Q&Aで学ぶ民法(債権法)改正 第10回「利益相反行為に関する規定の改正」
Q:Aは、Bの土地と建物を借りる賃貸借契約を結ぶ際に、Bの要求に応じて白紙委任状を渡していました。白紙委任状とは、委任事項や受任者等を空欄にしたまま委任者が署名した委任状のことです。 その後Aは勤めていた会社をリストラされたことから賃料の支払いが滞りがちになりました。Bは、白紙委任状を使ってAの代理人としてCを選任し、CとBとの間で未払賃料に加えて違約金を直ちに支払う等というBに有利な和解をしました。このような代理契約は有効でしょうか。 |
A:改正民法によれば、Cの行為は利益相反行為と評価され、無権代理に関する規定が適用されることになります。 |
1.改正のポイント
令和2(2020)年4月1日から債権法を改正する改正民法が施行されています。
前回の「代理権濫用に関する規定の改正」に引き続き、本稿では利益相反行為に関する規定の改正について取り上げます。
2.改正点の解説
改正民法は、代理権の濫用について、代理人が自己または第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方がその目的を知り、または知ることができたときは、その行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす、という規定を設けます(民法107条)。
これは、これまで条文に書かれていなかった判例法理を明文化するものです。
3.利益相反行為に関するこれまでの解釈は? 改正の理由は?
(1)利益相反行為とは
利益相反行為に関する規定について、改正前民法の解釈をみておきます。
本人と代理人との間で利益が衝突するような行為を利益相反行為といいます。設問QのCはAの代理人ですが、Bに有利な行為を行っており、こうした利益相反行為を有効と認めることには問題があります。
これについて、大判昭和7年6月6日民集11輯1115頁は、借家人が家屋の賃貸借契約を締結する際に、家主との間で紛争が生じた場合には借家人の代理人を家主が選任することができるとの特約をした事例につき、その特約は無効であり、代理権は認められないと判示していました。
この判例法理から考慮すると、設問QのCは代理権のない無権代理ということになります。
(2)利益相反行為に関する改正前民法の規定
もっとも、改正前民法には利益相反行為を直接規制する規定はありませんでした。しかし、自己契約・双方代理を原則禁止とする改正前民法108条(改正民法108条1項)があり、上記の判例はこの規定の趣旨に準拠して無権代理行為だとしています。
自己契約とは、代理人自身が契約の相手方となる場合をいい、双方代理とは、当事者双方を代理する場合をいいます。
自己契約(図表1)では契約の内容をEだけで決めることができるので、Dの利益が害される(契約当事者D・Eが利益相反関係に立つ)おそれがあり、双方代理(図表2)ではFとGの利益が害される(契約当事者F・Gが利益相反関係に立つ)おそれがある、といえます。
このように、自己契約と双方代理では、本人の利益が害されるおそれが認められるため、代理権の範囲内の行為ではあるものの、本人の利益の保護を目的として、原則として禁止されています(改正前民法108条本文(改正民法108条1項本文))。
この規定に違反する行為は無権代理となり(最判昭和47年4月4日民集26巻3号373頁:改正民法108条1項はこのことを明文化しています)、本人が追認の意思を表示しない限り、本人には効果が帰属しません(追認されればその行為は始めから有効な代理行為となります:民法116条)。
ただし、本人の利益を害する恐れがない行為、例えば、債務の履行や本人があらかじめ許諾した行為については有効としています(改正前民法108条但書(改正民法108条1項但書))。
(図表1)自己契約
(本人)D←──────────代理関係────────────────┐ | | 代理権| | ↓ ↓ E──────────────────────────────→E (Dの代理人) 一方ではDの代理人として、他方では自己の立場で行為 (自己の立場) |
(図表2)双方代理
(本人)F───────────G(本人) | | 代理権| |代理権 ↓ ↓ (Fの代理人)H──代理行為────→H(Gの代理人) |
(3)利益相反行為に関する改正民法の規定
改正民法は、自己契約・双方代理に該当しない行為であっても、代理人と本人の利益が相反する行為(利益相反行為)について、代理権を有しない者がした行為(無権代理)とみなすこととしました(改正民法108条に2項を追加)。
利益相反行為に当たるかどうかは同項で明確に規定されていませんが、親権者の利益相反行為について定める民法826条1項の「親権を行う父又は母とその子との利益が相反する行為」という表現を踏まえて規定されていますので、その解釈に従えば、代理人の利益となる一方で本人には不利益となる行為であって、代理行為自体を外形的・客観的に考察して判断されるものであり、その際に代理人の動機や意図を考慮すべきではないと解されています(最判昭和37年10月2日民集16巻10号2059頁)。
なお、親権者の利益相反行為に当たる行為としては、(1)親権者が子の財産の贈与を受けること、(2)親権者の債務について子を保証人とすること等が挙げられますので、これも参考になるでしょう。
設問QのCはBによってAの代理人に選任され、AのためでなくBに有利な和解をしていることから、Cの行為は利益相反行為と評価されることになるでしょう。
「無権代理」とみなされますと、設問Qのような事例には無権代理に関する規定が適用されることになりますので(図表3も参照)、本人が利益相反行為を事後的に追認(民法113条)することや、相手方が本人に対して相当の期間を定めて追認するかどうかの確答を催告することもできます(民法114条)。
(図表3)無権代理に関する規定の具体例
本人(A) |
無権代理行為の追認または追認拒絶(民法113条・116条) |
相手方(B) |
相当の期間を定めて、無権代理行為を本人が追認するかどうかの確答を催告(民法114条) |
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