[契約書の書き方] 第3回:取引基本契約書③
今回も、前回(第2回:取引基本契約書②)に続き、取引基本契約書の具体的な条項について解説します。
商品の検収
第5条(検収)
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- 乙は、甲が納入した商品を、甲乙が協議して定める検査基準及び方法により速やかに検査し、合格したもののみを受領する。
- 乙は、前項の検査により、商品の種類、品質又は数量が本契約に適合しないものであることを発見したときは、直ちに甲に通知する。
- 甲は、前項の通知を受けたときは、甲乙間で協議して定める期限までに、乙に対し、商品の代替品を納入し、数量不足の場合には不足分を納入するものとし、数量超過の場合には甲が超過分を引き取るものとする。
本条は、前回解説した第4条(商品の納入)の規定に従って納入された商品の検収(検査と受入れ)について規定するものです。
商法526条※1項は、商人間の売買における買主の目的物の検査義務を定めています。また、同条2項は、目的物に契約不適合(種類、品質又は数量が契約の内容に適合しないことをいいます。)があった場合、買主が直ちに売主に対して通知しなければ、契約不適合を理由とする責任追及ができないこと等を定めています。これに対し、本条は、これらの商法の規定に対する特約を定めたものということになります。
また、会社がその事業としてする行為及びその事業のためにする行為は「商行為」です(会社法5条)。一方、「商人」とは、自己の名をもって商行為をすることを業とする者をいいます(商法4条1項)。したがって、会社は、自己の名をもって商行為をすることを業とする者として、商人に該当し、商法526条の適用を受けることになります。
※ 商法526条
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- 商人間の売買において、買主は、その売買の目的物を受領したときは、遅滞なく、その物を検査しなければならない。
- 前項に規定する場合において、買主は、同項の規定による検査により売買の目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないことを発見したときは、直ちに売主に対してその旨の通知を発しなければ、その不適合を理由とする履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。売買の目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないことを直ちに発見することができない場合において、買主が6箇月以内にその不適合を発見したときも、同様とする。
- 前項の規定は、売買の目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないことにつき売主が悪意であった場合には、適用しない。
本条の具体的な内容については、第一に、検査基準や検査方法をどのように定めるかが問題となります(本条1項)。売主にとっては、買主側の基準や方法に任せた場合、厳しい検査により不合格品が増え、代替品を納入する負担も増大する危険性があります。上記の規定例では、当事者間で協議して定めることとしています。
第二に、買主の検査の結果、契約不適合が発見された場合における規律をどのように定めるかが問題となります(本条2項、3項)。上記規定例では、乙が直ちに甲に通知した後、甲乙間で別途協議して定める期限までに、甲が代替品を納入すること(履行の追完)、及び、数量過不足の場合の追加納入と数量不足の場合の引取義務について定めています。
売主が下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」といいます。)における下請事業者に該当する場合、契約不適合における返品可能期間等についての運用基準が設けられています(詳細は「下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準」(平成28年12月14日公正取引委員会事務総長通達第15号)を参照)ので、それらを考慮することも必要となります。
「直ちに」「速やかに」「遅滞なく」の相違について
第5条の規定例と商法526条には、「直ちに」「速やかに」「遅滞なく」という文言が登場しますが、法令用語の基礎知識として、これらの違いについてここで説明しておきます。
これらのうち、最も時間が短いのが「直ちに」であり、一切の遅れを許さない趣旨で用いられる用語です。「遅滞なく」は、他の2つと比較して時間的即時性が弱く、「速やかに」は、「直ちに」と「遅滞なく」との中間的な時間的間隔を意味します。
それぞれ具体的に何日という決まりがあるわけではありませんが(正確に決めておく必要がある場合には、「○○日以内に」というように具体的な日数等を明示すべきです。)、上記の比較を念頭に置いて条項の作成及び解釈を行うことになります。
所有権及び危険の移転
第6条(所有権及び危険負担)
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- 商品の所有権は、前条の検収により合格した時に、甲から乙に移転する。
- 危険負担は、甲が第4条第1項の規定により商品を納入した時に、甲から乙に移転する。
本条は、目的物の所有権の移転時期と危険負担について定めるものです。
「危険負担」とは、売買契約など、当事者が互いに対価性のある債務を負う双務契約において、一方の債務が債務者の責めに帰すべき事由によらずに履行不能となった場合に、他方の債務についてのリスクをいずれの当事者が負担するかという問題です。
この危険負担について、民法536条1項は、債権者が反対給付(自己が給付すべき債務)の履行を拒絶することができるという、反対給付の履行拒絶権を定めています。
また、同条2項は、債権者の帰責事由によって履行不能となった場合には、債権者が反対給付の履行を拒絶することができない旨を定めています(これは、「債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。」と規定していた改正前民法536条2項と同趣旨と解されています。)。
危険がいつ売主から買主に移転するかという問題について、民法567条1項は、引渡時以後に目的物が当事者双方の帰責事由によらずに滅失・損傷した場合、買主は滅失・損傷を理由とする履行の追完請求や損害賠償請求等ができないことを規定しています。これは、引渡しによって目的物の支配が売主から買主に移転することに着目し、以後の目的物の滅失・損傷に関する危険を買主が負担するという趣旨です。取引実務においても、これと同様に、目的物の引渡時に危険が売主から買主に移転するという例が多いと思われます。より買主に有利な条項とする場合には、危険の移転時期を検査の合格時とするか、さらに時期を遅らせて、代金支払完了時とすることも考えられます。
商品の価格
第7条(価格)
商品の価格は、甲が乙に対し提出する見積書に基づき、甲乙間の協議によって決定する。
価格は、売買取引を行う当事者間において最も重要な事項の一つですので、売主と買主の協議によって決定すべきです。
売主が下請法における下請事業者に該当する場合には、類似品等の価格又は市価に比べて著しく低い価格を定めると、いわゆる「買いたたき」として同法4条1項5号違反となりますので、注意が必要です。
代金の支払い
第8条(代金支払い)
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- 乙の甲に対する商品代金の支払いについては、毎月末日締め、翌月25日支払いとする。支払期日が、土曜日、日曜日、又は国民の祝日に当たるときは、翌営業日に支払うものとする。
- その他の具体的な支払条件については、甲乙間の協議により別に定める。
代金の支払方法及び支払条件についても、最も重要な事項の一つですので、価格と同様に、売主と買主の協議によって決定すべきです。
売主が下請法における下請事業者に該当する場合には、買主(親事業者)は、発注の都度、売主(下請事業者)に対し、同法3条所定の書面(3条書面)を交付しなければならず、同書面に支払期日を記載する必要があります。この支払期日は、親事業者が下請事業者の給付を受領した日から起算して60日以内のできる限り短い期間内としなければなりませんので(下請法2条の2第1項)、検収後の一定期間内に代金を支払う旨の支払条件を定める場合であっても、現実に商品を受領した日(検収より前の日)を基準として60日以内の支払期日となるように定めておく必要があります。
なお、3条書面については、公正取引委員会のウェブサイトに、「下請代金支払遅延等防止法第3条に規定する書面に係る参考例」と題するPDF書面が公開されています。
次回も、引き続き取引基本契約のその他の条項について解説します。
(第3回・以上)