文章スキルを磨く 第7回 言葉は世につれ②
ビジネスでも私生活でも、読みやすく分かりやすい文章を書きたいものですね。
この連載では、昨日より少しだけ文筆を上達させるスキルや、日本語の豆知識をお伝えします。言葉は時代とともに移り変わっていく、いわば生き物のようなものです。
第2回では、1970年ごろから2000年ごろまでの言葉の変遷を紹介しました。
今回は、2000年代を象徴する言葉を見てみましょう。
日本語ブーム
日本ではこれまで何度か、昔ながらの和語の美しさや奥ゆかしさを再認識したり、言葉づかいの誤りを指摘する本が出版されたり、敬語のあり方や語源がテレビなどで特集されたりする「日本語ブーム」と呼ばれる現象が起こりました。
2000年代も、そんな大ブームのまっただ中にありました。
1999年に大野晋さんの『日本語練習帳』が出版されたのを皮切りに、2001年には齋藤孝さんの『声に出して読みたい日本語』が、2002年には柴田武さんの『常識として知っておきたい日本語』が立て続けにベストセラーとなり、続編・類書が多数刊行されたのです。
その背景にあったのが、「日本語の乱れ」でした。
そして「乱れ」の象徴としてやり玉に挙げられたのが、前回紹介した「ら抜き言葉」です。
もうひとつ、店員が話す「接客言葉」も強く批判されました。
今では普通に使われていますが、当時は違和感を覚える人が続出した言葉です。こうした言葉は、どこが変なのでしょうか。また、なぜそんな表現が生まれたのでしょうか。
お飲み物はウーロン茶で大丈夫ですか
注文を取りに来た店員に「お飲み物はウーロン茶で大丈夫ですか」と聞かれることがありますよね。
こんな場面で「大丈夫」という言葉を使うのは、「大丈夫じゃない」と感じることはありませんか?
そこで、「大丈夫」という語がどのような使われ方をしているのか見てみましょう。
転んで泣いている子どもに「大丈夫?」と聞くのは、怪我がないか確認するためです。
怪我がないと分かり「大丈夫だよ、泣かないで」と声をかけるのは、安心してねと慰めるためです。
「高校卒の資格で大丈夫ですか」というのは、「それだけで十分ですか」の意味です。
「メール、日本語で大丈夫ですか」は、「日本語で問題ありませんか」という確認です。
このように「大丈夫」は、場面によっていろいろに解釈されますが、どの場合も「しっかりしていて問題ない」「危なげなくて安心できる」という意味に支えられています。
しかし同時に、「問題ない」や「危なげない」の意味を含む表現は、裏を返せば「問題がある」や「危なっかしい」ことが想定される場面で用いるのが普通です。
つまり、「大丈夫」は語の形は肯定ですが、「問題ない」「危なげない」という否定の意味を含んでいるのですね。
「メール、日本語で大丈夫ですか」は、「日本語で書いたら読めないかもしれない」という問題が想定された問いかけです。
ところが「お飲み物はウーロン茶で大丈夫ですか」は、ウーロン茶でいいかどうかという単なる確認ですから、何らかの問題を想定する必要はありません。
そのような時に「大丈夫」を使うから、違和感が生まれるのですね。
こんな場面では、「お飲み物はウーロン茶でよろしいですか」と素直に肯定表現を使ったほうがスッキリしますよね。
コーヒーのほうをお持ちしました
「コーヒーのほうをお持ちしました」「お買い上げのほうは700円です」など、「~のほう」という言葉に抵抗を感じる人も少なくありません。
もともと「~のほう」には、物事を遠回しに言う用法があります。
「お勤めは?」と聞かれて、国家公務員であることをぼかして「ええ、お役所のほうに勤めています」と答えたり、相手の安否を気づかって「その後、お仕事(お身体)のほうは順調ですか?」と尋ねたりする表現です。
ここには、自分の職業のことをあからさまに言ったり、相手の仕事や健康についてズケズケ質問したりするのは遠慮されるという気持ちが表れています。
礼儀としての慎みを重んじた、きわめて日本的な表現だと言えるでしょう。
一方、「~のほう」には比較の対象を念頭に置いた、「ナシよりリンゴのほうが好きです」という使い方もあります。
ピザとコーヒーを注文した客に、店員が「コーヒーのほうは後になさいますか」と聞くのは適切な表現です。
これは、ピザとコーヒーを出す時間差を比較しているためです。
そう考えると、コーヒーだけを注文した客に「コーヒーのほうをお持ちしました」と言うのは、奇妙な感じです。
こんな場合は、「コーヒーをお持ちしました」で十分でしょう。
こちら、和風セットになります
ファミレスなどで使われるマニュアル敬語の中で、最も評判の悪かったもののひとつに「~になります」が挙げられます。
「こちら、和風セットになります」という表現です。
「和風セットでございます」と言うのは少し長ったらしいけれど、「和風セットです」と言うのは無愛想な気がして、その中間の丁寧さを表す語として「和風セットになります」を考案したのでしょう。
しかし、「なります、とは何事か。言葉づかいがなっとらん!」と思うお客さんが大勢いたのです。中には「いつ、なるの?」と意地悪なことを言う客もいたのだとか。
「~になる」という言葉には、いくつかの意味があります。
英語の「become」同様、「~に変化する」という意味を語義の中心と考える人が多いでしょう。
「オタマジャクシがカエルになる」という使い方です。
「~になる」の意味は他にもあります。例えば、親族を紹介する時の「私の義理の妹になります」という表現は、何らかの変化を示すものではありません。「~に当たる」という意味合いです。
接客言葉に戻りましょう。
「ホットコーヒー」や「きつねうどん」のように、他に想像を広げる余地がほとんどないものに、変化を表す「~になります」を使うのは確かに変です。
一方、「海賊風パスタ」や「シェフの気まぐれサラダ」など、メニューに掲げられた名称と実際に運ばれてきた品との間に認識の差異が生じ得る場合は、「~に当たる」という意味での使い方だとも考えられます。
しかし客の苦情が多いため、チェーン店の中には「なります禁止令」を出したところもあったのだとか。
「~でございます」に改めれば、それが「きつねうどん」であろうと「海賊風パスタ」であろうと中身はさておき、言葉づかいに対するクレームが来る心配はありませんから。
そして現在、「~になる」は接客言葉から一般用語に広まり、ビジネスパーソンも「異動になる」「変更になる」「入金になる」などの言葉をよく使います。
しかし今でも奇異に感じる人もいるため、「異動する」「変更される」「入金される」と言い換えたほうが良いかもしれませんね。
2000年代の「変な接客言葉」は他にもたくさんあります。また回を改めてご紹介しましょう。
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