[契約書の書き方] 第4回:取引基本契約書④
今回も、前回に続き、取引基本契約書の具体的な条項について解説します。
相殺予約
第9条(相殺予約)
甲及び乙は、相手方より支払いを受けるべき金銭債権を有するときは、いつでも相手方の自己に対する金銭債権と対当額で相殺することができる。
本条は、前回のコラムで解説した代金支払いに関連して、当事者間の相殺について特約を規定するものです。
民法505条1項※は、①対立する同種の目的を持つ債権があり、②双方の債務が弁済期にあるときは、③債務の性質上許されない場合でない限り、両債権を対当額(その価値に相当する金額という意味)で消滅させることができるという「相殺(そうさい)」について規定しています。これにより、各当事者は、自己の債権について現実の金銭支払いを受けることができない場合でも、相手方に対して負担する金銭債務がある場合には、対当額で債権債務を消滅させることが可能となります(そのため、相殺には担保的機能があるといわれます。)。
※ 民法505条1項
2人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
この民法の規定では、上記②の要件のとおり、基本的に両債権が弁済期にあることが必要とされていますが、取引基本契約の本条においては、より迅速に債権回収を行うことを可能にするため、「いつでも」相殺することができるという特約を設けています。
相殺による債権回収が必要となる典型的な場合は、相手方が倒産の危機に陥った場合です。破産法67条1項※は、民法505条1項とは異なり、両債権が同種の目的を有するものでなくても、また、破産手続開始時に弁済期が到来していなくても、破産債権者が破産手続開始時に破産者に対して債務を負担するときは相殺することができる旨を定めています。
※ 破産法67条1項
破産債権者は、破産手続開始の時において破産者に対して債務を負担するときは、破産手続によらないで、相殺をすることができる。
ただし、法律の規定によっても、破産手続開始後に債務負担ないし債権取得をした場合や、支払不能や支払停止の事実を知って債務負担ないし債権取得をした場合などは、相殺が禁止されます(破産法上の相殺禁止については、同法71条及び72条において具体的に規定されています。)。
売主の品質保証
第10条(品質保証)
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- 甲は、乙に対し、商品が、別に定める仕様に適合し、本契約の目的に照らし乙の要求をみたす品質であることを保証する。
- 甲は、商品の品質を保証するため、品質管理体制を確立し、品質管理に関する記録を作成しなければならない。
- 乙は、本契約の目的を達するために必要なときは、甲に対し、前項の記録の提出を求めることができる。
本取引基本契約書では、本条において売主側による納入商品の品質保証を定め、次条(第11条)において買主側の代金支払いの連帯保証について定めることとし、売主側と買主側がそれぞれ負担する保証の責任について規定しています。
品質保証に関しては、本取引基本契約の取引が、「乙が製造し販売する××の部品とすることを目的として」乙が甲から商品を買い受けるというものですので(第1条参照)、買主である乙の要求する品質をみたすものでなければ、取引の意味がありません。そのため、本条では、商品が別途定めることとする仕様に適合しており、乙の要求をみたす品質であることを甲が保証するとともに(1項)、甲が品質管理体制を確立し、品質管理記録を作成すべきこと(2項)、及び、乙がその品質管理記録の提出を求め得ること(3項)を、それぞれ規定しています。
買主の連帯保証人
第11条(連帯保証人)
○○○(以下「丙」という。)は、乙が甲に対し本契約に基づき負担する一切の債務について、極度額○○万円の範囲で、乙と連帯して保証する。
本条は、買主の代金債務その他の債務について、連帯保証人(丙)が売主に対し保証することを定める連帯保証の規定です。連帯保証契約は、保証契約の一種ですので、書面または電磁的記録によってしなければなりません(民法446条2項3項※)。
※ 民法446条
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- 保証人は、主たる債務者がその債務を履行しないときに、その履行をする責任を負う。
- 保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない。
- 保証契約がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その保証契約は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する。
改正民法の個人根保証に関する規律について
令和2年4月1日より施行された改正民法は、継続的に生じる不特定の債務を包括的に担保する「根保証」について、主債務の範囲に貸金等債務が含まれるもの(改正前は「貸金等根保証契約」としてこれに限定されていました。)だけでなく、保証人である個人を保護するため、全ての個人根保証を対象として、規制を強化しました。具体的なポイントは、次のとおりです。
- 書面による極度額の定めを要件とすること(465条の2)
- 元本確定事由が定められたこと(465条の4)
- 事業に係る債務の場合、契約締結時において、主債務者に保証受託者に対する情報提供義務が課されること(465条の10)
- 契約締結後において、債権者が保証人に対し主債務の履行状況等に関する情報提供義務を負うこと(458条の2、458条の3)
改正民法により新設されたこれらの規定は、同法施行日(令和2年4月1日)後に締結する個人根保証契約に適用されます(上記改正民法附則21条1項)。令和2年3月31日までに締結された契約については、従前の例によることとなっていますので、例えば、極度額の定めがなくても根保証契約は有効です。
本取引基本契約は、上記改正民法の施行後に締結するものですので、「極度額○○万円」という部分を、取引の規模に応じて具体的に定めなければならず、極度額の定めがなければ保証契約が無効となりますので、注意が必要です。
知的財産権
第12条(知的財産権)
甲及び乙は、相手方から提供を受けた仕様書、ノウハウ、アイデア等の情報に基づき、産業財産権、著作権、回路配置利用権その他の知的財産権を取得するときは、相手方にその内容を事前に通知し、その知的財産権の帰属等の取扱いについて、甲乙間で協議して決定する。
本条は、目的物に関わる知的財産権の取扱いについて規定しています。
知的財産権のうち、特許権、実用新案権、意匠権、商標権は、「産業財産権」とよばれ、特許庁が所管しています。
本取引基本契約では、例えば、買主(乙)が売主(甲)に提供した仕様書等に基づき、甲が目的物に関する発明をした場合、その発明に係る特許権(その出願及び登録)を甲乙いずれに帰属させるのかを、協議により決定することとなります。
譲渡等の制限
第13条(譲渡等の制限)
甲及び乙は、事前の書面による相手方の承諾がない限り、本契約及び個別契約に定める権利義務の全部若しくは一部又はそれらの契約上の地位を第三者に譲渡し、又は担保に供することができない。
取引基本契約は、当事者間の信頼関係に基づく継続的契約ですので、契約上の権利義務や契約上の地位そのものを第三者に譲渡すること等について、本条により制限を設けています。
「及び」と「並びに」,「又は」と「若しくは」の違いについて
上記第13条では、「及び」、「又は」、「若しくは」という3種類の接続詞が登場しますが、契約書等の法律文書においては、これらの他に「並びに」も加えた各接続詞について、法令用語の使用法に従って正しく使い分けることが必要です。
「並びに」と「及び」は、意味のレベルが同じ語句の間で単独に用いる場合には、「及び」を使用することになっています。
並列した3つ以上の語句が全て「及び」の関係で結ばれる場合、「A、B及びC」というように、最後の2つの語句の間にのみ「及び」を置き、それ以外の語句の間は「、」で結ぶのがルールです。
他方、並列した3つ以上の語句の意味のレベルが異なる場合には、大きな意味の接続には「並びに」を用い、小さな意味の接続には「及び」を用いるのがルールです。例えば、Aと、BとCのグループを接続する場合には、「A並びにB及びC」と表示することになります。
「又は」と「若しくは」は、意味のレベルが同じ語句の間で単独に用いる場合には、「又は」を使用することになっています。
並列した3つ以上の語句が全て「又は」の関係で結ばれる場合、「A、B又はC」というように、最後の2つの語句の間にのみ「又は」を置き、それ以外の語句の間は「、」で結ぶのがルールです。
他方、並列した3つ以上の語句の意味のレベルが異なる場合には、大きな意味の接続には「又は」を用い、小さな意味の接続には「若しくは」を用いるのがルールです。例えば、Aと、BとCのグループを接続する場合には、「A又はB若しくはC」と表示することになります。
上記第13条のうち、「本契約及び個別契約に定める権利義務の全部若しくは一部又はそれらの契約上の地位」という部分についてこれを見てみると、まず「本契約」と「個別契約」が同等のレベルで接続され、「権利義務の全部」と「一部」というグループと、「それらの契約上の地位」とが大きな意味で選択的に接続され、その中で「権利義務の全部」と「一部」が小さな意味で接続されるという構造になっています。
次回も、引き続き取引基本契約書の解説を行います。
(第4回・以上)