文章スキルを磨くシリーズ 第1回 主語の「は」と「が」をどう使い分ける?
ビジネスでも私生活でも、読みやすく分かりやすい文章を書きたいものですね。
この連載では、昨日より少しだけ文筆を上達させるスキルや、日本語の豆知識をお伝えします。
私は鈴木です/私が鈴木です
いきなりですが、質問です。
1.私は鈴木です。
2.私が鈴木です。
この2つを、どう使い分けますか? 「特に使い分けないよ。どちらでもいいんじゃない?」と思うでしょう。ところが両者は少し違うのです。
あなたの部署に来客があり、「鈴木さんは、どの方ですか?」と部屋を見回していたとします。こんな場面では、②「私が鈴木です」と立ち上がりますね。①「私は鈴木です」は、「あなたの名前は?」と質問された時の答え方です。
つまり「が」には、名乗り出る・特定する・強調するニュアンスがあるのです。
月はきれいだ/月がきれいだ
では、次の2つはどう違うでしょうか?
3.月はきれいだ。
4.月がきれいだ。
③の「月はきれいだ」は、一般論として「月というものは美しい」と述べた文で、その場で月を見ていなくても使える表現です。しかし④の「月がきれいだ」は、実際に夜空に浮かぶ月を眺めながら話す言葉です。
「は」は説明的であり、「が」のほうが臨場感に優れているのですね。
彼女が明るい/彼女は明るい
次の文は、いかがでしょうか?
5.彼女が明るい。
6.彼女は明るい。
「彼女が」は不自然で、「彼女は」のほうがしっくり来ますね。
故郷が懐かしい/故郷は懐かしい
では、次の例文です。
7.故郷が懐かしい。
8.故郷は懐かしい。
この文では、「故郷が」のほうが自然です。
こうなると、論理的に「どちらが正しいか」というより、感覚的に「どちらがピッタリか」と考えるほうが良さそうです。
大野さんは持ってきた/大野さんが持ってきた
次の例文を見てみましょう。
9.大野さんは持ってきた本を読んでいる。
10.大野さんが持ってきた本を読んでいる。
⑨の文では、「読んでいる」のは大野さんです。しかし⑩の文では、「読んでいる」のは大野さんとは限りません。
11.大野さんが持ってきた本を、私は読んでいる。
という解釈も成り立ちます。
⑨の「大野さんは」は、「持ってきた」「読んでいる」という2つの述語に共通する主語です。しかし⑩の「大野さんが」は「持ってきた」という述語のみに対する主語であり、「読んでいる」という述語の主語は別の人物かもしれません。
このように、「は」は文全体にかかりますが、「が」は範囲が限定されるのです。
彼が現れた/彼は現れた
では、次の2つを比べてみましょう。
12.その時、彼が現れた。そして、彼は言った。
13.その時、彼は現れた。そして、彼が言った。
一文目と二文目の「が」と「は」を入れ替えたものですが、どちらがすんなり読めますか? 「⑫のほうが自然な気がする」と感じる人が多いでしょう。
これは、「が」が新情報、「は」が旧情報であるためです。新情報・旧情報という分類は耳慣れないかもしれませんが、小学校の国語の教科書では、このように説明されているようです。
「初登場の場面では『が』を使い、すでに登場している場合は『は』を使う」
なるほど、と思いますね。
象は鼻が長い
次に、一文中に「は」と「が」が同時に出てくる例を見てみましょう。
14.象は鼻が長い。
これを読んで「変な日本語だ」と感じる人はいませんね。では、この文を英語に訳してみてください。…と言われると、このままでは訳せないことに気づきます。
「象は」「鼻が」と主語が2つあるのに対し、動詞は1つもないからです(「長い」は形容詞・補語の働きをし、動詞ではありません)。
実は、「象は」は主語ではないのです。一体どういうことでしょう?
「は」には、主語を作る働きだけでなく、他の用法もあるのです。このような「は」を、「主題」と呼びます。「象について言えば」という感じです。
古典の名作『枕草子』の冒頭「春はあけぼの」の「春は」も、このような使われ方をしています。「春について言えば、あけぼの(が一番すてき)」という意味です。
すると、③「月はきれいだ」の「月は」も、同様の性質を持っていることが分かります。
おにぎりはツナマヨが好き
では、次の例文です。
15.おにぎりはツナマヨが好き。
「おにぎりは」が主語ではないことに、もうお気づきですね。
では、この文の主語はどれでしょうか? 「ツナマヨが」ではありませんよ。明示されていませんが、「私は」ですよね。
同様に、
16.頭が痛い。
17.明日は曇りのち晴れでしょう。
18.熱いコーヒーが飲みたい。
19.英語は得意です。
この「頭が」「明日は」「コーヒーが」「英語は」も主語ではありません。
本は読まない
さらに、「は」には他の意味もあります。「対照」を表す「は」です。
20.本は読まなかった。
このタイプの「は」は、一文中に複数回使うことができます。
<「は」が2つ>
21.週末には本は読まなかった。
<「は」が3つ>
22.年前までは週末には本は読まなかった。
<「は」が4つ>
23.出張先のアメリカでは3年前までは週末には本は読まなかった。
このように、対照の「は」は、いくらでも重ねることができます。しかし多用しすぎると、意味が通りにくくなってしまいます。また、同じ語を繰り返し使用すると単調な印象を与え、文章作法としてもイマイチです。
主語「私は」を明示した上で、対照の「は」を1度も使わず書き換えれば、このようになります。
24.私は、出張先のアメリカで3年前まで週末に本を読まなかった。
こちらのほうがスッキリした文になりますね。
声は聞こえるが姿は見えない
「は」の用法は、他にも多数あります。
<対比>
25.声は聞こえるが、姿は見えない。
<程度>
26.多少は気になる。
<提示>
27.そんなことがあっては大変だ。
<確認>
28.安いことは安いが、品質が悪い。
<否定>
29.負けはしたが、いい試合だった。
<譲歩>
30.明るいニュースではあるが、手放しで喜ぶことができない。
<接続>
31.AないしはBをお選びください。
君、業績はいいよね
ここで質問です。あなたなら、言われて嬉しいのは次のどちらですか?
32.君、業績がいいよね。
33.君、業績はいいよね。
㉜は素直に喜べますが、㉝は「でも、態度はデカいよね」などと後ろに嫌な言葉が続きそうで、身構えてしまいませんか?
これは、「は」には上記のような「対比」「否定」「譲歩」のニュアンスがあるためです。
そうだとは思います
では、次の文はいかがでしょう?
34.そうだと思います。
35.そうだとは思います。
㉟は、何となく含みがあるように聞こえますね。
再び、象は鼻が長い
ここまで多くの例文を挙げ、「は」と「が」について説明しました。主語の議論でよく引用されるのが、言語学者の三上章さんという人が著した、その名も、
『象は鼻が長い』
という文法書です。この本が発行されたのは、今から60年以上も前の1960年のことです。
私たちは、ふだん文法を意識しながら日本語を話しているわけではありません。しかし文章を書く時には、
「この場合、『は』か『が』か、どちらが適切かな?」
と少し立ち止まって考えてみてはいかがでしょう?
あなたの文章スキルは、昨日より少しだけ上達するかもしれませんよ。