[契約書作成] 第4回:建物賃貸借契約の留意点
オフィスなどを賃貸する際に求められる、「建物賃貸借契約」を締結するにあたって、留意すべき点を把握できていますか。
建物賃貸借契約書に不備があれば、契約者との間でトラブルを起こしたり、場合によっては訴訟問題に発展する可能性もあり得るでしょう。
本記事では、借地借家法に基づいて、正しい建物賃貸借契約書を作成する上で、記載すべき事項について解説します。
なお、2020年4月の民法改正に対応した、建物賃貸借契約書のひな型も公開しているので、ぜひ参考にしてください。
1.はじめに
今回は、建物賃貸借契約を締結する際の留意点について検討してみたいと思います。
読者の皆様は、オフィスを賃貸する際に、不動産業者の用意した雛形を提示されて、それを締結することが多いと思いますので、今回は、作成時の留意点というよりは、締結時の留意点と言った方が正確ではないでしょうか。
また、会社によっては、使用していない保有建物を他社に賃貸に出すこともあるでしょうから、その場合には、作成の時の留意点としても活用できるかと存じます。
コロナ禍において、テレワークの導入等の関係で、オフィスを移転する会社も多いので、テーマとしては、それなりに関心がある方も多いのではないでしょうか。
個人として、不動産業者と賃貸借契約を結ぶ際には、なかなか不動産業者に対して契約書の条項変更を求めるのは難しい場合が多いですが、会社同士の賃貸借契約の場合、条項の変更要求が通る場合がありますので、初めからあきらめず不動産業者と協議することも選択肢に入れても良いかと存じます。
今回も、末尾にひな形を掲載し、それに沿って各条項の留意点を検討していきます。なお、土地の賃貸借契約については、以下とは別の注意点がありますので、その点ご留意ください。
2.建物賃貸借契約の留意点
それでは、具体的に条文に沿って建物賃貸借契約の留意点について検討しましょう。
なお、2020年4月1日から改正民法が施行され賃貸借契約に関しても改正が行われていますが、建物の賃貸借契約には、特に実質的な変更がなされていない借地借家法が適用されますので、民法改正による影響はあまり大きくありません。
(1) 賃貸借(関連条文:「第1条 賃貸借物件」)
(賃貸借物件)
- 第1条 甲は、乙に対し、甲が所有する次の建物(以下「本件物件」という。)を賃貸し、乙はこれを賃借する。
【本件物件】
賃貸借契約においては、賃貸の対象となる目的物の特定は非常に重要です。当事者は、自身が貸す、あるいは、自身が借りる物件の名称、所在地、面積等について、自身の理解と齟齬がないか確認する必要があります。また、賃貸物件の使用方法について、当事者間において事前に確認しておいた方が良い特殊な取扱い等があれば、後の紛争を避けるためにも明記しておくべきでしょう。
(2) 賃貸借期間(関連条文:「第2条 期間」)
(期間)
第2条 本件賃貸借の期間は、令和○○年○月○日から令和○○年○月○日までとする。
- 2 前項の期間は、甲及び乙の合意によって更新できる。
- 3 前項に基づき更新する場合、乙は甲に対し、更新後の新賃料の1か月分を更新料として支払うものとする。
賃貸借契約において、契約期間は、任意に当事者間で定めることが可能ですが、借地借家法の規定に留意が必要です。借地借家法26条1項は、更新について、「当事者が期間満了の1年前から6月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし、その期間は、定めがないものとする。」と規定しています。そして、賃貸人によるこの更新拒絶が認められるためには、借地借家法28条の「正当事由」(建物使用の必要性、従前の経過、建物利用状況、建物の現況、立退料の申出等の総合考慮により判断)があることが必要になり、これは、そう簡単には認められないのが実務です。
つまり、通常の賃貸借契約では、契約期間を2年等に限定しても、賃借人が賃貸借契約を継続したい場合、賃貸人としては、正当事由がない限り、賃貸借契約を続けざるを得ないことになります。場合によっては、賃借人に出て行ってもらうために、多額の立退料を支払う必要があるケースもあります。
賃貸人としては、このような状況を回避したいのであれば、借地借家法38条に基づき、契約の更新がなく、期間満了により賃貸借契約が終了する定期建物賃貸借契約にしておく必要があります。この場合には、「正当事由」の有無にかかわらず、賃貸人は、期間満了で賃貸借契約を終了させることができます。
また、更新料の定めがある場合には、更新料の支払い義務があります。定めがあるのか、定めを設ける必要があるのかについては、確認する必要があります。
(3) 使用目的(関連条文:「第3条 使用目的」)
(使用目的)
- 第3条 乙は、本件物件を、〔 〕の目的のみに使用し、他の目的に使用しない。
使用目的については、賃貸借目的物の用法違反等の基準になりますので、店舗やオフィス等明確に規定しておくべきです。
(4) 賃料及び管理費(関連条文:「第4条 賃料」「第7条 共益費」)
(賃料)
第4条 賃料は、月額金○○円とし、乙は、甲に対し、毎月○○日までに、その翌月分を、甲が指定する金融機関口座に振込んで支払う。1か月に満たない期間の賃料は、1か月を30日として日割り計算した金額とする。
(共益費)
- 第7条 乙は、階段、廊下等の共用部分の維持管理に必要な光熱費、上下水道使用料、清掃費等(以下この条において「維持管理費」という。)に充てるため、共益費を甲に支払うものとする。
- 2 1か月に満たない期間の共益費は、1か月を30日として日割計算した金額とする。
- 3 甲及び乙は、維持管理費の増減により共益費が不相当となったときは、協議の上、共益費を改定することができる。
賃料及び管理費(共益費)については、当事者間の大きな関心事の一つかと存じます。必ず明確に規定すべきです。なお、借地借家法32条では、当事者双方に、賃料の増額及び減額についての請求権が規定されています。当事者間の話合いで解決せず、紛争となった場合、賃料の増減額については、調停から始めて、それでもまとまらなければ訴訟に移行する形になります。
(5) 転貸(関連条文:「第6条 転貸」)
(転貸)
第6条 乙は、本件物件を転貸し、又は本件賃借権を譲渡してはならない。
賃貸人としては、賃借人に勝手に転貸されてしまうと、万が一の場合の立退き交渉等が複雑化するので、大抵の賃貸借契約では、転貸は禁止あるいは賃貸人の事前承諾が必要とされています。民法612条でも、転貸は賃貸人の事前の書面による承諾が必要であるとされています。
(6) 敷金(関連条文:「第8条 敷金」)
- 第8条 乙は、本契約から生じる債務の担保として、賃料の○か月分の金額を敷金として甲に交付するものとする。
- 2 甲は、乙が本契約から生じる債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において、乙は、本件物件を明け渡すまでの間、敷金をもって当該債務の弁済に充てることを請求することができない。
- 3 甲は、本件物件の明渡しがあったときは、遅滞なく、敷金の全額を乙に返還しなければならない。ただし、本件物件の明渡し時に、賃料の滞納、第15条に規定する原状回復に要する費用の未払いその他の本契約から生じる乙の債務の不履行が存在する場合には、甲は、当該債務の額を敷金から差し引いた額を返還するものとする。
- 4 前項ただし書の場合には、甲は、敷金から差し引く債務の額の内訳を乙に明示しなければならない。
賃貸借契約では、敷金、礼金に関する規定がほとんどの場合入りますので、この内容についても、当事者において確認する必要があります。敷金については、改正民法622条の2において、明文が置かれました。この条文は判例を明文化したものであり、敷金は、明渡しまでに賃貸借により生じた賃借人の債務を担保するものであり、敷金返還請求権は、賃貸借が終了して賃借物が返還された時に生ずるとされています。
(7) 賃借人の遵守事項(関連条文:「第10条 禁止又は制限される行為」)
(禁止又は制限される行為)
- 第10条 乙は、甲の書面による承諾を得ることなく、本件物件の増築、改築、移転、改造若しくは模様替え又は本件物件の敷地内における工作物の設置を行ってはならない。
- 2 乙は、本件物件の使用に当たり、別表第1に掲げる行為を行ってはならない。
- 3 乙は、本件物件の使用に当たり、甲の書面による承諾を得ることなく、別表第2に掲げる行為を行ってはならない。
- 4 乙は、本件物件の使用に当たり、別表第3に掲げる行為を行う場合には、甲に通知しなければならない。
賃貸人は、賃貸借目的物の使用の際、賃借人に守ってもらいたい事項を列挙する条項を挿入していることが多いです。賃借人としては、自身の考えている賃貸借目的物の使用方法と照らし合わせ、遵守が難しい事項があれば、契約締結前に賃貸人と協議しておくべきでしょう。
(8) 修繕(関連条文:「第11条 契約期間中の修繕」)
(契約期間中の修繕)
- 第11条 甲は、乙が本件物件を使用するために必要な修繕を行わなければならない。この場合の修繕に要する費用については、乙の責めに帰すべき事由により必要となったものは乙が負担し、その他のものは甲が負担するものとする。
- 2 前項の規定に基づき甲が修繕を行う場合は、甲は、あらかじめ、その旨を乙に通知しなければならない。この場合において、乙は、正当な理由がある場合を除き、当該修繕の実施を拒否することができない。
- 3 乙は、本件物件内に修繕を要する箇所を発見したときは、甲にその旨を通知し修繕の必要について協議するものとする。
- 4 前項の規定による通知が行われた場合において、修繕の必要が認められるにもかかわらず、甲が正当な理由なく修繕を実施しないときは、乙は自ら修繕を行うことができる。この場合の修繕に要する費用については、第1項に準ずるものとする。
- 5 乙は、別表第4に掲げる修繕について、第1項に基づき甲に修繕を請求するほか、自ら行うことができる。乙が自ら修繕を行う場合においては、修繕に要する費用は乙が負担するものとし、甲への通知及び甲の承諾を要しない。
民法606条により修繕義務は賃貸人とされていますので、小規模の修繕等を賃借人の負担とするのであれば、別途賃貸借契約書に規定しておく必要があります。
(9) 解除(関連条文:「第12条 契約の解除」)
(契約の解除)
- 第12条 甲は、乙が次に掲げる義務に違反した場合において、甲が相当の期間を定めて当該義務の履行を催告したにもかかわらず、その期間内に当該義務が履行されないときは、本契約を解除することができる。
- 一 第4条に規定する賃料支払義務
- 二 第7条に規定する共益費支払義務
- 三 前条第1項後段に規定する乙の費用負担義務
- 2 甲は、乙が次に掲げる義務に違反した場合において、甲が相当の期間を定めて当該義務の履行を催告したにもかかわらず、その期間内に当該義務が履行されずに当該義務違反により本契約を継続することが困難であると認められるに至ったときは、本契約を解除することができる。
- 一 第3条に規定する本件物件の使用目的遵守義務
- 二 第10条各項に規定する義務(同条第3項に規定する義務のうち、別表第1第六号から第八号に掲げる行為に係るものを除く。)
- 三 その他本契約書に規定する乙の義務
- 3 甲又は乙の一方について、次のいずれかに該当した場合には、その相手方は、何らの催告も要せずして、本契約を解除することができる。
- 一 第9条第1項各号の確約に反する事実が判明した場合
- 二 契約締結後に自ら又は役員が反社会的勢力に該当した場合
- 4 甲は、乙が第9条第2項に規定する義務に違反した場合又は別表第1第六号から第八号に掲げる行為を行った場合には、何らの催告も要せずして、本契約を解除することができる。
賃貸借契約においても、契約解除の条文は必ず設けてあります。しかしながら、賃貸人による賃貸借契約の解除については、賃貸借契約書に定めた文言に該当すれば、直ちに契約解除が有効になるわけではありません。判例(最判昭和39年7月28日民集18巻6号1220頁等)は、賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意が認められない限り、解除権の行使は信義則に反し、解除は有効とならないと考えています。
それゆえ、賃借人が家賃を1か月程度滞納しただけ等の軽微な賃貸借契約の違反を侵しただけでは、仮に賃貸借契約の解除事由に該当したとしても、賃貸人からの解除は認められない可能性が高いことに留意ください。
このような判例解釈があり、直ちに解除できない場合が多いですが、賃貸人の側からすれば、契約解除となる事由については、細かく規定し、賃借人が様々な解除事由に該当しているとの主張が可能な建付けになるようにしておくべきでしょう。
(10) 明渡し及び原状回復(関連条文:「第13条 明渡し・原状回復」)
(明渡し・原状回復)
- 第13条 乙は、本契約が終了する日までに、本物件を明け渡さなければならない。
- 2 前項の場合、乙は、通常の使用に伴い生じた本物件の損耗及び本物件の経年変化を除き、本物件を原状回復しなければならない。ただし、乙の責めに帰することができない事由により生じたものについては、原状回復を要しない。
- 3 乙は、前項の明渡しをするときには、明渡し日を事前に甲に通知しなければならない。
- 4 甲及び乙は、第2項に基づき乙が行う原状回復の内容及び方法について協議するものとする。
賃貸借契約終了時の原状回復に関する規定です。原状回復の範囲及び方法について、当事者間で争いとなることも多いため、可能な限り詳細に規定しておいた方が良いです。
また、借地借家法33条は、賃借人が賃貸人の同意を得て付加した造作に関して、賃借人による賃貸人への造作買取請求権について規定しています。賃貸借契約の終了に際し、賃貸人が造作の買取りを行いたくないのであれば、賃貸借契約において、この条文を適用しない旨の条項を規定する必要があります。
(11) 連帯保証人(関連条文:「第14条 連帯保証人」)
(連帯保証人)
- 第14条 連帯保証人(以下「丙」という。)は、乙と連帯して、本契約から生じる乙の債務を負担するものとする。本契約が更新された場合においても、同様とする。
- 2 前項の丙の負担は、極度額金○○○○円を限度とする。
- 3 丙が負担する債務の元本は、乙又は丙が死亡したときに、確定するものとする。
- 4 丙の請求があったときは、甲は、丙に対し、遅滞なく、賃料及び共益費等の支払状況や滞納金の額、損害賠償の額等、乙の全ての債務の額等に関する情報を提供しなければならない。
賃貸人としては、賃借人の家賃支払い能力に不安な部分があれば、連帯保証人をつけることになります。ただし、会社間の賃貸借契約の場合、特に連帯保証人を設けていないものが多いです。
以上が、賃貸借契約の各条項の解説及び留意点になります。賃貸人なのか賃借人なのか、立場によって注意して検討すべき条項が異なるとは思いますが、各記載事項を参考にしていただければと思います。
以上