契約書の書き方 第21回 建物賃貸借契約書〔事業用〕③
今回は、更新料や契約終了時の原状回復をめぐる問題を中心として、事業用の建物賃貸借契約書の解説を続けます。
更新料
頭書(8) 更新に関する事項
更新料は、新賃料の1か月分とする。 |
第2条(契約期間)
- 1 契約期間及び本物件の引渡し時期は、頭書(3)記載のとおりとする。ただし、契約期間満了の○○か月前までに、甲又は乙が相手方に対し更新しない旨を書面によって通知した場合を除き、本契約は、契約期間満了日の翌日から○○年間、従前の契約と同一の条件で更新されるものとし、その後も同様とする。
- 2 本契約が更新された場合、乙は、甲に対し、頭書(8)の記載に従い、更新料を支払わなければならない。
2条1項については、第19回のコラムで解説しましたので、そちらをご参照ください。
ここでは、第2項の更新料について解説します。
本規定例(第2項及び頭書(8))では、契約更新時に賃借人が賃貸人に対し更新料を支払わなければならないことが定められていますが、仮に契約書に更新料について何も定められていない場合には、更新料を支払う義務はありません。
民法にも借地借家法にも、更新料に関する規定はありませんので、個別の契約で特約を設けない限り、更新料の支払義務は生じません。
本規定例のように、更新料に関する特約がある場合はどうでしょうか。
事業用不動産に関する賃貸借契約ではなく、一般の居住用アパートやマンションの賃貸借契約に関し、更新料特約は、消費者の利益を一方的に害する特約は無効であると定める消費者契約法10条に違反して無効であると主張して、かつて訴訟が展開されてきました。
この問題について、最高裁平成23年7月15日判決(民集65巻5号2269頁)は、更新料の法的性質は「一般に、賃料の補充ないし前払、賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するもの」であるとし、「更新料の額が、賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り、消費者契約法10条にいう『民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの』には当たらないと解するのが相当」と判断し、更新料特約を原則として有効としています。
事業用不動産の賃貸借契約は、上記判例の射程外ではありますが、更新料の額が、賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし「高額に過ぎる」場合には、公序良俗違反(民法90条)となる可能性はあると思われます。
実務上よくみられる賃料の1か月分程度の更新料であれば、問題なく有効と考えられます。
また、借地借家法26条1項の法定更新の場合にも、更新料支払特約があれば、賃借人は更新料を支払わなければならないのかという問題があります。
この問題について判断した判例はないようですが、上記平成23年の最高裁判決は、「賃貸借契約が更新される期間」を更新料の有効性の判断要素としていることからしますと、筆者は、期間の定めのない契約とみなされる法定更新の場合には、更新料特約は適用されないと考える余地もあると考えます。
明渡しと原状回復
第14条(明渡し及び明渡時の修繕)
- 1 乙は、明渡日を10日前までに甲に通知の上、本契約が終了する日までに本物件を明け渡さなければならない。
- 2 乙は、第12条の規定に基づき本契約が解除された場合にあっては、直ちに本物件を明け渡さなければならない。
- 3 乙は、明渡しの際、貸与を受けた本物件の鍵(複製した鍵があれば複製全部を含む。)を甲に返還しなければならない。
- 4 本契約終了時に本物件内に残置された乙の所有物があり、本物件を維持管理するために緊急やむを得ない事情があるときは、乙がその時点でこれを放棄したものとみなし、甲はこれを必要な範囲で任意に処分し、その処分に要した費用を乙に請求することができる。
- 5 本物件の明渡時において、乙は、本物件内に乙が設置した造作・設備等を撤去し、本物件の変更箇所及び本物件に生じた汚損、損傷箇所をすべて修復して、本物件を引渡当初の原状に復せしめなければならない。
- 6 乙が明渡しを遅延したときは、乙は、甲に対して、賃貸借契約が解除された日又は消滅した日の翌日から明渡完了の日までの間の賃料の倍額に相当する損害金を支払わなければならない。
頭書(9) 特約事項
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第24条(特約事項)
特約事項については、頭書(9)記載のとおりとする。
前回のコラムで示した規定例6条により差し入れた保証金がある場合、契約が終了して賃借人が賃貸人に目的物を明け渡すと、その保証金から「償却費」として賃料の数か月分相当額を差し引いて返還されます(6条3項参照)。
この償却費が原状回復費に充当されるというのが、頭書(9)の特約事項1の前段です。
特約の内容がこれだけであれば、賃借人としては、償却費として差し引かれる分以外には、原状回復費を負担する必要はないということになるでしょう。
これに対し、本規定例では、賃貸人に有利な特約を定める場合を想定して、特約事項2において、通常損耗や経年変化についても賃借人の原状回復義務の範囲に含まれることを定めるとともに、頭書(9)の特約事項1の後段において、償却費を超える分の原状回復費を賃借人が負担しなければならないことを定めています。
令和2年4月1日施行の改正民法は、次のとおり、通常損耗及び経年変化については原状回復義務の範囲外であること等を明文化しました。
(賃借人の原状回復義務)
第621条
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
上記規定例の特約事項2は、民法621条の規定との関係で特約を設けるものとなります。
賃借人の立場からは、このような不利な特約が契約書に入っていないかどうか、償却費として差し引かれる分を超えて原状回復費を負担させられることになっていないかどうかを、契約締結の前にしっかりとチェックすることが必要です。
また、特約事項2のような特約を設ける場合、原状回復義務の範囲を明確化し、契約終了時のトラブルを回避するため、別紙として原状回復仕様書や図などを作成して契約書に添付しておくべきです。
以上で建物賃貸借契約書(事業用)に関する解説を終了します。