棚卸資産とは何か。棚卸しってなぜやるのだろう?在庫管理から見えてくる会計の基本をわかりやすく解説します。
棚卸し(たなおろし)という言葉を、みなさんご存じかと思います。
町中にある小売店などで、「今日は棚卸しをするので閉店時間が早いです」という張り紙を見たことがある方も多いのではないでしょうか。
では、この棚卸しという作業、一体なんのためにやっているのでしょうか?
実はそれを理解するためには、会計学の基礎を学ぶ必要があります。
費用収益対応の原則
最初に確認したいのは、企業会計の目的です。企業会計は「適正な期間損益計算」を目的としています。別の言葉で言い換えると、
一年間でどれだけ儲かったのか?
これを計算するのが目的です。企業というのは、基本的には一度設立されたら永続的に存在するものと考えられています。しかし、その考え方だけでは、その企業がどれだけの力量を有しているのか、なかなか把握することができません。把握できないと、例えばその企業に投資をしたい外部の関係者は、適切な判断を下すことができません。
そこで、一定の期間を区切ってその企業を評価するための仕組みが作られました。それが会計制度です。通常は一年間で評価しますが、ときには半年や三ヶ月、一ヶ月といったより短い期間で評価することもあります。
この「適正な期間損益計算」をするために、会計ではいくつかの原則が用意されています。その中のひとつに「費用収益対応の原則」というものがあります。これは、
- その期間内に計上されている売上と費用が、きちんと対応関係にあること
このようなことを求めている原則です。例えばですが・・・
- 長期間に渡って効果を発揮する費用を、今年一年で全部経費にした
- ほんとうは今年の経費だが、赤字に見せたくないので、来年の経費として先送りした
こういった行為が適正な期間損益計算を歪めていることは、なんとなく想像ができるのではないかと思います。この事例でいえば、前者は経費の前倒し計上ですし、後者は経費の先送りです。
その年に計上されている費用(経費)は、その年の売上に見合ったものでなければいけません。そうでなければ、適正な期間損益計算ができないからです。これは逆も同じで、その年の売上は、その年の費用ときちんと対応していなければならないです。
この「費用収益対応の原則」を知っていると、棚卸しをする意味が見えてきます。
売上原価の計算方法
次に売上原価の計算方法について確認します。売上原価というのは、その年の売上に対応する原価のことです。上で紹介した「費用収益対応の原則」の考え方からしても、とても大切な意味を持つ数字であることがわかります。
- 売上原価
期首商品等棚卸高+期中商品等仕入高-期末商品等棚卸高
- 期首商品等棚卸高
期首に保有していた商品等の金額 - 期中商品等仕入高
その期中に仕入れてきた商品等の金額 - 期末商品等棚卸高
期末時点で保有していた商品等の金額
日常用語に置き換えると、こんな感じです。
「最初に持っていた在庫と、その年に仕入れた分から、最後の時点で持っていた在庫を引いた残額が、その年に売った商品の原価」
在庫を別の言葉で表現すると「どこかから仕入れてきたけれど、まだ売れていない商品」です。まだ売れていない、という点がたいへん重要で、これは「費用収益対応の原則」の原則からすると、売れていないのだから、経費にしてはいけない金額だということがわかります。
棚卸しというのは、在庫金額を確定させるための作業です。正しい在庫金額を確定させることで、その年の売上原価を計算することができるようになります。
※売上原価の具体例
期首商品等棚卸高: 100
期中商品等仕入高:2,000
期末商品等棚卸高: 200
当期売上原価
100+2,000-200=1,900
毎年、決算のころになると棚卸しをするのは、上の事例でいえば200という数字を確定させるためなのです。
粉飾や脱税
この棚卸しは、決算における一大論点です。なぜかというと、在庫金額を調整することで、決算の数字が大幅に変わってくるからです。
事例その1:上場企業A社の決算書(抜粋)
売上高 :100億円
期首在庫: 5億円
期中仕入: 30億円
期末在庫: 15億円
※売上原価 5+30-15=20億円
粗利益 : 80億円
ここで注目してみたいのは、期首在庫と期末在庫の差額です。なぜ在庫の金額が、一年間で3倍にも膨れ上がっているのでしょうか?企業側の発表を読んでみると「今後の業況拡大と資材価格の高騰を見込んで、先行して仕入れを進めた結果」という補足説明がありました。実際、大手企業の決算発表で、こんな感じの説明がされていることは珍しくありません。
ところが後日、実はこの決算が粉飾であることがわかりました。
売上高 :100億円
期首在庫: 5億円
期中仕入: 30億円
期末在庫: 2億円
※売上原価 5+30-2=33億円
粗利益 : 67億円
実は期末時点で保有していた在庫は、2億円しかなかったのです。しかし、A社は少しでも利益を大きく見せたかったので、在庫の数字を水増ししていました。このように、在庫数字を大きく見せることで、自社の業績をより良い形に粉飾しようとしたのです。これは大手企業などで散見される行為です。
事例その2:中小企業B社の決算書(抜粋)
売上高:1,000万円
期首在庫: 50万円
期中仕入: 200万円
期末在庫: 20万円
※売上原価 50+200―20=230万円
粗利益 : 770万円
ここでは先ほどのA社と逆に、在庫数字が大きく減っています。そしてB社は、A社とは逆に在庫隠しをしていました。
売上高:1,000万円
期首在庫: 50万円
期中仕入: 200万円
期末在庫: 70万円
※売上原価 50+200―70=180万円
粗利益 : 820万円
なぜこんなことをするのかというと、ズバリ脱税目的です。在庫を少なくしておけば、その年の売上原価を増やすことができます。そうすれば利益が減りますので、その分税負担を減らすことができます。この在庫隠しは、中小零細企業等で散見される行為です。
在庫の処理は、期間損益計算に大きな影響を与えます。取り扱う商品が多い業種では、とても困難な作業になることもあります。在庫管理用のITサービスも増えてきていますので、それらの活用も視野に入れながら、より効率的に作業を進められるようにしたいものです。
会計的な在庫管理の側面をご紹介しましたが、経営的な側面からも在庫については検討が必要です。次回はその辺りのお話をしてみます。