第2回 何が変わる?サラリーマンにとっての令和3年(2021年)税制改正
1.サラリーマンにとってはここが変わる
(1)個人所得課税
〇セルフメディケーション税制
本人や生計を一にしているその配偶者、その他の親族の医療費を支払ったときには、医療費控除が受けられます。これは、次のように計算されます。
(実際に支払った医療費の合計額 – (1)の金額) – (2)の金額
(1) 保険金などで補てんされる金額
(例) 生命保険契約などで支給される入院費給付金や健康保険などで支給される高額療養費・家族療養費・出産育児一時金など
(注) 保険金などで補てんされる金額は、その給付の目的となった医療費の金額を限度として差し引きますので、引ききれない金額が生じた場合であっても他の医療費からは差し引きません。
(2) 10万円
(注) その年の総所得金額等が200万円未満の人は、総所得金額等の5%の金額
これは、サラリーマンであっても年末調整はできず、確定申告が必要です。
この医療費控除の特例として2017年(平成28年)から導入されたのがセルフメディケーション税制です。これは、別名「特定の医薬品購入額の所得控除制度」と言い、健康の維持増進及び疾病の予防への取り組みとして一定の取り組み(特定健康診査・予防接種・定期健康診断・健康診査・がん検診)を行う個人が、スイッチOTC医薬品(要指導医薬品及び一般用医薬品のうち、医療用から転用された医薬品)を購入した際に、その購入費用について所得控除を受けることができるものです。平たく言えば、指定の医薬品を購入したり予防接種を行ったりなどして「健康への取り組みを行って」いれば、その費用が年間で1万2,000円超となる場合、その超過部分の金額が所得控除を受けられるというものです。上限は8万8,000円となっています。
たとえば、該当の医療費が年間5万円かかったときは、3万8,000円(5万円-1万2,000円)が所得から控除されます。
これは令和3年12月31日までの措置でしたが、今回の改正でこの期間が5年間延長され、2026年12月31日まで適用できることになります。今回の改正でスイッチOTCの対象となる医薬品の見直しもなされました。
なお、医療費控除とセルフメディケーション税制は選択適用(どちらか一方を適用すると他方は使えない)です。
〇国や地方自治体の実施する保育その他の子育てに対する助成等の非課税措置
税制大綱の概要では以下のように記載されています。
「国や自治体からの子育てに係る助成(ベビーシッター・認可外保育施設の利用料等)について、子育て支援の観点から、非課税とする措置を講ずる。」
地方自治体で独自の子育て支援策を行い、ベビーシッターなどの費用を一部補助しているケースがあります。この助成金は所得税法上で雑所得となり、給与所得以外の他の所得と併せて一定額を超えると、確定申告が必要で、所得税や住民税が課税されていました。そのため、収入が増えたわけではないのに支払う税金が増えるという現象が起きることとなり、これを解消することが課題でした。
今回の税制改正でこの助成金は所得税の非課税対象となります。
〇退職所得課税の適正化
退職所得については、従来から税負担を一層軽減するような設計になっています。具体的には以下の算式で計算されます。退職所得控除という特別な控除があること、そして収入から退職所得控除を引いた金額を2分の1にする、という部分が特徴的です。
(収入金額 – 退職所得控除額※)× 1/2
但し、勤続年数が5年以下の役員等については、この1/2措置を行わないことになっています。
※退職所得控除額
以下の通り計算されます。条件を満たしていれば収入金額から差し引くことのできる金額です。
勤務年数 (1年未満端数は切り上げ) |
退職所得控除額 |
---|---|
20年以下 | 40万円 × 勤続年数(80万円未満は80万円) |
20年超 | 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 – 20年) |
今回の改正で、収入から退職所得控除額を引いた残額が300万円超の部分については、役員のみならず、従業員についても、勤続5年以下の場合はこの2分の1課税を適用しない、となりました。この制度改正の目的として、税制改正大綱では、「退職所得課税における2分の1課税は、退職所得が長期にわたる勤務の結果生じるものであり、勤務の対価の一部が蓄積して一挙に支払われるものであることに配慮した税負担の平準化措置であることに鑑み、法人役員等以外についても・・・(中略)・・・適用から除外する」とあります。短期間で勤務する予定の従業員の給与を意図的に下げて、退職時にその分の退職金を上乗せすることで税負担を軽減するという節税方法がこれまでは理論的に可能でしたが、改正後はその対応は不可能になります。
今回の改正内容を表に整理すると以下の通りです。
【改正前】
勤続年数 | 従業員 | 役員等 |
---|---|---|
5年以下 | 1/2課税適用あり | 1/2課税適用なし |
5年超 | 1/2課税適用あり |
【改正後】
勤続年数 | 従業員 | 役員等 | |
(収入金額 – 退職所得控除額) | – | ||
300万円以下部分 | 300万円超の部分 | ||
5年以下 | 1/2課税適用あり | 1/2課税適用なし | 1/2課税適用なし |
5年超 | 1/2課税適用あり | 1/2課税適用あり |
短期間で退職する人で多くの退職金を貰う人に対しての課税が強化された形になります。
なお、この変更は、令和4年分以降の所得税について適用されますので、令和3年の所得については現行制度が継続されることになります。
2.その他の税制改正
以下はすべての人に関係する税制改正内容ですが、サラリーマン世帯も多くの世帯に影響があると思われるため、少し解説を加えておきます。
資産課税
〇住宅取得等資金に係る贈与税の非課税措置の拡充
直系尊属(父母、祖父母)から住宅取得資金の贈与を受けた場合、一定金額までは非課税となりますが、この制度に関して、以下の点で改正されます。
① 非課税枠拡大
(※)耐震、省エネ、バリアフリーの住宅用家屋の場合。一般住宅家屋は上記より500万円ずつ少ない金額。
現行 | 改正 | |
---|---|---|
消費税等の税率10%が適用される住宅用家屋の新築等 | 1,200万円 | 1,500万円 |
上記以外の住宅用家屋の新築等 | 800万円 | 1,000万円 |
② 床面積下限の引き下げ
現行では対象となる住宅用家屋の床面積は50m²以上ですが、今回の改正で40m²以上、と下限が引き下げられます(合計所得金額が1,000万円以下である場合)。つまり、従来よりも小ぶりな家屋でも制度の対象となります。
〇教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置の見直し
2013年4月1日から2021年3月31日までの間に、30歳未満の個人(受贈者)が、直系尊属(父母、祖父母)から教育資金を目的として金銭を贈与された場合、1,500万円までが非課税となります。税制改正で以下の点で課税が強化されています。
① 課税対象拡大
贈与者が死亡した(相続が発生した)ときに、贈与資金のうち教育資金として使っていない部分があるときには、贈与者が死亡する前の3年以内の贈与に関する残額のみ相続税の対象でしたが、改正によってすべての贈与に関する残額が相続税の対象となります。
但し、受贈者が23歳未満の場合、学校等に在学している場合、教育訓練給付金の支給対象となる教育訓練を受講している場合、は除きます。
② 孫、曾孫への贈与の相続時2割加算の適用
2割加算とは、相続税において、相続人(財産を引き継ぐ人)が父母、配偶者、子、以外の人になる場合、相続税を2割増しで支払わなくていけないというルールです。
従来は、この贈与税の非課税措置を適用したとき、贈与した人が亡くなった(被相続人になった)場合、直系卑属(子、孫、曾孫)であれば2割加算の対象ではありませんでした。今回の税制改正で子以外の人が相続するときについては2割加算の対象にする、とされています。
これは2021年3月31日までの贈与が対象でしたが、上記課税強化を実施した上で2021年4月1日から2023年3月31日の贈与まで、2年間延長されます。
〇結婚・子育て資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置の見直し
直系尊属(父母、祖父母)から結婚、子育てを目的として資金を贈与された場合、受贈者1人につき、1,000万円までの非課税枠があります。これは2015年4月1日から施行されている制度で、2021年3月31日までの贈与が対象でしたが、非課税適用を厳格化した上で2023年3月31日の贈与まで、と2年間延長されました。
非課税適用の厳格化の内容は以下の通りです。
① 孫、曾孫への贈与の相続時2割加算の適用
上記の教育資金の一括贈与のケースと同じです。
② 受贈者(贈与を受ける人)の年齢要件
20歳以上50歳未満だった要件を、18歳以上50歳未満、と範囲が拡大されています。
これは2021年3月31日までの贈与が対象でしたが、上記課税強化を実施した上で2021年4月1日から2023年3月31日の贈与まで、2年間延長されます。
3.おわりに
令和3年度の税制改正について、サラリーマンに深く関連する所得税の変更点を中心に、国民の生活に関連する部分を解説してきました。
一般報道では、政治家や官僚を否定的に捉える論調も多いようにも感じられますが、税制大綱を見ていると、国民にとって何が必要か、国として何ができるのか、ということを真剣に考えた上で作られている痕跡が感じられます。筆者は政治的に特定の信条を持っていませんが、現在の政治家や官僚の皆さんの血のにじむような努力に敬意を表しつつ、本稿を締め括りたいと思います。
4.備考
本稿は、ふだん税金について馴染みのないサラリーマンの方々を中心に、税制改正の内容をできるだけわかりやすく伝えることを目的に寄稿したものです。そのため、あえて厳格でない表現をした部分もありますのでご容赦ください。実際の適用にあたっては、税理士などの専門家、あるいは税務署に相談されることをおすすめします。
以上
参考資料
令和3年度税制改正大綱 自由民主党・公明党(令和2年12月)
令和3年度主な税制改正 要望の概要(令和2年9月)
令和3年度税制改正の大綱の概要
国税庁 タックスアンサー(よくある税の質問)