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事例で学ぶ!相続法の実務 Q&A  第1回:相続させる旨の遺言の効力の変更

事例で学ぶ!相続法の実務 Q&A  第1回:相続させる旨の遺言の効力の変更

この記事の著者
  日本大学商学部准教授、弁護士 

1.はじめに

一昨年(令和元年)7月1日より原則として施行されている「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」(平成30年法律第72号)は、民法のうち、相続法について約40年ぶりの改正を行うものです。

改正された民法(以下「改正民法」といいます)のうち、いわゆる相続させる旨の遺言の効力に関する見直しについては、改正前民法下の相続実務を大幅に変更しています。

そこで、本稿では、改正民法のうち、相続させる旨の遺言の効力に関する見直しについて、権利の承継に限定して、Q&Aの形式で、解説していくこととします。

2.Q&A

Q:夫Aと妻Bには、遠方に住む長男CとAB夫婦が住む土地建物(以下「本件不動産」といいます)の近くに住む長女Dがいました。当初、Aが本件不動産を所有していましたが、Aが死亡した際に、BCDの遺産分割協議でBが本件不動産を取得しました。

Cは、遠方に居住しており、Bとの折り合いが悪かったのに対し、Dは、近所に住んでおり、Bの世話をしてくれていることから、Bは、Dに対して、本件不動産を相続させる旨の遺言を作成し、その後、Bは死亡しました(【相続関係図】参照)。

ところが、Cが本件不動産について共有名義の登記を行い、Eに対して自己の共有持分を売却してしまいました。

この場合、Dは、本件不動産の所有権全部を取得することができるでしょうか。

【相続関係図】

相続関係図

A:改正前民法においては、相続させる旨の遺言が優先した結果、Dは本件不動産の所有権全部を取得することができました。これに対して、改正民法下では、改正民法899条の2第1項により、Dは、先に本件不動産全部の登記を具備しないと、自己の法定相続分を超える部分の取得について、原則として、Eに対し、対抗できず、本件不動産全部を取得できなくなってしまいます。

3.解説

わが国の遺言実務においては、いわゆる相続させる旨の遺言が利用されてきました。相続させる旨の遺言が利用されたのは、特定遺贈と同様の処理をしつつ、遺贈よりも、登録免許税の課税標準額が低いという実務上の利点があったからです。そして、改正前民法下の判例は、相続させる旨の遺言のうち遺産分割方法の指定がされた場合や相続分の指定がされた場合、登記等の対抗要件を備えなくても、その権利の取得を第三者に対抗することができる旨を判示していました(遺産分割方法の指定につき最判平成14年6月10日家月55巻1号77頁、相続分の指定につき最判平成5年7月19日家月46巻5号23頁)。

もっとも、改正前民法下の判例によると、例えば、相続債権者が法定相続分による権利の承継があったことを前提として、相続財産に属する債権の差押え及びその取立てを行い、被相続人の債務者がその取立てに応じたとしても、相続させる旨の遺言に抵触する部分は無効となるため、相続債権者や被相続人の債務者に不測の損害を与えるおそれがありました[1]。また、被相続人の法的地位を包括的に承継するという相続の法的性質に照らすと、相続債権者や被相続人の債務者の法的地位については、相続開始の前後でできる限り変動がないようにするのが相当です[2]

そこで、改正民法では、相続による権利の承継について、利益を受ける相続人は、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、法定相続分を超える権利の取得を第三者に主張することができなくなりました(改正民法899条の2第1項)。

〔改正民法899条の2第1項〕

相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第九百一条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。

また、改正民法では、相続させる旨の遺言のうち遺産分割方法の指定がされたものについて「特定財産承継遺言」という用語を用いています(改正民法1014条2項)。

〔改正民法1014条2項〕

遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が第八百九十九条の二第一項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。

改正民法899条の2第1項における「第三者」とは、民法177条における「第三者」に関する判例の解釈と同様で、登記等の対抗要件がないことを主張することについて正当な利益を有する第三者とされています[3]。Qにおいても、Eは、登記等の対抗要件がないことを主張することについて正当な利益を有する第三者といえますので、Dは、Eより先に本件不動産について登記を具備しないと自己の法定相続分(2分の1)を超える部分について確定的に取得することができません。

また、改正民法899条の2第1項は、法定相続分を超える部分について対抗要件の具備を求めています。そのため、特定財産承継遺言によって利益を得る相続人は、自己の法定相続分に相当する部分の権利については、対抗要件を具備しなくても、権利を取得することができます。Qにおいても、Dは本件不動産についてEより先に登記を備えなくても、自己の法定相続分(2分の1)については取得することができます。

そして、改正民法899条の2第1項においては、不動産の所有権以外の「権利」の承継についても、法定相続分を超える部分について第三者に対抗するためには対抗要件の具備を求めています。改正民法899条の2第1項における「権利」には、動産の所有権、債権、株式、著作権など、権利の譲渡について対抗要件主義が採用されているもの全般が含まれています[4]。Qにおいて、DがBより特定財産承継遺言により株式を取得していた場合には、株式についても対抗要件を具備する必要があります。

4.改正法の留意点と適用関係

改正民法により、特定財産承継遺言により承継された権利について、登記等の対抗要件を具備しなくしても第三者に対抗することができるとされていた改正前民法の規律が見直され、法定相続分を超える部分の権利の承継については、対抗要件を先に具備しないと第三者に対抗できないことになりました。そのため、特定財産承継遺言により法定相続分を超える部分の権利承継した相続人は、早期に、対抗要件を具備しないと、共有持分が第三者に譲渡され、権利を全部取得できなくなってしまうという事態が生じることとなりました。特定財産承継遺言により法定相続分を超える権利を承継した相続には、相続開始後直ちに、承継した権利について対抗要件を具備することが求められます。

改正民法899条の第1項については、相続における権利の承継の在り方を変更するものですので、原則通り、旧法主義が適用され、相続の開始が改正法の施行日(令和元年7月1日)前であれば、改正前民法が適用され、施行日以降だと、改正民法が適用されることとなります(附則2条)。

脚注

1. 堂薗幹一郎=野口宣大編著『一問一答 新しい相続法〔第2版〕-平成30年民法等(相続法)改正、遺言書保管法の解説』(商事法務、2020年)160-161頁

2. 堂薗・前掲(注1)160-161頁

3. 堂薗・前掲(注1)162頁

4. 堂薗・前掲(注1)164頁

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著者プロフィール

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金澤 大祐

日本大学商学部准教授、弁護士

日本大学大学院法務研究科修了。商法・会社法を中心に研究を行い、実務については、民事事件を中心に幅広く取り扱う。
著書に、『実務が変わる!令和改正会社法のまるごと解説』(ぎょうせい、2020年)〔分担執筆執筆〕、「原発損害賠償請求訴訟における中間指針の役割と課題」商学集志89巻3号(2019年)35頁、『資金決済法の理論と実務』(勁草書房、2019年)〔分担執筆〕等多数

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