 信託株式:委託者が所有する本件会社の普通株式●●●●株
    • (2) 信託金融資産:金10,000,000円
  • 2 委託者は受託者の承諾を得て信託財産以外の財産を追加で信託することができる。

<ポイント>

  • 主に事業承継を目的とした信託であるので、株式については、銘柄、その種類、個数等間違いのないように特定する必要があります。
  • 不動産が含まれる場合には、登記されている事項に従って特定する必要があります。
  • 金銭については金額も含めて特定する必要があります。

<解説>

  • 事業承継のために信託を利用する場合、「経営権(株式)の承継」と、「事業用財産の承継」という両面から検討する必要があります。そのため、会社の株式や事業用の財産を正確に特定し、確実に後継者に承継されるよう漏れがないようにする必要があります。
  • 信託財産に不足等が生じた場合、後継者への承継や安定した形成の継続等の実現に支障が生ずる可能性があります。

第4条 本件会社における承認等の手続

(本件会社における承認等の手続)

  • 第4条 委託者は、信託株式の信託について、本件会社の承認を得るものとする。
  • 2 委託者及び受託者は共同して、信託株式について、本件会社に対する株主名簿の書換請求など、本件信託のために必要な措置をとるものとする。

<ポイント>

  • 株式譲渡には会社の承認(株主総会、取締役会)を得る必要があります。
  • 株主たる地位を会社に対抗するためには、株主名簿への記載が必要です。

<解説>

  • 本信託は、主に事業承継のために信託を用いることとし、そのために、株式の名義自体を受託者とし、議決権行使の指示等を委託者の生前は委託者が、相続発生後は後継者が行うことができるようにしています。
  • 株式の名義を変更しつつも、指示等によって自身が株主であるのと同じ状態を作り出しつつ、遺産の範囲には含まれないようにしているので、これを達成するために、会社法または定款に定める手続きは適切に履行する必要があります。

第5条 受託者

(受託者)

第5条 受託者は、次のとおりとする。

住所 ●●県●●市●●

名称 一般社団法人B

  • 2 受託者に信託法56条1項各号に定める事由(受託者である個人を対象とするものを除く。)が生じた場合は、受託者の任務は終了する。

<ポイント>

  • 受託者となる一般社団法人を特定するものです。
  • 信託法56条では、受託者の任務が終了する事由を定めています。

<解説>

  • 受託者の候補としては、個人(親族・知人)、信託銀行、信託会社及び一般社団法人等が考えられるところ、受託者をどのように定めるかは、信託の組成において最も重要かつ最も困難な要素の1つです。
  • 本信託契約では、一般社団法人を利用するスキームにしています。このスキームでは、個人を受託者とする場合と比較して、死亡がなく、受託者の継続性という点からメリットがあります。また、信託銀行や信託会社を利用する場合と比較して、信託財産の規模やコストを気にする必要がありません。
  • ただし、当該一般社団法人の社員構成をどのようにするのかどうかについては、慎重に検討する必要があります。一般社団法人が株式を含め、信託財産の名義人となることから、一般社団法人の社員間で利害対立が生じてしまうと、意思決定が困難となります。
  • 受託者の任務は、一定の事由が生じた場合に終了するとされています。
  • 受託者が個人の場合、受託者の死亡、後見開始によっても任務は終了しますが、法人の場合には、これら個人を対象とするものについては適用されません。
  • 他方で、法人特有ものとして、合併以外の解散が定められています。

第6条 受託者の変更

(受託者の変更)

  • 第6条 受益者(Xの生前は第一次受益者X、Xの死亡後は第二次受益者。以下本条において同じ。)は、信託法56条1項各号に定める事由(受託者である個人を対象とするものを除く。)が生じた場合に、受託者を変更することができる。
  • 2 前項に定める場合、受益者が新たな受託者を定める。この場合、前項の規定により新たな受託者に定められた者が相当な期間を定めて催告しても受託者に就任しない場合は、受益者は新たな受託者を定めるものとする。

<ポイント>

  • 受託者の任務終了事由が生じた場合に、新たな受託者を変更する場合の規定です。
  • 信託によって利益を受けるのは受益者であることから、受益者が定めることができることとしています。
  • 万が一、受益者が指定した者が受託者に就任しない場合でも、受益者が再度新たな受託者を定めることができることとしています。

<解説>

  • 信託法62条1項では、受託者の任務終了事由が生じた場合において、新たに受託者を定める方法が規定されています。
  • 信託契約に定めがあればこれが優先しますが、この定めがない場合または信託契約の定めによって指定された者が引き受けをしないときは、委託者と受益の合意により新受託者を定めることとなっています。
  • 本信託契約では、信託法の定めを修正し、受益者が定めることができるようにしています。

第7条 受益者及び受益権

(受益者及び受益権)

  • 第7条 本信託の第一次受益者は、委託者Xとし、本信託のすべての受益権を有する。
  • 2 第一次受益者が死亡した場合において、長男Y及び長女Zが第二次受益者として受益権を取得する。この場合、取得する受益権の割合は、長男Yが●分の●、長女Zが●分の●とする。
  • 3 第二次受益者YまたはZが死亡した場合、死亡した第二次受益者が有していた受益権は、その者の直系卑属がこれを取得する。ただし、直系卑属がいない場合は、他の受益者が取得する。
  • 4 委託者は、前2項で定める第二次受益者並びに受益権の内容及び割合を任意に変更することができるものとする。この場合、委託者は、あらかじめ受託者に対し書面をもって通知するものとする。
  • 5 委託者が死亡した場合、本信託契約または法令に基づく委託者の地位及び権利は当然に消滅し、相続されないものとする。
  • 6 本信託の受益権については、第三者に対し譲渡、質入、譲渡 担保等の担保設定その他の処分をすることができないものとする。

<ポイント>

  • 本件信託によって利益を受ける受益者が有する受益権について定めています。
  • 委託者の生前は委託者が第一次受益者となり、委託者死亡後は、長男及び長女が第二次受益者となるとしています。
  • 第一次受益者、第二次受益者を定め、第二次受益者が死亡してしまった場合も想定して定めています。

<解説>

  • 信託法88条1項では、信託契約で受益者として定められた者が当然に受益権を取得するものとされています。
  • 本信託は、委託者の生存中は委託者自らが受益者となり、委託者の死亡後は長男及び長女が第二次受益者となるものとしています。これは、「後継ぎ遺贈」(遺産を受遺者に取得させ、当該受遺者死亡後にさらに別の者に遺産を取得される旨の遺贈。ただし民法上は無効との見解が有力です。)を、信託を利用して達成しようとするもので、後継ぎ遺贈型受益者連続信託とよばれます。
  • 後継ぎ遺贈型受益者連続信託は、信託法91条の定める「受益者の死亡により、当該受益者の有する受益権が消滅し、他の者が新たな受益権を取得する旨の定め(受益者の死亡により順次他の者が受益権を取得する旨の定めを含む。)のある信託」に該当します。
  • ただし、後継ぎ遺贈型受益者連続信託では、第二次受益者だけでなく、その次、さらにその次も受益者を定めることができますが、その有効期限は、信託設定から30年を経過した時以後においては、先順位の受益者の死亡による後順位の受益者の受益権の取得は1回に限り認められます(信託法91条)

第8条 効力発生時期

(効力発生時期)

  • 第8条 本件信託は本契約締結後、直ちに効力が発生する。

<ポイント>

  • 本件信託の効力発生時期を定めるものです。
  • 本件信託が、信託契約締結によって直ちに生ずることを定めています。

<解説>

  • 信託法4条は、信託行為(信託契約、遺言または公正証書等)ごとに効力発生時期を定めています。
  • 信託契約の方法による場合、契約締結によって効力を生ずるとしていますので、本信託契約における定めは法令の内容を確認する規定です。

第9条 信託財産の管理方法等

(信託財産の管理方法等)

  • 第9条 受託者は、本信託契約の条項及び適法法令を遵守し、善良な管理者の注意をもって、受益者のために信託財産にかかる管理その他信託事務を遂行する。
  • 2 受託者は、信託株式について信託財産に属する旨を記録するものとする。
  • 3 受託者は信託事務の遂行に当たり、信託財産を受託者の固有の財産と分別管理し て、両財産を混同してはならない。
  • 4 受託者は、信託財産を処分する権限を有しない。
  • 5 受託者は、本件信託の事務処理の一部を第三者に委託することができる。
  • 6 受託者は、信託財産に属する金銭があるときは、本件事業の経営並びに第14条に定める租税公課及び事務費用に使用することができる。ただし、受益者が反対の意思表示をしたときはこの限りではない。

<ポイント>

  • 受託者の権限及び義務に関する規定です。
  • 本信託契約では、受託者の権限(信託法26条本文)として、管理を主な権限とし、処分する権限を有しないこと(同条但書)を定めています。もっとも、使途を限定して、金銭の使用は許容しています。
  • 受託者の信託法上の義務として特に重要な、善管注意義務(信託法29条2項)忠実義務(同30条)、分別管理義務(同34条)を定めています。

<解説>

  • 受託者の権限は、信託26条が定めをおき、「信託財産に属する財産の管理又は処分及びその他の信託の目的の達成のために必要な行為をする権限」を有するとされます。ただし、これに制限を加えることができます。
  • 受託者が権限外の行為を行った場合の取り扱いは、信託法27条に定めがあり、その取消について定めています。
  • 受託者は、委託者及び受益者から信任を受けて、信託財産に属する財産の管理等を行うことから、善管注意義務、すなわちその地位にある者として通常要求される程度の注意すべき義務が課されています。
  • 善管注意義務と同様の趣旨から、受託者は、事故の利益ではなく受益者の利益のために各事務を行うべき義務を負っています。これを具体化したものとして、利益相反取引の禁止(信託法31条)、競合行為の禁止(信託法32条)があります。

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著者プロフィール

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帷子 翔太

ルーチェ法律事務所 弁護士

2015年弁護士登録(東京弁護士会)
日本大学法学部助教(2016年4月~現在)
二松學舍大学国際政治経済学部非常勤講師(2017年4月~現在)
一般民事事件、一般家事事件(離婚・親権)、相続問題(相続・遺言等)、企業法務、交通事故、債務整理、刑事事件、その他訴訟案件を取り扱っている。

民法(債権法)改正の概要と要件事実』(共著、三協法規出版、2017)、『相続法改正のポイントと実務への影響』(共著、日本加除出版、2018)、『Q&A改正相続法の実務』(共著、ぎょうせい、2018)、『Q&A改正民事執行法の実務』(共著、ぎょうせい、2020)等

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