文章スキルを磨くシリーズ 第3回 「見た通り、聞いた通り、思った通り」に書ける?
ビジネスでも私生活でも、読みやすく分かりやすい文章を書きたいものですね。
この連載では、昨日より少しだけ文筆を上達させるスキルや、日本語の豆知識をお伝えします
見た通りに書ける?
あなたに小学生のお子さんがいて、作文の宿題に四苦八苦していたとします。そんな時、
「見た通り、聞いた通り、思った通りに書けばいいんだよ」
とアドバイスするかもしれませんよね。
では、実際に「見た通り」に書くとどうなるか、確かめてみましょう。
今、あなたは会社のオフィスにいます。ちょうど昼休み時です。ここで窓の外を5秒間眺め、見た景色を文章に表してみてください。
Aさんは、このように書きました。
多くの人が歩いています。会社員らしき3人連れが、コンビニに入ろうとしています。向こうから2人の女性がやって来ました。おしゃれな服装をして、楽しそうに話している様子です。あちらには杖をついた人がいて、自転車とすれ違う時に少しよろめき、私は思わず「あっ」と声を上げそうになりました。
Bさんは、このように書きました。
赤信号で車が5台止まっている。一番後ろはドイツ車らしい。いい車だ。車列の左を縫うようにして、交差点の先頭までバイクが進んで来た。渋滞の時にバイクって便利そうだな。俺も通勤はバイクにしようかな。高架橋には電車も見える。電車のほうが時間も正確だし、雨でも大丈夫だから、やっぱり電車にしよう。
Cさんは、このように書きました。
良い天気で、強い日差しを受けてビル群の窓がキラキラと反射しています。道行く人も、暑いためか上着を手にしたり、ハンカチで額をぬぐったりしながら歩いています。街路樹が風にそよぎ、空には入道雲が湧いています。都会の真ん中でも、こんなふうに夏の情景を感じることができます。
3人は同じ景色を見ているのに、描写している内容は異なります。
このように、目に映るもののうち何に意識を向け、どの順番で書くかは人それぞれです。時間的に同時に存在し、量的にも無数にある対象物の中から、書き手は主観的に選択しているのです。おまけに、個人的な感想まで加わっています。
「見た通り」に書くことは、客観性の視点で考えると、どうも不可能なようです。
聞いた通りに書ける?
次の文を読んでみてください。セールスパーソンが飛び込み営業をしているシーンです。
こんにちわあれるすかなこんにちわちゃいむおおしてもへんじがないどおもるすらしいなはいどなたですかあどおもこんにちわしつれえしますじつわはあじつわわたしわこおゆうものなんですが
これでは、さっぱり意味が分かりません。では、読めるように直してみましょう。
「こんにちは」
(あれ、留守かな?)
「こんにちは」
(チャイムを押しても返事がない。どうも留守らしいな)
「はい、どなたですか」
「あ、どうも。こんにちは。失礼します。実は……」
「はあ?」
「実は、私はこういう者なんですが……」
これで読めるようになりました。意味が通じるように書き直すために、ここでは9種類の小さなテクニックを用いています。
- 発音通りに書かれた部分の仮名づかいを改める。
(どおも ⇒ どうも わたしわ ⇒ わたしは など) - 会話文を「 」に入れる。
- 独り言の部分を( )に入れる。
- 句点(マル)で文を区切る。
- 改行して話者の交代を明らかにする。
- 必要な箇所を漢字やカタカナに改める。
- 3点リーダー(……)を使って、言葉が中途半端であることを示す。
- 「?」を用いて、疑問の気持ちを表す文であることを示す。
- 読点(テン)で文をさらに区切る。
何でもないことですが、私たちは無意識のうちに頭の中で変換しながら人の話を聞いているのです。
このように「聞いた通り」に忠実に書こうとすると、かえって何を言っているのか分からない文章になってしまいます。
思った通りに書ける?
次に、「思った通り」に書けるかどうかを確かめてみましょう。
ああそうか、これでいいぞ。いや待てよ、やっぱり違うかな。うーん、どうだろう。そうだ、課長に相談してみよう。でも今は忙しそうだな……。
あ、昨日課長に頼まれた仕事を忘れていた。まずい、先にやってしまおう。ええと、必要な資料は何だ?
明確な意思を持って思考している時でなければ、人の感覚や感情というものは、あいまいで揺れ動きやすいものです。
このように「思った通り」に書くと、あまり意味をなさない文章になってしまうことが多いのですね。
素材を引き出す
以上から、「見た通り、聞いた通り、思った通り」に書くのは、現実的ではないことが判明しました。では、宿題に悩むお子さんに、どのように助言してあげれば良いのでしょう?
今日サッカーをしました。
最初に1行書いたきりで、続きが思い浮かばない様子です。そこで、いろいろな角度から聞き出してあげましょう。
「誰としたの? 同じクラスの友達?」
「どこでしたの? 学校のグランド? 公園?」
「体育の授業? 放課後に遊びで?」
「シュートが決まったんだね」
「嬉しかったよね」
「じゃあ、今度の日曜、一緒にサッカーの練習をしよう。お父さんとお兄ちゃんが教えてあげるよ」
こうして話を引き出してあげれば、書く素材を次々と見つけることができます。
疑問詞で質問する
これらの問いかけで使ったのは、いわゆる「疑問詞」(英語の5W1H)です。
学校の作文の授業で、
「文章には『いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように』を書きましょう。そうすれば上手な作文になりますよ」
と教わりましたね。
これはどの言語でも同じで、不明瞭な部分があれば疑問詞で質問されます。
次の例文を見てみましょう。
コンサートは楽しかった。
この文にはwhoは書かれていませんが、楽しんだのは「私」であると推測できます。しかし「私」が奏者なのか聴衆なのかは分かりません。そこで、whyやhowの要素を加えてみましょう。
練習通りに弾けて楽しかった。
ノリノリでシャウトして楽しかった。
これで音楽のジャンルや書き手の属性まで、ある程度想像できますね。
ところで、whoが欠けているのに推測できるのは、なぜでしょうか。
学生時代に古文が苦手だった人も多いことでしょう。古文が難解な理由の一つに、主語が省略されていることが挙げられます。平安時代は現代より敬語の語彙数がはるかに多く、相手の身分によって敬語のランクを使い分けていました。そのため、主語を明示しなくても人物を特定することができたのです。言わずとも伝わるのは、千年前からの日本人のDNAなのかもしれませんね。
5W1Hで具体的に
さて、「お子さんの作文の宿題を見てあげる」という設定で本稿を進めましたが、これは子どもに限った話ではありません。
5W1Hを明らかにしながら具体的に書けば、あなたの文章スキルは昨日より少しだけ上達するかもしれませんよ。