遺言書保管法の概要について
1.はじめに
相続に関する改正法である「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」および「法務局における遺言書の保管等に関する法律」が2018年7月6日に成立し、段階的に施行されていましたが、2020年7月10日に「法務局における遺言書の保管等に関する法律(以下、「遺言書保管法」といいます。)」が施行されたことから、以後は改正法が適用されることになります。
本稿では、遺言書保管法の規定を解説し、遺言書作成後の保管から遺言書の効力発生後に相続人が採るべき対応について整理したいと思います。
2.遺言書保管制度の概要
(1)制度創設前における自筆証書遺言の保管・管理
自筆証書の方式で遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならないとされています(民法968条1項)。すなわち、これらの要件を満たせば、遺言書として有効に成立することになりますので、自筆証書遺言は最も容易な方式といえます。他方、遺言書の保管・管理は遺言者自身の責任の元で行うことになりますので、作成後に遺言書を紛失したり、相続人に遺言書の存在を知らせることができなかったとしても、それは遺言者自身の責任です。また、遺言書の管理を徹底していたとしても相続人間で対立関係がある場合には、推定相続人(=相続が発生した場合に当該被相続人の相続人になる予定の相続人)やその関係者によって、作成した遺言書の内容とは異なる内容に遺言書が偽造・変造されたり、遺言書自体を隠匿されるなど、遺言者が意図した内容が実現されずに遺産が承継されることも考えられるため、自筆証書遺言ではなく公正証書による遺言の利用が適切と考えられる事案もあります。筆者の経験上も、自筆証書遺言ではなく公正証書による遺言の利用を勧める事案が多くありました。
(2)制度創設の趣旨
遺言書保管法は、法務局において自筆証書遺言の方式で作成された遺言書の保管および情報の管理をする制度を新たに創設するものです。この法律は、高齢化の進展等の社会経済情勢の変化に鑑み、相続をめぐる紛争を防止することを目的としています[1]。
自筆証書遺言の場合、作成時に遺言者以外は関与しないため、遺言書の真正性や遺言内容をめぐって紛争が生じることが想定されていますが、公的機関である法務局が作成後の保管につき関与することで、保管申請した遺言書自体の内容は固定されることになりますので、その遺言書に関する真正性や内容についての紛争は発生しにくくなるものと考えられます[2]。
また、自筆証書遺言を作成したことを相続人や受遺者・遺言執行者などの関係者(以下、「相続人等」といいます。)に知らせておかなければ、相続人等は、遺言書の存在自体を知ることはできませんが、遺言書保管法では、相続人等が当該遺言書の存在を知った場合には、他の相続人等にも遺言書を保管している旨の通知がされます(遺言書保管法9条5項)ので、相続人等にとっても遺言書の存在自体を把握することができる仕組みが創設されたことになります。
(3)遺言書作成後~保管まで
①対象となる遺言の種類(遺言書保管法1条)
具体的に遺言書保管法が保管の対象とする遺言は、民法968条の自筆証書によってした遺言に係る遺言書のみです。ここでいう「民法968条の自筆証書によってした遺言に係る遺言書」とは、民法968条に定める方式への適合性が外形的に認められる遺言書を意味するものとしており、遺言書保管官[3]が民法968条に定める方式への適合性について外形的な確認をしたもののみが保管制度の対象になります。
②保管の申請をすることができる遺言書(遺言書保管法4条2項)
保管の対象となる遺言書については、遺言書保管法でその様式が決まっており、法務省令で定める様式に従って作成した無封の遺言書でなければなりません。法務省令で定める様式とは、A4サイズであることや遺言書の一定の範囲の余白があること等が定められています。遺言書保管官が遺言書の方式や保管申請書の内容を確認するためにも、保管申請をする遺言書は無封であることがなければなりません。
③遺言書保管所の管轄(遺言書保管法4条3項)
遺言書の保管申請については、(ア)遺言書保管所のうち遺言者の住所地若しくは(イ)本籍地又は(ウ)遺言者の所有する不動産の所在地を管轄する遺言書保管所に対してしなければなりません。(ア)(イ)の他に、(ウ)を管轄に認めたのは、相続人等が遺言書を閲覧する機会によって、相続登記を行うことを促進させるためです。なお、複数の遺言書について保管の申請をすることもできますが、遺言者の作成した他の遺言書が現に遺言書保管所に保管されている場合には、(追加で行う)遺言書の保管申請の際には、既に保管されている遺言書保管所の遺言書保管官に対してしなければならない点に注意が必要です。
④保管の申請の方式(遺言書保管法4条4項~6項、同5条)
遺言書の保管の申請をする際には、遺言書および以下の内容を記載した申請書と共に、遺言者本人が遺言書保管所に自ら出頭して行わなければなりません。その際、遺言書保管官は、申請人を特定するための書類の提示(提出)を求め、申請人の本人確認を行った上で、申請された遺言書を保管することになります。
【申請書に記載が求められる内容】
- 一 遺言書に記載されている作成の年月日
- 二 遺言者の氏名、出生の年月日、住所及び本籍(外国人にあっては、国籍)
- 三 遺言書に次に掲げる者の記載があるときは、その氏名又は名称及び住所
- イ 受遺者
- ロ 遺言執行者
- 四 前三号に掲げるもののほか、法務省令で定める事項として「遺言者の戸籍の筆頭者」や「電話番号その他の連絡先」などがあります。
(4)保管後~死亡まで
①遺言書の保管および情報の管理(遺言書保管法6条・7条)
遺言書の保管は、遺言書保管官が遺言書保管所(=法務局)の施設内において行います(遺言書保管法6条)。そして、保管する遺言書については、遺言書保管官は当該遺言書の情報を管理しなければならず、具体的には、遺言書をスキャン等して画像情報として保管します(遺言書保管法7条)。
②遺言者生存中の遺言書の閲覧(遺言書保管法6条2項)
遺言者は、遺言書を保管している法務局(=特定遺言書保管所)の遺言書保管官に対し、いつでも当該遺言書の閲覧を請求することができます(遺言書保管法6条2項)が、遺言者以外の者は、遺言者の生存中には、閲覧を含めいかなる情報も得ることはできません。また、遺言者も閲覧以外に保管されている遺言書の写しの交付を求めることはできませんので、保管に際しては保管申請前にコピーを取るなどの対応が必要です。
③遺言書の保管申請の撤回(遺言書保管法8条)
遺言者は、遺言書保管所に保管されている遺言書について、保管の申請を撤回し、遺言書の返還を受けることも可能です(遺言書保管法8条)。撤回については遺言者自ら出頭して行わなければならないため、遺言者の生存中に限り、撤回することが認められています。
(5)死亡後
①遺言書保管事実証明書の交付請求(遺言書保管法10条)
遺言者の死亡後は、誰でも自分に関係する遺言書が存在するか否かの確認をすることができるようになります(遺言書保管法10条)。具体的には、遺言者を特定した上で、自己がその遺言書の関係相続人に該当するか否かの証明書(=遺言書保管事実証明書)の交付を求めることになります。なお、自己に関係する遺言書が保管されていない旨の証明書が交付された場合には、(ア)請求者が相続人である場合と(イ)請求者が相続人以外である場合に分けて考えることになり、(ア)の場合には、「遺言書保管所(=法務局)には、遺言者として特定された者が作成した遺言書が保管されていない」ことを意味し、(イ)の場合には、「少なくとも、遺言者として特定された者が遺言書保管事実証明書の交付請求をした者を、受遺者や遺言執行者とした遺言書が遺言書保管所に保管されていない」ことを意味することになります[4]ので、今後は、相続時に調査することが必須になると言えます。
②遺言書情報証明書の交付請求(遺言書保管法9条)
また相続人、受遺者、遺言執行者等の遺言書に関係する者(以下、「関係相続人等」といいます。)は、遺言書保管官に対し、遺言者が死亡している場合に限り、保管されている遺言書の画像を記載した証明書の交付を請求することができます(遺言書保管法9条1項)。この証明書の交付請求は、実際に遺言書が保管されている法務局以外の遺言書保管官に対しても行うことができます(遺言書保管法9条2項)ので、相続発生時の調査として、遺言書保管事実証明書の調査と同様に今後は必須になると言えます。なお、この請求の際に、実際に遺言書が保管されている法務局の遺言書保管官に対し、当該遺言書の閲覧を請求することもできます(遺言書保管法9条3項)ので、必要に応じて保管されている遺言書を確認することも可能です。
ただし、これらの交付請求や閲覧請求の際には、遺言者を被相続人とする法定相続情報一覧図の写し又は遺言者の出生時から死亡時までの戸籍・除籍・改正原戸籍の謄本等や相続人の住所を証明する書類(作成後3か月以内の住民票など)が必要(法務局における遺言書の保管等に関する省令34条)となり、相続手続で一般的に必要となる書類と同様の準備が必要になります。
これらに対し、遺言書保管官は、遺言書保管所に保管されている遺言書について、証明書の交付や遺言書の閲覧をさせたときは、速やかに他の関係相続人等に「遺言書を保管している旨」を通知する(遺言書保管法9条5項)ことになり、この通知によって交付請求等をした関係相続人等以外の者も、遺言書の存在を知ることになり、実際の遺産承継が行われていくことが考えられます。この点は、遺言書保管法の大きな特徴の一つとなります。
③遺言書情報証明書の意義
遺言書情報証明書は、保管されている遺言書の情報を公的に証明するものですので、遺言書の原本と同様に扱われます。したがって、遺言書情報証明書を複数取得することで、遺言書が複数あるのと同じ効果をもちます。また、自筆証書遺言の保管者は、「相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない(民法1004条)。」と義務づけられていますが、遺言書保管法の対象となる自筆証書遺言については、遺言書保管官が厳重にこれを保管するため、遺言書の保管開始以降、偽造、変造等のおそれがなく、保存が確実となりますので、検認を不要とされました(遺言書保管法11条)。
3.おわりに
高齢化が進む我が国において、相続への準備(いわゆる終活)については、だんだんと注目されるようになっていますが、この遺言書保管制度をうまく利用することで、遺言者の死後(=遺言の効力発生後)に生じる無用な争いを避けることにつながることが大いに期待できますので、遺言書の作成を検討されている方には、ぜひこの制度の存在や公正証書遺言の制度を知っていただいた上で、遺言書の作成を始めることをお勧めします。また、関係相続人等においても、遺言書の存在によって遺言者の想いを知ることができれば、相続での不要な紛争は生じにくくなると思います。この制度が円滑に運用されることを実務の傍らで見守って行きたいと思います。
以上
脚注
1. 堂薗幹一郎=野口宣大編著『一問一答 新しい相続法-平成30年民法等(相続法)改正、遺言書保管法の解説』208頁(商事法務,2019年)
2. もちろん、遺言書保管法は、自筆証書遺言の保管について、一つのオプションとなるだけですので、今までのように遺言者自身が保管・管理することを否定するものではなく、自筆証書遺言によって生じやすい問題の全てが解決されるわけではありません。
3. 遺言書保管所に勤務する法務事務官のうちから、法務局又は地方法務局の長が指定する者をいい(遺言書保管法3条)、法務省等が実施する各種研修により民法等の関係法令に関する高度な専門的知識等を涵養するとともに、登記事務等の職務を通じて、これらの法令の運用に関わる民事法務行政に関する実務経験を十分に積んだ法務事務官を指定することを予定しています(登記研究853号22頁(2019年、テイハン))。
4. 前掲注3・32頁