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「定型約款を用いた取引 ―第3回 消費者保護の観点から見た諸外国との比較―」

「定型約款を用いた取引 ―第3回 消費者保護の観点から見た諸外国との比較―」

最後の回は、消費者保護の観点から日本の定型約款についての諸外国と比較してみます。

特に、消費者取引においては、 以前より契約内容を含めた事業者からの情報提供の重要性が叫ばれています。約款の事前開示は必須ではないでしょうか?

消費者にとっては、容易に認識できない条項に否応なく拘束されてしまうことは、 市場の透明化の観点からみても好ましくはありません。

日本の改正民法548条の2は、みなし規定ですから、準備した定型約款を契約の内容とすることを表示するだけでよいわけです。そうすると、約款の個別の条項を事前に開示する必要がないというように受け取ることもできてしまう恐れもあります。

また、改正民法548条の3では、消費者によって事前又は事後に約款準備者に対して請求がされた場合には、準備者は約款の内容を示さなければならないと規定されています。

しかし、相手方である消費者がこういった請求を事前にする可能性はかなり低いのではないでしょうか?

また、事後の請求についても、単なる確認作業となってしまい、消費者が同意できないような条項を見つけたとしても、錯誤による無効や誤認による取消しが認められるケースでない限りは、契約関係を解消することはできません。

このような不当条項規制の問題に対し、日本の不当条項の扱いをおさらいしてから、約款規制のモデルとしてのドイツと台湾ではどのような対応になっているのかを見ていきましょう。


この記事の著者
  高岡法科大学法学部准教授 

1.消費者取引からみた約款の問題点

改正民法548条の2第1項は、定型約款によって契約の内容が補充されるための要件、すなわち、個別条項についての「みなし合意」(合意擬制)の要件を定めています。

そのうえで、同条2項は

①「相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって」

②「その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして民法第1条第2項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるもの」

については、「合意をしなかったものとみなす」と定めています。

これは、まず①相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であること、として、②相手方の利益を一方的に害すると認められるものであることを定めています。

②の判断基準として信義則を、考慮要素として「定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念」を挙げています。
これは、消費者契約法10条と類似していますが、民法上の定型約款には、不当条項はそもそも契約に組み込まれないという考え方を採っています。つまり、548条の2第1項による個別条項については合意擬制であるにもかかわらず、同条第2項は、内容に問題がある等の一定の条項は合意擬制から排除され契約内容にはならない。という構造です。


2.諸外国の状況

①ドイツ

ドイツ民法305条2項

約款は,契約締結に際し,次の各号に定める要件をすべて満たし,かつ,他方当事者が約款の適用を了解した場合に限り,契約に組み入れられるものとする。

  1. 約款使用者が,他方の契約当事者に対して約款を明示的に提示し,または,契約締結方法ゆえに明示的な提示が不相当な困難を伴う場合には契約締結場所に約款を明確に掲示しておくこと
  2. 約款使用者が,他方の契約当事者に対して,約款の内容を了知する機会を,約款使用者に認識できる同人の身体的障害も相応に考慮したうえでの期待可能な方法で与えたこと

ドイツ判例は普通取引約款の規制に永らく厳格な態度をとってきていました。しかし、1977年4月1日の普通取引約款規制法の公布によって、緩和されるようになってきたのです。このように、ドイツでは特別法で規定されていましたが、2002年のドイツ債務法改正で民法典に統合されました。

ドイツにおける普通取引約款は、明確な要件のもとでのみ契約内容となります。その要件というのが、ドイツ民法305条2項に規定されています。これによれば、条項ないし条件を顧客に明示的に示して、顧客がこれを知ることができてなおかつその適用に同意することが条件となっています。そのため、仮に相手方である消費者が自らの普通取引約款を基礎とすることを消費者に示した場合でも、消費者による暗黙の了解は認められないことになっています。

②台湾

台湾消費者保護法11条の1

企業経営者は、消費者と付合契約を締結する前に、消費者がすべての条項の内容を精読できるよう、30 日以内の合理的期間を設けなければならない。

企業経営者が定型化された契約条項で消費者に前項の権利を放棄させた場合、これを無効とする。

第1項の規定に違反した場合、その条項は契約の内容を構成しない。ただし、消費者は、当該条項が依然として契約の内容を構成すると主張することができる。

中央主務官庁は、特定の業種を選び、定型化された契約条項の重要性、係る事項の多寡及び複雑さの程度などの事項を参酌した上で、付合契約の精読期間を公告することができる。

台湾の定型化契約に関する規定は、基本的にドイツの普通取引約款規制法の影響を深く受けています。しかし、台湾では、企業経営者が消費者に30日以内の合理的期間を与えて約款内容を審査させなければならないとしており、審査期間の規定に違反した場合には、当該条項は契約内容を構成する規定とはならないとしています。

このように、ドイツや台湾では、約款準備者は、相手方である消費者に事前に約款を提示するなどして、消費者がそれを認識・吟味する機会が提供されています。原則としては、それに対する同意があって初めて約款が契約内容になるものとされているのです。

その他、ヨーロッパ契約原則2:104条は、個別に交渉されなかった契約条件につき、契約締結時までに相手方にそれを気づかせるために合理的な手段をとった場合にのみ、当該条件を知らなかった当事者に対して援用しうるとしています。また、韓国では約款規制法が制定されており、諸外国では、単行法又は民法典の一部として、約款規制法が制定されています。


3.おわりに

 事前開示が不要とされることが主として問題となるのは、消費者契約の領域です。そのため、消費者契約法では、約款の事前開示を法的義務として規定しています。

現代社会においては、インターネット取引、約款取引をはじめとして、契約内容の複雑化・多様化が進行していますし、また、急速な社会変化への対応力に乏しい高齢者の増加などによって、事業者と消費者との間の情報力の格差はいっそう拡大しつつあります。こうした中で、事業者側の不当な利益追求を阻止し、消費者の利益を保護しなければなりません。そのため、消費者契約法と民法上の不当条項の捉え方が異なっているのです。この民法上の不当条項は、事業者間契約においても適用されます。

あくまで定型約款を「契約内容とすることに合意すること」、あるいは「事業者からの定型約款を契約内容とすることを前提とした契約締結の勧誘に対して合意をした」という相手方の「意思」があることをもって、定型約款の個別条項についての合意があるとみなしていますから、やはり有効性の根拠を「意思」においています。

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著者プロフィール

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石田瞳

高岡法科大学法学部准教授

千葉大学大学院人文社会科学研究科公共研究専攻博士後期課程単位取得退学。独立行政法人科学技術振興機構社会技術研究開発センター「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」研究開発領域「高齢者の安全で自律的な経済活動を見守る社会的ネットワークの構築」(研究代表:成本迅)の法的検討研究参加者。
日本政治法律学会理事も務める。
著書に『法務と税務のプロのための改正相続法徹底ガイド〔令和元年施行対応版〕』(共著・ぎょうせい)、『事業者のためのパンデミックへの法的対応~コロナ禍で生き残る法律知識のすべて~』(共著・ぎょうせい)、『認知症と民法』(共著・勁草書房)等多数。

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