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中小企業のための「介護離職防止」対策! 第17回 実際の「介護のある生活」事例④

著者:一般社団法人 日本顧問介護士協会 代表理事  石間 洋美

中小企業のための「介護離職防止」対策! 第17回 実際の「介護のある生活」事例④

今回も実際にあった在宅介護の実態について伝えさせていただきます。

被介護者自身は介護保険サービスを利用したいと希望したが、家族が世間体を気にして介護保険サービスの利用を躊躇していたケースです。

家族の形はいろいろあります。このような形もあるのだなと考える機会にしていただければと思います。


在宅介護の実態~祖母と長男の介護保険サービスに対する考え~

【家族構成】
祖父、祖母、長男、長男の嫁、娘、息子の6人家族。
娘と息子は実家を離れ生活中。長男は自宅から勤務先へ通い、土日祝日が休み。長男の嫁は非常勤で週3日ほど自宅から勤務先に通っている。同じく、土日祝日が休み。平日は、祖父、祖母の二人で過ごす時間が多く、昼食は祖母が準備をしていた。


①病気による通院治療が始まる

祖母はとても明るく社交的な性格で、若い頃から旅行や外出が大好きであった。また料理も得意で、自宅の畑で収穫した食材を調理し、近所の方にお裾分けすることもよくあった。糖尿病と狭心症の持病があり年齢と共に足腰も弱くなっていたが、習い事や趣味活動への参加は欠かすことなく元気に生活していた。

その祖母が75歳で多発性骨髄腫を発症。祖母は、延命治療を行いたくないと強く希望。進行ができるだけ緩やかであることと痛みがない生活を希望するとのことで、通院治療が始まった。

この診断を受けた頃から長距離の歩行が徐々に難しくなり、歩行時は杖を使用するようになった。ただ、自宅での日常生活に支障はなく、家事もこなし、習い事や趣味活動へも積極的に参加していた。


②祖母が介護サービスの利用を希望する

80歳を過ぎた頃、病気の進行と服薬の影響もあり、長時間の移動や座っていること、習い事へ通う体力が衰え、仕方なく習い事を辞めざるを得ない状態となった。大好きだった趣味活動への参加もできなくなり、近所の方や仲間との会話が極端に減る環境となってしまった。そうなると必然的に自宅に籠る生活が始まる。

当初はそんな祖母を心配して、近所の方や親戚の方が会いに来てくれていたが、徐々に刺激がある生活はなくなっていく。

夫婦二人の時間が長くなれば、ストレスも溜まり口喧嘩も増えていく。そんな生活に耐えられなくなった祖母は、「自分で出掛けることができないのであれば、迎えに来てどこかに連れて行ってくれるサービスを利用したい」と長男に話すようになった。いわゆる介護保険サービスのデイサービス(通所介護)を利用したいと自ら訴えたのである。


③長男が介護サービスを利用しないと決める

しかし、長男はまだ介護保険サービスを利用しなくても良いと考えていたことや、そもそも世間体を気にする性格であったことから、自宅に介護サービスの車が来ることも躊躇する要因の一つとなった。祖母の希望に添ったサービスを利用させてあげたいと思いつつも、キーパーソン(選択決定者)である長男が利用しないと決めているのであれば、進めることもできない。


在宅介護から介護保険サービス利用へ

①環境の変化で認知症状が出始めた祖母

そんな生活が約2年続き、祖母が82歳になる頃から認知症状が現れるようになった。

まず、家事を段取り良くできなくなった。特にガスの火を止め忘れ鍋を焦がすことが続いた。幻覚症状も現れるようになり、「自分の体に何かついている」「誰か家に入ってくる」「絨毯の一角に蟻が大量にいる」などと話すようになった。

その症状にはムラがあり、症状がないときは普通に会話が成立し、意思疎通も問題なくできている。また本人も身の回りのことは普通にできているため、身近な家族はその症状に気づきにくく幻覚症状だとは理解できていない。

また、長男は自分の母親が母親らしさを失っていくことを受け入れがたい気持ちから「何やってるんだ!しっかりしてくれよ!」「そんなところに何もないだろ。嘘をつくな!」と時々大きな声で祖母の発言を制する場面もあった。


②周囲のアドバイスから介護サービスの利用を決心する

祖母は長男に大声を出されると“息子に怒られた”という感情だけが残り、自宅にいることにも恐怖を感じるようになった。このままでは悪循環だとの周囲からのアドバイスもあり、ようやく介護保険サービスを利用することを決心する。


③デイサービスに通ってみて

83歳になってから祖母はデイサービスに通い始めた。元々社交的な性格で出掛けることも好きだったこと、なおかつ自分が希望していた迎えに来てくれるサービスということもあり、祖母は喜んでデイサービスへ出掛けて行った。

祖母はデイサービスへ通い始めてから1年後、多発性骨髄腫の悪化により体調が急変した。病院へ搬送したが、祖母の希望を尊重しそれ以上の治療(延命治療)はせず、84歳で穏やかに息を引き取った。

長男は最後に、デイサービスへ通う祖母の様子を振り返り、「母がこんなにも笑顔で生活できるのなら、もっと早くサービスを利用すべきだったかも・・・」と話した。


まとめ

このように、被介護者様と介護者様の気持ちはそれぞれです。介護には正解がありませんので、ご家族のあり方を模索することになります。今回のケースのように被介護者様に幻覚症状が現れた際、早期に医師に相談していればご家族としての接し方、選択するケアがもう少し違った形になった可能性もあります。ただ、それもケアするご家族がまずは被介護者様のありのままを受け入れ、変化に気づくことから始まります。まだ介護に直面していない方は、まずは情報武装していただき、このようになることも想定して、早い段階から心構えや準備をしていただければ幸いです。

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著者プロフィール

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石間 洋美

一般社団法人 日本顧問介護士協会 代表理事

子どもの頃から「人の役に立つ仕事がしたい」という想いを強く持っていて、高校生活のボランティア活動で福祉・介護の世界と出会う。福祉・介護に関わる仕事を目指したく、静岡福祉医療専門学校医療福祉情報科へ入学。卒業後は、介護施設にて様々な経験をする。その後、自身のスキルアップのために介護事務業務、相談業務、マネジメント業務、管理業務を行う。医療福祉接遇インストラクターの資格も取得し、お客様満足度向上のための研修講師も務める。介護の業界に携わり「誰にでも介護はある日突然やってくる」現実を目の当たりにしたとき、もっと多くの方の救いや力になりたいという想いがさらに強くなり、その想いを実現すべく、2020年4月に当協会を立ち上げ、現在は「介護で困る人と困る量を圧倒的に少なくする!」を目標に掲げ活動している。

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