[契約書作成] 第3回:秘密保持契約書作成の留意点
企業における新たなプロジェクトを発足する際や、商品を共同開発する際、M&Aを検討する際など、前提として当事者間で秘密保持契約が交わされることが多いことでしょう。
なかには、売買や譲渡などの大きなお金が動く契約もあり、仮に秘密保持契約に不備が見つかれば、訴訟などの重大な問題に発展するだけではなく、企業の信用を著しく低下させるなどの不利益をもたらします。
したがって、秘密保持契約書における正しい知識を持ったうえで、慎重に作成しなければなりません。
本記事では、秘密保持契約書の作成に伴う留意点を紹介します。
1.はじめに
今回は、新規に前向きな取引に入っていく当事者間において、よく締結される秘密保持契約(Non-Disclosure Agreement、NDA)について、その作成上の留意点を検討してみたいと思います。
秘密保持契約が締結される場面は、これから共同で商品を開発したい当事者、M&Aを検討中の当事者、新規で継続的売買を開始しようと思っている当事者など、相手方当事者の営業上、取引上、技術上の情報を取得せざるを得ない場面において、両者間あるいは一方当事者に秘密保持の義務を負わせるために締結されることが多い契約です。
秘密保持契約を締結する当事者としては、①自身がどのような情報を相手方に提供するのか、あるいは、②相手方からどのような情報の開示を受けるのか、との点を考えながら、契約書の条項を作成していく必要があります。今回も、末尾にひな形を掲載し、それに沿って各条項作成上の留意点を検討していきます。
2.秘密情報の定義(関連条文:「第1条 秘密情報」)
第1条 (秘密情報)
1 本契約において「秘密情報」とは、一方当事者(以下「受領者」という。)が相手方当事者(以下「開示者」という。)から書面、口頭、電磁的記録媒体その他の方法を問わず開示された営業上、取引上、あるいは技術上の一切の情報をいう。
2 前項の定めにかかわらず、次の各号の一に該当する情報は、受領者がその旨立証できるものに限り、秘密情報から除外されるものとする。
- (1)開示を受けた時点において、既に公知の情報
- (2)開示を受けた後に受領者の責によらないで公知となった情報
- (3)開示を受けた時点において、受領者が既に了知していた情報
- (4)開示を受けた後、開示者に対して秘密保持義務を負わない正当な権限を有する第三者から、秘密保持義務を負うことなしに受領者が適法に取得した情報
- (5)開示者から開示された情報によることなく、受領者が独自に開発した情報
- (6)法令により開示することが義務付けられた情報
秘密保持契約において、当事者に課される秘密保持義務の対象となる秘密情報を定義することは非常に重要です。この条文において、どちらの当事者(あるいは、双方の当事者の場合もあります。)のどのような種類の情報を秘密情報として保護するのかを明確に定める必要があります。
秘密情報の開示方法についても、ひな形に示されているとおり「書面、口頭、電磁的記録媒体その他の方法を問わず開示された」等のいかなる方法を問わず秘密情報に含まれるとする契約書もあれば、開示の際に開示者が「秘密情報」である旨を明示して開示した情報に限定する契約書もあります。
また、ひな形の1条2項のように、秘密情報から除外される情報の類型についても定めを置くのが通常です。
3.秘密保持義務(関連条文:「第2条 秘密保持」)
第2条 (秘密保持)
1 受領者は、開示者の事前の書面による承諾なしに、秘密情報の第三者への開示、漏洩等を行ってはならず、また、本業務を実施するため以外の目的に使用してはならないものとする。
2 受領者は、秘密情報を他の情報から明確に区別し、善良なる管理者の注意をもって取り扱うものとする。
3 前2項の義務は、本契約の有効期間中およびその終了または解除後3年間が経過するまで存続する。
ひな形の第2条は、秘密情報の受領者に対する秘密保持義務の内容を規定した条文です。受領者が第三者に対し、秘密情報を開示することや、秘密情報の漏洩を禁止する、まさに秘密保持契約の要となる条文です。ひな形の2条3項のように、秘密保持義務の存続期間を併せて定めている契約書もあります。秘密保持義務の存続期間については、契約の「有効期間」を定める条文にて規定する例もあり、どちらでもかまいません。
4.役職員及び有識者への開示(関連条文:「第3条 役員・従業員および有識者への開示」)
第3条 (役員・従業員および有識者への開示)
1 受領者は、秘密情報を、本業務を実施するために必要な範囲で、自らおよびその関係事業者の役員および従業員のみに開示できるものとする。ただし、受領者は、開示に際し、当該役員および従業員に対し、本契約において自らが負うのと同様の義務を負わせ、当該役員および従業員の義務違反について全ての責任を負うものとする。
2 受領者は、本業務を実施するために必要な範囲で、弁護士、弁理士、会計士、税理士その他の法令上の守秘義務を負う有資格者に秘密情報を開示することができるものとする。
ひな形の3条1項は、秘密情報漏洩のリスクを低減させるために、受領者社内において、秘密情報に接することのできる従業員を限定するための条項です。
また、3条2項は、秘密情報を受領者をサポートする有識者に開示することができる旨を規定する条項です。もっとも、弁護士、会計士、税理士等は、法律上、職務上知り得た秘密について守秘義務が課されていますので、仮にこのような条項がなかった場合において、受領者が例えば自社の顧問弁護士に秘密情報に関連して相談等を行ったとしても、秘密保持義務違反には該当しないものと思料します。
5.第三者への開示(関連条文:「第4条 第三者への開示」)
第4条 (第三者への開示)
受領者は、開示者の事前の書面による承諾を得たうえで、本業務を実施するために必要な範囲で、第三者に秘密情報を開示することができるものとする。ただし、受領者は、開示に際し、当該第三者に対し、本契約において自らが負うものと同様の義務を負わせ、当該第三者の義務違反について全ての責任を負うものとする。
ひな形の4条は、秘密保持義務の例外として第三者に秘密情報を開示できる場合の手続等について定めた条文です。ただし、このような条文がない場合でも、当然ながら開示者から承諾を個別に得れば、特定の第三者に秘密情報を開示できることは言うまでもありません。
6.行政機関等からの開示要請への対応(関連条文:「第5条 法令等に基づく開示」)
第5条 (法令等に基づく開示)
受領者は、行政機関、裁判所等から法令等に基づいて秘密情報の開示を要求された場合には、次に掲げる措置を取ったうえで、当該行政機関、裁判所等に対して当該秘密情報を開示することができる。
- (1)開示者に対して当該開示要求があった旨を遅滞なく書面で通知すること
- (2)当該秘密情報のうち適法に開示が要求されている部分についてのみ開示すること
- (3)開示する当該秘密情報について、秘密としての取り扱いが受けられるよう最善をつくすこと
ひな形の5条は、受領者が、官公庁や裁判所等から法令等に基づき、秘密情報の開示を求められた際の対応方法を定める条項です。この条項は、たとえ、官公庁や裁判所等の公権力から秘密情報の開示を求められた場合でも、開示する情報を必要最小限にし、秘密情報の漏洩リスクを最小にとどめるための条項です。この条項に関しては、特に規定がない秘密保持契約書も多く見受けられます。
7.秘密情報の返還(関連条文:「第6条 秘密情報の返還」)
第6条 (秘密情報の返還)
受領者は、本契約の終了若しくは解除のとき、または開示者から要求があった場合には、開示者から提供された秘密情報を遅滞なく返還し、また、その複製物があり、それらの返却が困難な場合には、遅滞なく破棄し、破棄の事実を証明する書面を開示者に提出しなければならない。
ひな形の6条は、秘密情報の返還方法に関する条項です。契約終了時において、受領者側に秘密情報が残っていると、当該情報の不正利用や漏洩につながる可能性があるので、契約終了時には、受領者が開示者から取得している秘密情報をどのように取り扱うのかが重要です。通常の場合、返還可能な媒体で提供されている秘密情報については返還させ、返還が難しい媒体で提供されている秘密情報については破棄させ、受領者から破棄したことを証明する証明書を発行してもらう形になります。
8.秘密保持義務違反への対応(関連条文:「第7条 差止請求および損害賠償」)
第7条 (差止請求および損害賠償)
開示者は、受領者が本契約に違反した場合、当該違反の差止を請求できるものとし、また当該違反によって被った損害の賠償を請求することができる。
ひな形の7条は、実際に受領者側に秘密保持義務違反があった場合において、開示者として、どのような対応が採れるのかを規定する条項です。秘密保持義務違反等があった場合、開示者にとって重要な情報が外部に流出しているわけですから、被害を食い止めるために考えられる対応策としては、差止請求があります。
他方で、既に外部に流失してしまった場合、それにより、開示者は営業上等の損失を被ることになりますので、受領者に対し、事後的に損害賠償請求を行うことになります。この点、価値の算定が容易である有形物が壊れた場合等とは異なり、秘密情報が漏洩した場合、それによる開示者の損害は立証が難しいとの問題があります。契約当事者間の力関係にもよりますが、損害の立証のリスクを避けるために、損害賠償額の予定として、秘密情報の漏洩があった場合には、〇〇〇円支払うとの条項にしてしまうというのも一つの手段かと存じます。
9.解除(関連条文:「第8条 解除」)
第8条(解除)
甲および乙は、相手方が本契約の条項のいずれかに違反しまたは本契約を履行する見込みがないと認められるときは、何らの催告または通知を要せず直ちに本契約の全部または一部を解除することができる。
ひな形の8条は、解除に関する条項です。冒頭に述べたとおり、秘密保持契約は、これから新たに取引に入っていく当事者が最初に締結する契約です。それゆえ、秘密保持契約後に、株式譲渡契約や売買契約等の本格的な契約を結ぶことが予定されているため、特に明文での解除条項を設けない場合もあります。
10.有効期間(関連条文:「第11条 有効期間及び残存条項」)
第11条(有効期間および残存条項)
本契約は、締結の日から1年間効力を有するものとする。本契約の終了または解除後といえども、第2条、第3条、第4条ただし書、第5条ないし第7条、第10条並びに本条の定めは、引き続き有効に存続する。
上記9にて述べたことと同様ですが、秘密保持契約は、これから新たに取引に入っていく当事者が最初に締結する契約であり、秘密保持契約後に、株式譲渡契約や売買契約等の本格的な契約を結ぶことが予定されているため、有効期間を特に設けない場合もあります。他方で、当事者間で試しに秘密保持契約を締結したものの、本格的な契約へ進まない場合の出口戦略も想定しているのであれば、有効期間を設けて、契約を終了できるようにすることも一つの戦略かと存じます。
以上、秘密保持契約における主要な条項作成時の留意点について解説しました。
企業にとって、自社の営業秘密等の情報を守ることは、自社の存続にかかわる重要な問題です。新規の取引先等に対し自社の情報を提供する場合には、面倒くさがらずに秘密保持契約を締結することをお勧めします。
以上