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[契約書の書き方]第17回 雇用契約書④

[契約書の書き方]第17回 雇用契約書④

今回は、賃金に関わる規定とこれに関連する労働法上の主要な問題について、解説を行います。


この記事の著者
弁護士(東京弁護士会所属)  林康弘法律事務所代表 

賃金

正社員の場合

第5条(賃金)

  • 甲が乙に対して支払う賃金は、次に掲げるとおりとする。
  • 1 基本給  ○○○円
  • 2 諸手当
  •   ⑴ △△手当  ○○○円
  •   ⑵ 通勤手当  ○○○円
  • 3 割増賃金率
  •   ⑴ 所定時間外(法定超) 月60時間以内 25%
  •                月60時間超  50%
  •   ⑵ 休日 法定休日  35%
  •        法定外休日 ○○%
  •   ⑶ 深夜 25%
  • 4 賃金支払日
  •   賃金(第6項に定める賞与を除く。)は、毎月○○日締めで計算し、当月○○日に支払う。
  • 5 昇給・降給
  •   甲は、甲の経営状況、乙の人事考課の結果等を考慮して、昇給又は降給を決定することができる。
  • 6 賞与
  •   甲は、甲の業績及び乙の勤務成績等の事情を考慮して、賞与を支給するか否か及び支給する場合の金額を個別に定めることができる。
  • 7 退職金
  •   退職金規程に基づき支給する。

短時間労働又は有期雇用(時給制)の場合

第5条(賃金)

  •   甲が乙に対して支払う賃金は、次に掲げるとおりとする。
  • 1 基本給  時間給○○○円
  •   (以下、正社員の場合の規定例と同様)

賃金は、労働者にとって最も重要な労働条件の一つです。会社(使用者)にとっても、労働者との間での賃金の支払いをめぐる法的紛争を招かないよう、法令に従って明確に定めておく必要があります。


最低賃金

賃金の種類としては、基本給と各種手当を規定します(上記規定例の1と2)。具体的な賃金額は、最低賃金法に基づき、1時間あたりの最低賃金が定められていますので、これを下回らないようにする必要があります。

地域別最低賃金額は、都道府県毎に定められており、毎年10月頃に改正されています。例えば、東京都の最低賃金額は、令和3年(2021年)10月1日以降は1,041円となっています(本コラム掲載日現在)。

最低賃金の対象となる賃金は、毎月支払われる基本的な賃金であり、次に掲げるものは対象になりません。したがって、実際に支払われる賃金からそれらを除外したものが、最低賃金の対象となります。

  • ① 臨時に支払われる賃金(結婚手当など)
  • ② 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)
  • ③ 所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金(時間外割増賃金など)
  • ④ 所定労働日以外の労働に対して支払われる賃金(休日割増賃金など)
  • ⑤ 午後10時から午前5時までの間の労働に対して支払われる賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分(深夜割増賃金など)
  • ⑥ 精皆勤手当、通勤手当及び家族手当

時給制の場合、その時間給が最低賃金額以上となっているかどうかを比較すれば、最低賃金をみたしているかどうかを容易にチェックすることができます。

月給制の場合には、月給÷1か月の平均所定労働時間で算出される金額が、最低賃金額以上かどうかをみる必要があります。

※ 1年間の所定労働時間の合計時間を12で割ったもの。


割増賃金

会社(使用者)は、労基法上の時間外労働や休日労働をさせた場合、時間外労働については25%以上、休日労働については35%以上、時間外労働のうち月60時間を超える部分については50%以上(この月60時間超の規制については、中小事業主への適用は2023年4月から)の割増賃金を支払う必要があります(労基法37条1項、割増賃金令)。

また、午後10時から午前5時までの時間帯の労働(深夜労働)については、25%以上の割増賃金が発生します(労基法37条4項)。

その結果、時間外労働で深夜労働の時間帯に重なった場合には、その部分の割増率は50%以上としなければならず、また、休日労働で深夜労働も重なった場合には、その部分の割増率は60%以上としなければなりません(休日労働の時間外〔深夜でない時間外〕というだけでは割増率を合算する必要はなく、深夜でない限り、休日労働の35%以上が適用されます。)。


固定残業代制

割増賃金を予め指定した定額で支給する固定残業代制(定額残業代制ともよばれる)は、上記の労基法37条の割増賃金規制との関係で、その適法要件が問題となります。これまでの判例から、次の各要件をみたす必要があるものと考えられます。

①明確区分性(判別可能性)

固定残業代制が適法といえるためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とが明確に区別(判別)できることが必要です(最判平成6年6月13日・労働判例653号12頁〔高知県観光事件〕,最判平成29年7月7日・労働判例1168号49頁〔医療法人康心会事件〕など)。

そのため、雇用契約書(及び給与明細書)において、次の規定例のように、基本給と定額の割増賃金とを区別して表示すべきです。

固定残業代制の場合

第5条(賃金)

  •   甲が乙に対して支払う賃金は、次に掲げるとおりとする。
  • 1 基本給  ○○○円
  • 2 定額時間外手当  ○○○円(20時間分)

②対価性

上記①における判別をすることができるというためには、固定残業代が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることも必要であると解釈されています(最判平成30年7月19日・労働判例1186号5頁〔日本ケミカル事件〕,最判令和2年3月30日・労働判例1220号5頁〔国際自動車事件〕など)。

上記日本ケミカル事件判決は、対価性の有無については、雇用契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである旨を判示しています。

また、上記国際自動車事件判決は、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当(固定残業代)の位置づけ等にも留意して検討しなければならないと判示しています。

割増賃金に当たる部分の金額が法律上必要となる割増賃金額を下回らないこと

固定残業代制は、労基法37条の法規制の枠内で認められるものであり、割増賃金に当たる部分(固定残業代)が、法律上必要となる計算額(上記「割増賃金」の項参照)以上となっていなければなりません。

そのため、固定残業代が、実際の労働時間に即して労基法37条の規定に従って計算した割増賃金額を下回っている場合、その差額の支払義務が生じます。


同一労働同一賃金

いわゆる同一労働同一賃金制度が、中小企業に対しても令和3年(2021年)4月1日から適用されています。これは、パートタイム・有期雇用労働法及び労働者派遣法に基づき、正社員との不合理な待遇差や差別的取扱いを禁止する制度です。

※ 短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律

(不合理な待遇の禁止)

第8条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。

厚生労働省は、上記の各法律を受け、「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」(いわゆる同一労働同一賃金ガイドライン、平成30年12月28日厚労省告示第430号を制定し、公表しています。

また、上記のパートタイム・有期雇用労働法8条の前身ともいうべき労働契約法20条(平成30年法律第71号による改正前のもの)に関し、正社員と時給制契約社員との間の労働条件の相違が「不合理と認められるもの」に当たるかどうかが問題となった日本郵便事件(最判令和2年10月15日・最高裁判所裁判集民事264号95頁、125頁、191頁)では、有給休暇である夏期・冬期休暇と病気休暇の付与、及び扶養手当の支給に関する相違が、不合理と評価されました。

会社(使用者)は、パートタイム労働者や有期雇用労働者を採用している場合、雇用契約書の賃金に関する規定等において、正社員との間で不合理な待遇差や差別的取扱いをしていないかどうか(待遇の違いが正社員との働き方や役割の違いによるものであることを合理的に説明できるかどうかなど)を、上記ガイドラインや過去の判例も参考にして検討しておく必要があります。

次回は、退職及び解雇に関する具体的な契約条項等の解説をします。

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著者プロフィール

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林 康弘

弁護士(東京弁護士会所属) 林康弘法律事務所代表

中央大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学大学院法務研究科修了。東京弁護士会民事訴訟問題等特別委員会副委員長。常葉大学法学部非常勤講師。東京都内の事業会社、法律事務所等で勤務した後、弁護士となり、企業法務、民事事件等を幅広く取り扱っている。
著書として、中島弘雅・松嶋隆弘編著『金融・民事・家事のここが変わる!実務からみる改正民事執行法』(ぎょうせい、2020年、分担執筆)、上田純子・植松勉・松嶋隆弘編著『少数株主権等の理論と実務』(勁草書房、2019年、分担執筆)、民事証拠収集実務研究会編『民事証拠収集-相談から執行まで』(勁草書房、2019年、分担執筆)、根田正樹・松嶋隆弘編『会社法トラブル解決Q&A⁺e』(ぎょうせい、2018年追録より分担執筆)等がある。

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