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第1回 スタートアップ起業時における登記事項の悩みどころ

スタートアップ法務・中小企業法務の勘所

第1回 スタートアップ起業時における登記事項の悩みどころ

会社法については、上場企業などの大企業を念頭に解説されることが一般的です。

本連載では視点を代えて、大企業ではなく、スタートアップ企業・伝統的中小企業を中心に、会社法や労働法など、会社運営で問題となる勘所を解説していきます。


この記事の著者
STORIA法律事務所  弁護士 

1 会社法における「機関設計」の基本的な考え方

1. はじめに ~大企業、中小企業、スタートアップ企業のルールを定める会社法~

会社法という法律は、平成18年5月1日に施行されました。これ以前は、比較的小規模な会社では有限会社という仕組みが利用されていましたが、現在では有限会社を設立することはできません(なお、特例有限会社という制度により、平成18年前からの有限会社は現在でも有限会社を名乗ることができ、また旧有限会社法の規律の多くが引き続き適用されます。整備法2条、3条)。

会社法では、①大会社か非大会社か、②公開会社か非公開会社かの二つの視点から、4つのカテゴリーを区別しています(機関設計といいます)。

そして、日本にある株式会社(大企業、中小企業、スタートアップ企業など)は、4つのカテゴリーのいずれかに分類できます。


2. 大会社か非大会社かの区別

【条文】会社法・第2条(定義)

六 大会社 次に掲げる要件のいずれかに該当する株式会社をいう。

  • イ 最終事業年度に係る貸借対照表(第四百三十九条前段に規定する場合にあっては、同条の規定により定時株主総会に報告された貸借対照表をいい、株式会社の成立後最初の定時株主総会までの間においては、第四百三十五条第一項の貸借対照表をいう。ロにおいて同じ。)に資本金として計上した額が五億円以上であること。
  • ロ 最終事業年度に係る貸借対照表の負債の部に計上した額の合計額が二百億円以上であること。

大会社については、会社法上、上記のように定義されています。
長文ですので、今回はとりあえず簡略化して、

  1. 貸借対照表の資本金が5億円以上
  2. 貸借対照表の負債の部が200億円以上

のいずれかの会社が、「大会社」にあたると考えていただければと思います。

資本金が多いということは、出資した株主が多いということです。また、負債が多いということは、会社債権者(会社にお金を貸し付けている金融機関や会社の取引先等)が多いということです。

資本金が5億円以上または負債が200億円以上の会社では、利害関係人が非常に多くなります。このような企業で、ひとたび、粉飾決算が行われば一大事です。そこで、会社法は、大会社と非大会社と区別して、大会社には、たとえば、会計監査人(いわゆる、公認会計士や監査法人のこと)の設置を義務付けるなどの規律を設けています(会社法328条)。


3. 公開会社か非公開会社かの区別

【条文】会社法・第2条(定義)

五 公開会社 その発行する全部又は一部の株式の内容として譲渡による当該株式の取得について株式会社の承認を要する旨の定款の定めを設けていない株式会社をいう。

この定義を一見しても、わかりにくいかもしれません。そこで、換言しますと、譲渡制限のある株式の有無によって、下記のように区別することができます。

  1. 譲渡制限のない株式のみの会社 → 公開会社
  2. どちらもある会社 → 公開会社
  3. 譲渡制限のある株式のみの会社 → 非公開会社

上記③のように「譲渡制限のある株式のみ」を発行している会社を非公開会社といいます。その株主は、譲渡制限付株式を自由に譲渡することはできず、譲渡するときには、会社の承認が必要となります。

他方、上記①②のように、一部にでも譲渡制限のない株式がある場合には、株主が自由に入れ替わる可能性があります。着目するべきは、上記②です。


このように譲渡制限株式の有無で、株主の入れ替わる可能性が異なります。そして、一般論として、株式が頻繁に交替し、株主が業務執行を十分に監督することができないといわれています。そこで、たとえば、会社法は、公開会社については、取締役の業務執行を監督するために、取締役会の設置を義務付けられているのです(会社法327条、なお同362条2項参照)。


4. 4つのカテゴリー

上記2つの視点をマトリックス化すると次のとおりです。そして、非公開会社より公開会社の方が規律が厳しく、非大会社より大会社の方が規律が厳しいとされています。つまり、グループAよりグループDの方が規律が厳しいということになります。

非公開会社

公開会社

非大会社

グループA

グループC

大会社

グループB

グループD


それでは、具体的に、どのような会社が各グループに該当するのでしょうか。

昔から地元で活躍する伝統的中小企業は、会社法上、同じグループAの「非公開・非大会社」に分類されることが多いでしょう。

他方、東証などの証券市場に上場している企業はグループDに該当します。

また、テレビCMなどでよく見る大企業のうちの一部企業(たとえば、サントリーHD株式会社、株式会社ロッテ、株式会社竹中工務店などが著名です。)では、株式を公開しておらず、大会社であるもののグループBに属する会社も多くあります。

それでは、設立したばかりのスタートアップ(ベンチャー)企業は、どこに分類されるかというと、設立時から資本金5億円を超えることはまず想定しにくいでしょうから、グループAに属することがほとんどだと言えます。そして、スタートアップ企業は、グループAからグループDへの移行(IPO(新規株式上場)や大企業によるM&Aなど)を目指していきます。

非公開会社

公開会社

非大会社

グループA

例:伝統的中小企業

例:スタートアップ企業

グループC

(稀)

大会社

グループB

例:同族会社系の大企業

グループD

例:東証などの証券市場へ上場している企業

このように、会社法という一つの法律によって、①古くからある伝統的中小企業、②最近設立されたばかりのスタートアップ企業、③大会社のうちの上場企業、④大会社のうちの同族会社等の一部企業といった非常に多くの企業が規定されています(さらに、次回以降に言及しますが、合同会社についても会社法で規定されています。)。

このような会社法の特性について、次のように御説明する文献があります。

【参考】柴田和史「類型別中小企業のための会社法」(三省堂・2015年)はしがき

「資本金の額だけで考えるとき、資本金100万円の株式会社と資本金10億円の大規模な株式会社の比率は、メダカ(3cm)と鯨(30m)の比率に等しくなる。会社法を解説する書物は数多く出版されているが、そのほとんどは、大規模な株式会社(上の例の鯨)を中心に解説している。小規模な株式会社(上の例のメダカ)については、そのところどころで例外的に解説する程度である。」


2 中小企業とスタートアップ起業時のおける登記事項の悩みどころ

1. はじめに

どのような会社も、通常は、小さくスタートします。新たに設立する中小企業もスタートアップ企業も、ともに、会社法上、同じグループA「非公開・非大会社」に分類されます。設立にあたっては、定款事項と登記事項を取り決めなければなりません。しかし、伝統的中小企業とベンチャー企業とでは、定款事項・登記事項の決定の思考方法に大きな違いがあります。

株式会社を設立するにあたっては、さまざまな事柄を決めておく必要があり、一定の事項については「登記」がされます。この登記がなされる事項を登記事項といい、登記事項には、さまざまなものがあります(会社法911条3項)。たとえば、

  1. 目的
  2. 商号
  3. 本店及び支店の所在場所
  4. 資本金の額
  5. 発行可能株式総数
  6. 発行済株式の総数並びにその種類及び種類ごとの数
  7. 取締役(監査等委員会設置会社の取締役を除く。)の氏名、
  8. 代表取締役の氏名及び住所

などです。

下記では、発行済株式総数、本店所在地、資本金等について違いを見てみましょう。


2. 伝統的中小企業の場合

(1)発行済株式総数
典型例:100株
理 由:1株1%でわかりやすいからとの理由が多いように思われます。

(2)取締役の任期(登記事項ではありません)
典型例:10年
理 由:取締役の交代が予定されていない。2年など短い期間にしてしまうと、2年ごとに重任登記という登記手数料が発生し、怠ると数万円の過料が課されます。そこで、10年として、登記手数料を削減するという目的もあります。

(3)資本金
典型例:10万円~
理 由:発行済み株式の価格と合わせて、1株1万円等に設定する事例が多くあります。なお、かつては、最低資本金規制として株式会社の資本金として金1000万円が最低基準としてありました。

(4)本店所在地
典型例:地元(●県●市)
理 由:実態に即しており、別の市町村を本店にする積極的理由がない。なお、メガバンクより、地元の銀行や信用金庫からの方が融資を受けやすい場合が多いと思われます。


3. スタートアップ企業の場合

(1)発行済株式総数
典型例:5000~10000株以上
理 由:外部投資家からの資金調達を予定している場合において、100株しか発行していない場合は1%単位での調整しかできません。会社法は、33.4%や50.1%など、0.1%単位未満が重要な意味を持つ場合が多く、このような場合に100株では調整できないからです。

(2)取締役の任期(登記事項ではありません)
典型例:2年~数年
理 由:出資を受けるときには外部から役員が派遣されることもあります(投資契約の内容になっています)。また、上場する場合には、いかなる機関設計をするにせよ、取締役の任期を2年以下にしないといけません。
なお、会社の所有者たる株主は、株主総会で、いつでも、役員を解任できます。しかし、正当な理由のない解任の場合には、残任期年数分の役員報酬請求がされる場合があります(会社法339条2項)。任期を短くすることは、このような不測の事態への対処にもなります。

会社法339条(解任)

  • 1 役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる。
  • 2 前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。

(3)資本金
典型例:10万円~
理 由:特に基準はありません。平成18年に会社法が施行されたときには、「資本金1円で株式会社が作れる」と話題になったことがあります。しかし、詳細は割愛しますが、①すぐに債務超過になる可能性ある点、②銀行とのやりとりに手間がかかる可能性がある点(新規口座開設時や融資時に慎重な確認がなされる)からすると、あまりに低額な資本金は、避ける傾向にあります。

(4)本店所在地
典型例:状況による。
理 由:スタートアップ企業といえば、東京に集中している現状があります。しかし、現在、各都道府県や市町村は、ベンチャー企業誘致のための支援策を多く打ち出しているところ、本店所在地が、当該自治体にないと支援を受けられない事例が多くあります。また、近時の通信技術の発展やリモートワーク化により、作業場所を選ばなくなった事業活動も多くあります。そのため、どこを本店所在地にするのかは、状況によります。

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著者プロフィール

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菱田 昌義

STORIA法律事務所 弁護士

同志社大学法学部法律学科卒業、同志社大学大学院司法研究科修了、2013年から弁護士として執務を開始(兵庫県弁護士会登録)。2018年からSTORIA法律事務所参画。

企業法務のうち、①IT(システム・アプリ開発・EC)企業法務、②ベンチャー企業法務、③災害復興に関する法律を中心にリーガルサービスを提供。

弁護士活動のほか、京都大学大学院法学研究科(非常勤講師)、神戸大学法学部(非常勤講師。法曹実務担当)、同志社大学司法研究科(アカデミックアドバイザー。会社法/労働法担当)などでの研究教育活動にも注力(所属はいずれも本記事執筆時点)。

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