このページはJavaScriptを使用しています。JavaScriptを有効にして、対応ブラウザでご覧下さい。

[コンプライアンス] 第8話:インサイダー取引に気をつけろ 続

著者:永世綜合法律事務所 弁護士  早乙女 宜宏

[コンプライアンス] 第8話:インサイダー取引に気をつけろ 続

第8話:インサイダー取引に気をつけろ 続

法律事務所BIZの熊谷弁護士弁護士

次は金融商品取引法(以下、金商法)166条2項の「重要事実」についてですね。第7話で話した主体(会社関係者、公開買付者等関係者)が、この重要事実を知って株取引等を行うとインサイダー取引となるので、重要事実に関する概念も理解しておかなければなりません。

金商法166条2項

2 前項に規定する業務等に関する重要事実とは、次に掲げる事実(第一号、第二号、第五号、第六号、第九号、第十号、第十二号及び第十三号に掲げる事実にあっては、投資者の投資判断に及ぼす影響が軽微なものとして内閣府令で定める基準に該当するものを除く。)をいう。

ベンチャー企業の社長

だんだんと法学部の授業のようになってきましたね。

法律事務所BIZの熊谷弁護士弁護士

そうですね。結局は、条文の解釈の問題ですから。そして、重要事実は、決定事実、発生事実、決算情報、バスケット条項に分かれ、さらにそれらが主体に応じて規定されています。

主体 重要事実
上場会社等 決定事実(1号)
発生事実(2号)
決算情報(3号)
バスケット条項(4号)
子会社 決定事実(5号)
発生事実(6号)
決算情報(7号)
バスケット条項(8号)

※上場投資法人等、上場投資法人等の資産運用会社については省略しています。

ベンチャー企業の社長

例えば、どういった事実があたるのでしょうか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士弁護士

上場会社等の決定事実として、株式又は新株予約権の発行が規定されています(金商法166条2項1号イ)。ただし、投資者の投資判断に及ぼす影響が小さいため、重要事実から除外できるものとして、軽微基準という基準が有価証券の取引等の規制に関する内閣府令で定められています。その49条1項1号イは、払込金額の総額が1億円未満であれば、重要事実から除外されるということです。決定事実は、他にも、金商法166条2項1号ロからタまで規定されており、それに応じた軽微基準が定められています。

ベンチャー企業の社長

決算情報というのは、ちょっとの差異でも生じれば、インサイダー取引の疑いが生じてしまうのでしょうか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士弁護士

決算情報は、上場会社等の決算に関する直近の予想値との比較で、企業が新たに算出した予想値または決算において重要基準を満たす程の差異が生じたことを言います。先程は軽微基準という話をしましたが、決算情報の場合には重要基準というものがあり、売上高が増減10%以上ある場合、経常利益・純利益が増減30%以上ある場合などのように、項目に分かれて有価証券の取引等の規制に関する内閣府令に規定されています。

ベンチャー企業の社長

このバスケット条項というのは何でしょうか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士弁護士

バスケット条項というのは、先程話した決定事実、決算情報など以外であっても、上場会社等や子会社の「運営、業務または財産に関する重要な事実であって投資者の判断に著しい影響を及ぼすもの」をいいます(金商法166条2項4号)。バスケットのように包括的に取り込むことから、このように呼ばれています。

ベンチャー企業の社長

どういった具体例がありますか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士弁護士

上場会社A社の元役員である違反行為者は、A社との間で巨額の売買契約を締結していたB社から催告書が到達し、売買契約が解除されることがほぼ確実になった旨の事実を職務に関して知り、当該事実の公表前に、保有していたA社株式を売り付けたという事例があります[1]。この重要事実の概要は、A社の債務不履行により、B社から支払催告書が到達し、売買契約が解除されることがほぼ確実になったことです。

ベンチャー企業の社長

それだと、決定事実、発生事実、決算情報のいずれにも当たらないので、バスケット条項の該当性が問題となるのですね。

法律事務所BIZの熊谷弁護士弁護士

そして、この事実が、バスケット条項に該当するとされた理由としては、B社の催告書は、A社の債務不履行(売買契約に基づく支払いの遅延)を原因とし、期限内に支払いがなされない場合には、①売買契約の解除、②支払い済みの前払い金の没収、③高額の損害賠償請求、等が行われること、また、A社には債務不履行を解消するだけの資金的余裕もなかったことが考慮されました。そういった事実を通常の投資者が知った場合、A社株式について当然に「売り」の判断を行うと認められることから、上記事実は「当該上場会社等の運営、業務又は財産に関する重要な事実」で「投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの」であると判断されたのです。

ベンチャー企業の社長

ちなみに、実際の株価はどう動いたのですか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士弁護士

はい。A社の株価は、本件重要事実の公表後、2週間で約5割下落しています。

ベンチャー企業の社長

たしかに、それでは売り抜いたA社の元役員は大きな損失を逃れたことになり、情報を知らなかった一般の投資家との間では不公平ですね。

ベンチャー企業の社長

話が具体例となって逸れてしまいましたが、要件としては、これら重要事実の公表前に取引をするとインサイダー取引と言われてしまうわけですね。

法律事務所BIZの熊谷弁護士弁護士

そうですね。では、公表ってなんでしょう。

ベンチャー企業の社長

え?公表というのは、プレスリリースだとか、決算公告だとか、そういったことではないのですか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士弁護士

もちろんそういった場合も含みますが、公表は、金商法166条4項が定めており、重要事実などを多数の者の知り得る状態に置く措置が取られたことや、特定の書類が公衆の縦覧に供された場合を指すとしています。その具体的な内容としては、金商法施行令30条が定めており、たとえば、重要事実を2つ以上の報道機関に公開してから12時間が経過したことなどが挙げられております。ですから、報道機関に公開した直後に株取引をしても、まだ公表「前」ということになるわけです。

金商法166条4項

4 第一項、第二項第一号、第三号、第五号、第七号、第九号、第十一号及び第十二号並びに前項の公表がされたとは、次の各号に掲げる事項について、それぞれ当該各号に定める者により多数の者の知り得る状態に置く措置として政令で定める措置がとられたこと又は当該各号に定める者が提出した第二十五条第一項(第二十七条において準用する場合を含む。)に規定する書類(同項第十一号に掲げる書類を除く。)にこれらの事項が記載されている場合において、当該書類が同項の規定により公衆の縦覧に供されたことをいう。

ベンチャー企業の社長

いやぁ~、今回は難しかったですね。上場企業の決算がよくなるという情報を事前に手に入れて株取引を行ったらインサイダー取引という程度のイメージしかなかったのですが、要件が細かく決まっていることがよくわかりました。これらの規制に違反すると、どのような罰が科されるのでしょうか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士弁護士

5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金、または、これら2つの刑が同時に科される(併科)こととなっています(金商法197条の2第13号)。

ベンチャー企業の社長

なかなか重たいですね。

法律事務所BIZの熊谷弁護士弁護士

それだけでは済まない場合もありますよ。両罰規定というのがあり、法人の代表者などがインサイダー取引規制に違反する行為をして処罰されるときは、その会社に対しても5億円以下の罰金が課されます(金商法207条1項2号)。

ベンチャー企業の社長

ご、5億円ですか!?うちの会社だったら潰れてしまいます!

法律事務所BIZの熊谷弁護士弁護士

あくまで刑事罰の話であって、インサイダー取引規制ではさらに行政処分として課徴金納付命令の対象ともなります。課徴金の金額は、「重要事実公表日6ヶ月以内の売付け等(買付け等)の総額」と「公表日後2週間の最安値(最高値)×売付け等(買付け等)の数量」の差額になります(金商法175条1項、2項)。令和元年度の例では、差額が50万円未満の場合が8名と多数のようですが、差額が500万円に近い事例もあるようです[2]

ベンチャー企業の社長

インサイダー取引をした人は、その後どうなったんでしょうか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士弁護士

それについても、先の資料に「インサイダー取引後の状況~インサイダー取引により得るもの失うもの~」というタイトルでコラムが載っています[3]。挙げられた事例の人はすべて辞任や退社しており、それがインサイダー取引が理由かどうかはわかりませんが、仮にそうであるとすれば、課徴金を納付した上に退社等による将来的な経済的損失が生じているとも考えられ、インサイダー取引の利得額等をはるかに上回るのではないか、と結論づけています。たとえば、取締役がインサイダー取引をした事例で、取引金額は200万から500万で、売付けがないため利得はないのですが、役員を辞任しています。管理部門の社員は取引金額が2000万から5000万で利得は50万から100万でしたが、退社となっています。取引金額が高額であっても利得が高くなるとは限らず、一方で辞任や退社となれば将来的に得られたであろう役員報酬や給与が得られなくなるわけですから、一時の利益のためにインサイダー取引に手を出してはいけないということですね。

脚注

1.証券取引等監視委員会「金融商品取引法における課徴金事例集~不公正取引編~」の96頁。

2.証券取引等監視委員会「金融商品取引法における課徴金事例集~不公正取引編~」の65頁。

3.証券取引等監視委員会「金融商品取引法における課徴金事例集~不公正取引編~」の66頁。

この記事に関連する最新記事

おすすめ書式テンプレート

書式テンプレートをもっと見る

著者プロフィール

author_item{name}

早乙女 宜宏

永世綜合法律事務所 弁護士

早稲田大学法学部卒業後、日本大学大学院法務研究科卒業。
顧問先等の企業法務に関する相談を多く受ける一方で、日本大学大学院法務研究科にて、刑事系科目(刑法・刑事訴訟法)の教鞭をとる。その他、警察大学校等の公的機関で講義をするなど教育業務も多い。また、スマートフォン向け六法アプリ、And六法の開発も行う。

この著者の他の記事(全て見る

bizoceanジャーナルトップページ