中小企業・ベンチャー企業のための事業承継における信託の活用②~事例で学ぶ事業承継信託~

1.設例
創業者であるXは、75歳になったことを機に、事業を長男Yに譲りたいと考えています。もっとも、Yは、A社に入って10年経ち、取締役であるものの、Xからみるとまだまだ経験不足です。そのため、Xは、生前は自分が100%株主として権利を行使して会社の重要事項を決定したいです。また、代表者として経営も行い、Yに経験を積ませたうえで、数年くらいしてから代表権をYに譲りたい気持ちです。
しかし、Xは、自分の年齢のこともあって、いつまで元気でいられるのか不安が拭えません。また、Xのこれまでの努力の甲斐あって、事業は好調のため、株価は高額となっており、Yにすべて譲るとなった場合、生前贈与を利用すれば税金の問題が、買取となれば資金の問題が出てしまいます。それだけでなく、Yに株式をすべて譲れば、Zの遺留分の問題も生じ、これまで特段仲が悪いわけでなかった兄妹間で紛争を起こしてしまうかもしれないということも危惧しています。さらに、代表を退いたあとのX自身の収入面での不安もあります。
2.信託方法の骨子
Xの不安を解消しながら、将来の事業承継を見据え、次のような内容を骨子とする信託を行うことが考えられます。
【骨子図①】X存命中
【骨子図②】X死亡後
【骨子】
1 | 信託の目的 | A社株式の100%を保有する創業者Xが高齢となった状況下で、
|
---|---|---|
2 | 委託者 | A社創業者(100%株主)、代表取締役X |
3 | 受託者 | Xが信託のために設立した一般社団法人B |
4 | 信託財産 | A社株式 |
5 | 第一次受益者 | X |
6 | 第二次受益者 | 長男Y、長女Z |
7 | 受益権 | 収益から配当を受ける |
8 | 指図権利者 | X死亡または成年後見等開始まではX、以後はY |
9 | 指図権の内容 | 議決権行使 |
10 | X死亡 | 第二次受益権発生 |
11 | 終了事由 | A社の消滅、長男Y死亡 |
12 | 残余財産帰属 | 受益者 |
このようなスキームを採用することで、Xの生前はXが受益者となって配当を受けるとともに、受託者に対して議決権行使の指図権をもつことで株主としての権限も保有することができています。
また、X死亡後にはYとZが第二次受益者となりますが、議決権行使はA社後継者であるYが行使できるようにします。なお、長女Zは配当で利益を受けるため、遺留分への配慮もなされています。
3.信託を用いたメリットなど
Xの希望は、生前に、自分が亡くなった後スムーズに事業承継ができるように整えること、相続手続きも滞りなくできるように整えることです。
このような希望を叶えるために、遺言を利用する場合があります。遺言において、A社の株式をYに相続させること等を記載することになります。しかし、遺言の効力が発生するのはXが死亡した後のことになるため、X自身において、滞りなく進んだのかどうか確認することはできない上に、遺言に基づき株式の名義を変更するなど承継手続きを行う必要があります。また、仮に、遺留分の問題等に起因して、Y、Zの相続人間で紛争が生じてしまえば、事業承継がうまくいかず、せっかく好調であったA社の経営に空白期間が生じるなどして、影響が出てしまう可能性があります。
これに対し、前記のような信託を用いた場合、次のようなメリットがあります。
- ① Xの生前に、A社の株式を受託者たるB法人に移転してしまい、株主をB法人としたうえで、議決権行使の指図と、配当受領権を分けて考えます。その上で、Xの生前または成年後見等開始前は、いずれの権利もXに帰属させ、X死亡後は、議決権行使指図はYに、配当受領権はYとZに一定の割合ずつで分属させます。
なお、この信託においては、受託者を、個人ではなく、一般社団法人のB社としています。このような信託は、信託期間が長くなる可能性があるので、個人ではなく、法人が適切であると考えられるためです。この一般社団法人は、事業承継のための財産管理等を目的として設立するものです。
Xの生前に整えてしまうことで、Xの不安を取り除くことができます。 - ② Xは、Yの経験不足等を懸念し、数年は様子を見たいと考えています。また、代表を退いたあとの収入に不安があります。そこで、Xの生前または成年後見等開始前は、A社の経営をするにあたって、重要な事項を株主総会で決議するために必要な議決権を行使する指図権と、配当受領権を、いずれもXを受益者とすることで残します。
- ③ Xの死亡または成年後見等開始後は、Yに、A社の株主総会での議決権を行使する指図権を取得させますので、YがA社の経営を滞りなく行うことができます。もともとXに残っていた議決権の行使指図権は、信託の効果として、X死亡または成年後見等開始によって当然にYに動きますので、遺言の執行等のような行為は不要です。これにより、A社の経営に空白を空けないことができると考えられます。
- ④ 配当受領権については、YとZに一定割合で分属させます。Zは、A社の経営には関心がありませんので、一定の経済的な利益を得れば満足でしょうし、Zの遺留分にも配慮した公平性を維持することも可能になると考えられます。
4.遺言代用信託について
これまでご説明させていただいた信託は、「遺言代用信託」と呼ばれます。
遺言代用信託は、本人が自身の財産を信託して、生存中は自身を受益者とし、お亡くなりになった後などは、お子様などを受益者と定めることによって、本⼈がお亡くなりになった後における財産の分配まで決めてしまうことを、信託によって実現しようとするものです。「遺言代用」と呼ばれるとおり、通常は、遺言の内容になるような亡くなったあとのことも、生前に定めてしまうものです。
遺言代用信託は、信託によって事業承継を実現する場合において、代表的な方法の1つです。
複雑なようにも思えますが、ポイントとなるのは、株主としての「地位」を、相続とは無関係な法人または個人とすることで、相続手続きから切り離しつつも、株主としての地位に基づく「権利」については、創業者や承継者等に帰属できるように整えて、事業承継をスムーズに行うという点にあります。
次回は、今回ご紹介した信託の方法をとる場合に締結する信託契約の内容等についてご紹介したいと思います。
以上
【書式のテンプレートをお探しなら】