人事評価制度がない会社とは? メリット・デメリット、ノーレイティング、導入の注意点を解説

「人事評価制度は本当に必要なのか」という問いに向き合う企業が増えています。従来の評価制度に対する不満や限界を感じ、あえて評価制度を持たない選択をする企業も出てきました。さらに、ノーレイティングと呼ばれる新しい人材マネジメント手法を採用し、従来の数値評価から脱却する動きも広がっています。
本記事では、人事評価制度がない会社の実態や人事評価制度を採用しない理由、そのメリット・デメリットを詳しく解説します。人事評価制度のあり方について考えている人事担当者の方は、ぜひ記事をご覧になり、自社の人事戦略に役立ててください。
会社が人事評価制度を採用しない理由とは?
人事評価制度がない会社とは、従業員の評価を数値化したり、ランク付けしたりする仕組みを持たない企業のことです。
ここでは、企業が人事評価制度を採用しない主な理由について解説します。
- 評価基準が曖昧かつ不公平になりやすいから
- 従業員からの不満を防ぐため
- 制度がなくても成果が分かりやすい企業だから
それぞれの理由について、詳しく見ていきましょう。
評価基準が曖昧かつ不公平になりやすいから
評価制度自体が不完全であることから、制度を廃止しようとする企業が増えつつあります。多くの企業で採用されている評価制度は、客観性を保つことが難しく、評価者の主観に左右されやすいという課題があります。
特に、定性的な評価や年功序列などの伝統的な評価制度では、社員の実際の貢献度を正確に評価することができません。例えば、「協調性」や「積極性」といった抽象的な評価項目では、評価者によって解釈が分かれやすく、公平な評価が難しくなります。
このような不公平感は、従業員の不満を生み、組織全体のモラルを低下させる要因になります。そのため、あえて評価制度を廃止するという選択を取る企業が出てきているのです。
従業員からの不満を防ぐため
人事評価制度への不満が従業員の離職を招いていることが原因で、人事評価制度を廃止する場合もあります。実際に、多くの企業で評価制度に対する従業員の不満が深刻な問題となっているのが現状です。
評価制度のなかには、透明性がなく、フィードバックが不十分なものもあります。特に、評価の根拠や基準が明確に示されていない評価制度では、なぜその評価になったのか理解できず、不満を生みやすくなります。
その結果、「何を頑張っても、正当に評価されている気がしない」「上司によって評価が異なる」など、努力しても評価が成果に結びつかないと感じる社員も少なくありません。
このような不満は人材流出にもつながり、優秀な人材が他社へ移ってしまう原因となるのです。
制度がなくても成果が分かりやすい企業だから
評価制度が必要ない状況として、完全実力主義で、かつ成果が目に見えて分かりやすい企業・業種であるという理由が考えられます。営業職のように売上数字が明確な職種や、プロジェクトの成否が明白な業界では、あえて評価制度を設ける必要がありません。
成果を評価基準にする企業では、実績がそのまま評価につながります。複雑な評価システムを構築しなくても、成果が報酬や昇進の判断材料となるのです。
このような環境では、評価制度に時間とコストをかけるよりも、成果に応じた報酬体系を整えることのほうが重要となります。
人事評価制度がない会社のメリット
人事評価制度を持たないという選択は、一見すると大胆に思えるかもしれません。しかし、実際には企業と従業員の双方にとって、多くのメリットをもたらす可能性があります。
ここでは、評価制度がないことで得られる具体的なメリットについて、企業側と従業員側の両面から詳しく見ていきましょう。
企業側のメリット
人事評価制度を持たないことは、企業にとって業務効率化や組織力向上といった大きなメリットをもたらします。
評価制度の運用には多大な時間とコストがかかりますが、それらを削減できることで、より本質的な業務に注力できるようになるのです。
ここでは、企業側が得られる主なメリットについて詳しく解説します。
人事業務の軽減につながる
人事評価制度を廃止することで、評価業務に関わる管理職や人事担当者の負担が大きく軽減されます。
従来の評価制度では、評価シートの作成、評価面談の実施、結果の集計など、膨大な作業が必要でした。特に、年に数回行われる評価期間中は、管理職の業務時間の多くが評価作業に費やされることも珍しくありません。
一方で制度自体を持たない場合、これらの運用工数を削減でき、人事担当者は他の人事業務に注力することが可能です。例えば、採用活動の強化や従業員の育成プログラムの充実など、より戦略的な人事施策に時間を割けるでしょう。
チームの生産性が向上する
評価制度がないことで、社員間の競争が和らぎ、職場の関係がより良好になります。
評価制度があると、従業員が自分の評価に直結する行動を優先し、チームワークを重視しなくなることがあります。「自分の成果をアピールすること」が、「チームの成功に貢献すること」より優先されてしまうケースも少なくありません。
評価に関する不安がなければ、周囲と助け合いながら働ける環境が整います。情報共有が活発になり、お互いの強みを活かし合う協働が生まれやすくなるのです。
従業員側のメリット
評価制度がないことは、従業員にとっても精神的な負担の軽減や業務への集中といったメリットをもたらします。
ここでは、従業員が得られる具体的なメリットについて見ていきましょう。
プレッシャーがなくなる
評価制度がなくなることで、自分の言動がどう評価されるかを気にしなくてよいため、プレッシャーから解放されます。
評価制度があると、発言やアイディアの提案を躊躇したり、ミスを恐れたりすることがあります。「失敗したら評価が下がる」という恐れが、行動を消極的にさせてしまうのです。
一方で、評価のプレッシャーがなければ精神的な負担が減り、仕事の効率やモチベーションが向上しやすくなります。その結果、従業員は新たな挑戦に前向きになり、イノベーションが生まれやすい職場環境が整うでしょう。
コア業務に集中できる
人事評価制度があると、評価項目を意識した行動やアピール、定期的な面談・自己評価の準備など、業務以外のタスクが発生しがちです。
例えば、「リーダーシップを示す」という評価項目を意識するあまり、実際には不要な会議を主導したり、表面的な発言を増やしたりするケースがあります。これらの「評価のための作業」は、本来の業務時間を圧迫し、生産性を低下させる要因です。
制度がなければ、そういった"評価のための業務"から解放され、自分の担当業務や顧客対応、成果創出にエネルギーを集中できます。また、評価シートの記入や面談の準備に費やしていた時間を、より価値の高い業務に振り向けることも可能です。
人事評価制度がない会社のデメリット
人事評価制度を持たないことには多くのメリットがある一方で、無視できないデメリットも存在します。
これらのデメリットを理解し、適切な対策を講じることが、評価制度を持たない選択を成功させるコツです。
ここでは、企業側と従業員側それぞれが直面する可能性のある課題について詳しく解説します。
企業側のデメリット
評価制度がないことで、企業は人材マネジメントにおいて新たな課題に直面することになります。
特に、管理職の負担増加や人材流出のリスクは、組織運営に大きな影響を与える深刻な問題です。
これらのデメリットについて、具体的に解説していきます。
マネージャーに負荷がかかる
決まった評価基準がないため、従業員の昇進や昇給はマネージャーの判断に委ねられます。評価制度という明確な指針がないなかで、公平かつ適切な判断を下すことは、管理職にとって大きな負担です。
業務が増えるだけでなく、高いマネジメントスキルが求められるため、経験や知識のない管理職は、従来の機械的な評価制度のほうが簡単だと感じる可能性もあります。また、「なぜAさんを昇進させてBさんは昇進させないのか」という判断を、評価制度なしに説明することは容易ではありません。
その結果、管理職への信頼が揺らぎ、チームの結束力が低下し、組織全体のパフォーマンスにも悪影響を及ぼす可能性があるでしょう。
人材流出の可能性がある
評価制度に関する課題の1つは、評価されることに対して不満を抱く従業員がいる一方で、評価されないことに対しても不満を抱く従業員がいる点です。
いくら頑張っても評価されなければ、働く熱意が冷めてしまい、人材が流出してしまうかもしれません。特に成長意欲の高い優秀な人材ほど、明確な評価やフィードバックを求める傾向が強く、それが得られない環境では早期に離れてしまうこともあります。
また、離職率が上がると、残った従業員の業務負担が増え、社内の雰囲気も悪くなるため、さらに多くの人が辞めてしまう悪循環に陥りやすくなります。
従業員側のデメリット
評価制度がないことは、従業員にとっても不安や不満の原因となる可能性があります。
キャリア形成の不透明さやモチベーションの維持など、個人の成長に関わる課題が生じやすくなるのです。
ここでは、従業員が直面する主なデメリットについて解説します。
昇給・昇格の判断基準が不透明になる
人事評価制度がなければ、従業員は個人の成長目標や業務上の具体的なゴールを設定しにくくなります。「何を達成すれば昇進できるのか」「どのようなスキルを身に付ければ昇給するのか」という基準が曖昧になってしまうのです。
個々の目標設定やフィードバックを通じて、従業員の成長を促す評価制度がなくなることで、明確なキャリアパスが描けなくなり、目標を見失う場合があります。透明性の欠如は、従業員の不安を増大させ、組織への信頼を損なう原因となりかねません。
評価制度をなくした結果従業員がやる気を失い、成長の機会を逃してしまう可能性があるのです。
生産性やモチベーションが低下する
定期的なフィードバックや評価は、自分の成長を実感し、次の目標を設定する大切な機会です。多くの従業員が「評価」をやりがいとしているため、評価制度がなくなるとモチベーションを保つのが難しくなります。
モチベーションが低いと、仕事への意欲が低下し、結果としてミスが増えたり、チーム全体の生産性が落ち込んだりする可能性があります。「頑張っても頑張らなくても同じ」という意識が広がれば、組織全体の活力が失われてしまうでしょう。
また、評価制度がなければ、上司が部下の成長を促すためのフィードバックが減り、それが業務効率の悪化を招くことになります。定期的な振り返りの機会がないことで、改善点に気付けず、同じミスを繰り返すリスクも高まるのです。
人事評価制度がない会社の事例
近年、従来の人事評価制度を廃止し、「ノーレイティング」と呼ばれる新しいアプローチを採用する企業が増えています。
ノーレイティングとは、従業員を数値やランクで評価する代わりに、継続的なフィードバックや対話を通じて、個々の成長と組織の目標達成を促す手法です。
ここでは、実際にノーレイティングを導入した企業の事例を通じて、評価制度がない会社の実態を見ていきましょう。
カルビー
カルビー株式会社は、2012年からその人事評価制度の仕組みを変更し、ノーレイティングを導入しました。同社の取り組みは、日本企業におけるノーレイティングの先駆けとして注目を集めています。
カルビーの最大の特徴は、「C&A(コミットメント&アカウンタビリティ)」という制度です。これは、年に一度の1on1ミーティングを通じて、仕事内容と目標へのコミットメントを決定し、契約書にサインする仕組みです。
この制度では、上司と部下が対等な立場で目標を設定し、お互いの責任を明確にします。従業員自身が目標を設定することで、評価への納得感が深まるだけでなく、モチベーションと生産性向上につながっています。
サッポロビール
サッポロビール株式会社は、2021年1月に20年ぶりに人事制度を全面的に見直し、ノーレイティングをスタートさせました。長年続いた評価制度からの大転換は、社内に大きなインパクトを与えましたが、結果的に組織の活性化につながっています。
制度変更の目的は、変化する社会への適応力を強化することでした。ビール業界を取り巻く環境が大きく変化するなか、従来の評価制度では対応しきれないという判断があったのです。
評価の焦点を根本的に変え、「どれだけ挑戦したか」と「組織目標にどれだけ貢献したか」の2点を重視しました。失敗を恐れずにチャレンジする文化を醸成することで、イノベーションの創出を促進しているのです。
GE(ゼネラル・エレクトリック)
GE(ゼネラル・エレクトリック)は、トーマス・エジソンが設立した、家電製造などを行うアメリカの企業です。同社は長年、厳格な相対評価制度で知られていましたが、時代の変化に合わせて大きな方向転換を行いました。
GEは、年次評価から、より頻繁で継続的なフィードバックへと移行することで、リアルタイムでの人材育成を実現しました。定期的な個別ミーティングを通じて、社員が直面する課題や失敗に対し、上司が素早く対応できる体制を構築しています。
問題が大きくなる前に解決できるため、リスクマネジメントと問題の早期解決が格段に向上したと言えるでしょう。
人事評価制度がない会社の事例から、自社の評価制度を見直そう
本記事では、人事評価制度がない会社の実態と、そのメリット・デメリットについて詳しく解説してきました。評価制度をなくすことで、企業側は業務の軽減やチームの協力促進を、従業員側はプレッシャーや評価に左右されずに働くことができます。
一方で、評価されないことに対して従業員が不満を感じるケースもあり、それによってモチベーションや生産性が低下したり、従業員が目標を立てにくくなったりするというデメリットも存在します。
そのため、人事評価をなくす際には、従業員のモチベーション維持や成長機会の確保に気を付ける必要があるでしょう。カルビーやサッポロビール、GEなどの事例を参考に、自社に合った評価制度のあり方を検討してみてはいかがでしょうか。