[コンプライアンス] 第1話:熊谷弁護士に学ぶ中小ベンチャー企業経営者のための企業法務コンプライアンス
第1話:熊谷弁護士の訪問と特別背任罪
コンコン。こんにちは。はじめまして、今日から貴社の顧問弁護士となりました法律事務所BIZ[1]の弁護士の熊谷と申します。よろしくおねがいします。
これはこれは、お忙しい中、弊社までお越しいただきありがとうございます。そういえば、先生、少し前のニュースで、東京地検特捜部が大手企業の会長を特別背任罪で追起訴したというニュースがあったのですが、特別背任罪ってどういう罪なのでしょうか。私のような社長業に関係あるのでしょうか。
特別背任罪というのは、会社法960条が定めているものですね。刑法には背任罪というものがあるのですが、特別背任罪は、その主体(行為者)が発起人、取締役、監査役等に限られている点で異なっており、刑が重たくなっています。分かりやすい例だと、金融機関の融資担当者が、過去の貸付金の回収目処もないにもかかわらず、無担保の状態で融資を継続した場合などが特別背任罪になり得る事例です。背任罪は、1ヶ月以上5年以下の懲役又は一万円以上50万円以下の罰金ですが、特別背任罪だと1ヶ月以上10年以下の懲役又は1万円以上1000万円以下の罰金となり、2倍になってしまいます。
どうしてそんなに刑が重くなっているのでしょうか。
取締役などの犯す背任行為によって、会社に対する忠実義務に違反する点や、取締役などの担うべき社会公共性、また、反復継続性があり財産的損害が重大になるからと言われています。先程の会長の件にしても、起訴した内容が真実であれば、その金額や社会に与えた影響は一般の個人と比べると比較にならないですよね。
たしかに私も驚きましたし、メディアも連日報道していましたね。では、具体的にはどういう場合が特別背任罪とされるのですか。
会社法960条をそのまま読み上げると、要件は、①取締役などであること、②自己若しくは第三者の利益を図り又は株式会社に損害を加える目的があること、③任務に背く行為をしたこと、④会社に財産上の損害を与えたこと、の4つが要件になります。
う~ん、難しくてさっぱりわかりませんね。
そうですね。社長は社長業に専念して利益をあげることに注力してください。法務で心配ごとがあったときは顧問弁護士に相談すればいいのです。①は、条文上はいろいろな主体があがっていますが、代表取締役としての社長は、もちろん主体になってきます。注意をしてほしいのは、主体となるのは取締役だけではなく、「事業に関するある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人」(会社法960条1項7号)も主体になるということです。これはつまり、部課長クラスの者も、特別背任罪として処罰されうるということなのです。先程述べた融資担当者もこの使用人として特別背任罪の主体になるということです[2]。
そうなのですか。では、弊社の部長課長らにも、きちんと理解しておいてもらう必要がありますね。
そのとおりです。ただし、全ての部課長クラスの者が主体になるかといえばそうではなく、会社の内部限りの業務に従事している者は主体にはなりません。もっとも通常の背任罪の成否は問題となります。
なるほど。だったら、私も取締役にならずにおけばよかったなぁ。
いやいや、それは特別背任をする前提ですか(笑)。しかも、取締役にならなくても、影から会社を動かしていれば、それは事実上の取締役などといって、特別背任罪の主体になることもあるといわれていますので、逃れられませんよ。
次に②ですが、これは「図利加害目的」といわれるものです。例えば、金融機関の融資担当者が、社内の内部規定に違反した態様で融資を実行し、それが回収不能となった場合、表面上は特別背任罪の要件を全て充たします。しかし、その融資担当者が、融資先の財務状況が改善することを期待して融資をしたのであれば、それは「図利加害目的」が欠けるため、特別背任罪は成立しない、ということになるのです。新型コロナウイルスの影響によって、飲食や観光業は大打撃を受けていますよね。ですが、これも一過性のもので、ここを乗り越えれば財務状況が回復する、そのためのつなぎ融資だという趣旨のもとで追加融資を実行する金融機関もあると思います。そういった場合は、万一、内部規定に反する融資であっても、図利加害目的がないため特別背任罪とはならないのです。
しかし、今の例で言えば、融資先の財務状況が改善するかどうかは一種の賭けですよね。社長をやっていると、上手くいけば大きな利益を生み出すが、失敗したら大損するがやってみようというチャンスが訪れます。こういったときに、失敗したからといって後から特別背任だと言われると困るのですが・・・
そういった冒険的取引は、会社を経営していると何度か出くわす場面だと思います。事業活動をしている以上は、一定のリスクを必ず伴うので、明らかに不合理な経営判断でない限りは、刑法上は免責されます。冒険的取引の場合においても、会社の利益を目指して行われたものであれば、図利加害目的が欠けるので、特別背任罪とはならないのです。
ほ、それはよかった。
次に③任務違背行為です。簡単に言ってしまうと、これは法的に期待された行為に違反したことです。何が期待された行為かは、法令、定款、契約、内規等が手がかりになります。先程から例に上げている不正融資もそうですが、粉飾決算も任務違背行為となります。貴社の開発したソフトウェアのプログラムを、貴社の従業員がコピーして持ち出したような場合も任務違背行為です。取締役等ではないので、通常の背任罪ではありますが、考え方は同じです。
そうしますと、取締役や部課長クラスの者だけでなく、それ以外の従業員であっても背任罪が成立する可能性があるということなのですね。
そのとおりです。最後に、④の財産上の損害ですが、これは、本人の財産状態が現実に悪化したことをいい、その価値が下落するほか、増加すべき価値が増加しない場合に限られます[3]。危うく損をしそうだった程度の危険ではだめなのです。
弊社では将来的には新株発行をしようと思っています。その際に、当初の株式の価額よりも安い価額で発行しようと思っています。これって、当初株式の価額と同じ金額で発行していれば、もっと会社資産が増加したのだから、先程の「増加すべき価値が増加しない場合」にあたるとして特別背任罪になるのでしょうか。
いいえ。募集価格の高低に関わらず、会社の資産は新株発行により増えますよね。損をする可能性があるのは、新株発行により株式が希薄化する既存株主であって、会社そのものは損をしません。したがって、「財産上の損害」はないため、特別背任罪は成立しないと考えられます[4]。
あ、先生。ご挨拶だけのつもりだったのですが、お時間を取らせてしまってすみません。大変勉強になりましたが、関わらずに済むように気をつけます。
想定はしたくないですが、万一、取締役等に特別背任罪の嫌疑がかけられようものなら企業の社会的評価に対するダメージは計り知れません。顧問弁護士の役割は、契約書のリーガルチェックや、訴訟等となりがちですが、日頃から弁護士を含めて危機管理対策をしっかりしておくことが重要です。そうすれば、万一の事案が発生しても、早期に対策を立てることができますからね。これからも、遠慮せずにどんどん質問してくださって結構ですよ!
脚注
1. 法律事務所BIZ及び所属の熊谷弁護士はフィクションであり、実在しません。
2. 雇用契約が必ずしも前提とはならないので、それ以外の委任契約を結んでいる場合も使用人として特別背任罪の主体となることがある。例えば、最三小決平17・10・7刑集59・8・1108。
3. 刑法からみた企業法務_取締役等・社債権者による特別背任罪49頁。
4. 江頭憲治郎編『論点体系会社法6』484頁〔葉玉匡美〕(第一法規、平成24年)。