副業・兼業促進に対する企業の対応は?
働き方改革のフェーズが変わりました。長時間労働の削減に主眼を置いたフェーズⅠから能力を最大に発揮できる働き方を追求するフェーズⅡへと舞台が移る中、副業・兼業の促進が注目されています。副業・兼業の原則禁止から促進へという動きは、社会の仕組みを一変させる可能性を持つものです。企業も無関心でいられません。
今回は、副業・兼業促進に対する企業の対応を考えてみます。
高まる副業・兼業への関心
新卒で入社した会社に定年まで勤め上げるという昭和的な価値観が薄れています。離職や転職も当たり前となりました。単に長時間働けば評価された時代から、労働の成果や質が評価される時代となっています。こうした価値観の変化に伴い、副業・兼業への関心も高まっています。
「副業・兼業の現状①」(厚生労働省労働基準局提出資料)1によると、副業を希望している雇用者数は増加傾向にあり、また複数就業者も増加しています。
【副業を希望している雇用者数】
2017年 |
3,850千人 (雇用者全体に占める割合6.5%) |
2007年 |
2,993千人(雇用者全体に占める割合5.2%) |
1997年 |
2,682千人(雇用者全体に占める割合4.9%) |
【複数就業者】
2017年 |
1,288千人 (雇用者全体に占める割合2.2%) |
2007年 |
1,029千人(雇用者全体に占める割合1.8%) |
1997年 |
892千人(雇用者全体に占める割合1.6%) |
副業・兼業への関心が高まる中、2018年1月、厚生労働省は「副業・兼業の促進に関するガイドライン」2を取りまとめました。企業の対応について、「裁判例を踏まえれば、原則、副業・兼業を認める方向とすることが適当である」としています。
また、副業・兼業を禁止していたり、許可制としている企業に対し、「労働時間以外の時間については、労働者の希望に応じて、原則、副業・兼業を認める方向で検討することが求められる」としました。
モデル就業規則の変更
従来、厚生労働省の作成したモデル就業規則では、「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という文言があり、原則として副業・兼業を禁止していました。しかし、新たに作成したモデル就業規則ではこれを削除し、副業・兼業について下記の規定を新設しています。
(副業・兼業)
第68条 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。
2 会社は、労働者からの前項の業務に従事する旨の届出に基づき、当該労働者が当該業務に従事することにより次の各号のいずれかに該当する場合には、これを禁止又は制限することができる。
① 労務提供上の支障がある場合
② 企業秘密が漏洩する場合
③ 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
④ 競業により、企業の利益を害する場合
(厚生労働省「モデル就業規則(令和2年11月版)」より)
もちろん、同様の規定作成を企業に強制するものではありませんが、これを参考にする企業もあると思われます。中身を簡単にみておきましょう。
第1項において、労働者は副業・兼業ができることを明示しました。労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは基本的には労働者の自由であるとする裁判例によるものです。
一方、第2項において、労働者に届出を求めることで、労務提供上の支障や企業秘密の漏洩がないか等を確認できる規定を置き、禁止又は制限できる場合を示しています。
ただし、厚生労働省では、「各号に該当するかどうかは各企業で判断いただくものですが、就業規則の規定を拡大解釈して、必要以上に労働者の副業・兼業を制限することのないよう、適切な運用を心がけていただくことが肝要です」としていますから、注意してください。
以下、副業・兼業の導入の際に参考となる裁判例です。
【副業・兼業に関する裁判例】
・東京都私立大学教授事件(東京地判平成20年12月5日)
教授が無許可で語学学校講師などの業務に従事し、講義を休講したことを理由として行われた懲戒解雇について、副業は夜間や休日に行われており、本業への支障は認められず、解雇無効とした事案
・十和田運輸事件(東京地判平成13年6月5日)
運送会社の運転手が年に1、2回の貨物運送のアルバイトをしたことを理由とする解雇に関して、職務専念義務の違反や信頼関係を破壊したとまでいうことはできないため、解雇無効とした事案
・小川建設事件(東京地決昭和57年11月19日)
毎日6時間にわたるキャバレーでの無断就労を理由とする解雇について、兼業は深夜に及ぶものであって余暇利用のアルバイトの域を超えるものであり、社会通念上、会社への労務の誠実な提供に何らかの支障を来す蓋然性が高いことから、解雇有効とした事案
(厚生労働省「モデル就業規則(令和2年11月版)」より)
【在職中の秘密保持義務に関する裁判例】
・古河鉱業事件(東京高判昭和55年2月18日)
労働者は労働契約に基づき労務を提供するほか、信義則により使用者の業務上の秘密を守る義務を負うとしたうえで、会社が機密漏洩防止に特段の配慮を行っていた長期経営計画の基本方針である計画基本案を謄写版刷りで複製・配布した労働者に対する懲戒解雇を有効と判断した事案
(厚生労働省「モデル就業規則(令和2年11月版)」より)
労働時間管理と健康管理に注意
繰り返しになりますが、ガイドラインでは企業の対応として、「裁判例を踏まえれば、原則、副業・兼業を認める方向とすることが適当である」としています。
また、「副業・兼業を禁止、一律許可制にしている企業は、副業・兼業が自社での業務に支障をもたらすものかどうかを今一度精査したうえで、そのような事情がなければ、労働時間以外の時間については、労働者の希望に応じて、原則、副業・兼業を認める方向で検討することが求められる」としていますから、労使で十分話し合いのうえ、兼業・副業のルールを定める必要があります。
この際、特に注意したい点は労働時間管理と健康管理です。
労働時間に関しては、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」(労基法第38条第1項)とされています。時間外労働の上限規制や、割増賃金の支払い等の観点から、労働者からの申告等により、副業・兼業の有無・内容を確認する必要があります。
ガイドラインでは、「使用者は、副業・兼業に伴う労務管理を適切に行うため、届出制など副業・兼業の有無・内容を確認するための仕組みを設けておくことが望ましい」としています。
健康管理に関しては、副業・兼業を行う方の長時間労働や不規則な労働による健康障害を防止するため、働き過ぎにならないような措置が求められます。
ガイドラインでは、「時間外・休日労働の免除や抑制等を行うなど、それぞれの事業場において適切な措置を講じることができるよう、労使で話し合うことが適当である」としています。
状況を把握するため、労働者からの申告だけでなく、副業・兼業先と情報のやり取りをすることも必要かもしれません。
副業・兼業に関し、企業のメリットとして、
「労働者の自律性・自主性を促すことができる」、
「労働者が社外から新たな知識・情報や人脈を入れることで、事業機会の拡大につながる」
などが挙げられています。
副業・兼業の解禁は、まだ始まったばかりです。厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」やモデル就業規則を参考にするとともに、他社の情報も取り入れながら、労使で話し合いのうえ、適切な副業・兼業のルール作りを進めていただければと思います。