[契約書の書き方] 第6回:秘密保持契約書①
企業間での商談や継続的な取引を行う際は、自社の機密情報を相手先に提供する必要があります。
相手先に機密情報を開示する際、情報漏えいによる事故の防止を目的として締結するのが「秘密保持契約書」です。
別名「NDA」「機密保持契約書」とも呼ばれる秘密保持契約書を作成する際には、どの範囲を秘密情報とするのかを慎重に検討して定義づける必要があります。
情報を開示する側の立場では、秘密情報の範囲は広い方が有益となります。一方、情報を開示される側の場合、秘密情報の範囲は狭い方が有利です。
第三への情報漏えいにより、自社が思わぬ不利益を受けないためにも、秘密保持契約書の重要性について正しく理解しましょう。
秘密保持契約書とは何か
企業は、その保有する様々な情報(営業情報や技術情報等)を用いて活動しており、これらの情報のうち秘密とすることによって価値が認められるものについては、秘密情報として取り扱い、外部への漏えいを防ぐことが重要です。何を秘密情報とすべきか、また、秘密情報の漏えいを防止するためにどのような対策を講じるべきかについては、経済産業省の「秘密情報の保護ハンドブック〜企業価値向上に向けて〜(平成28年2月)」における整理が有用です。
これに対し、企業が秘密情報を他者に開示することにより、自社の競争力を高めることができる場合があります。例えば、甲社と乙社が共同して特定の製品の研究開発をする場合、甲社が自ら保有する技術上のノウハウ等の秘密情報を乙社に開示することによって、甲社または乙社の既存製品よりも競争力のある新製品の開発を実現するという場合が想定されます。
秘密保持契約は、このように企業が保有する秘密情報を他者に開示する場合に、その他者(受領当事者)が相手方(開示当事者)に対し、開示を受ける秘密情報の保持を約する契約であり、その契約内容を定めた書面が秘密保持契約書です。
秘密保持契約には、上記のような企業間の取引に伴って締結されるもののほか、企業内部において、従業員の秘密保持について定めるものも存在しますが、本コラムでは前者を取り扱うこととします。
契約書に貼付すべき収入印紙
秘密保持契約書には、原則として印紙税はかかりません。
ただし、取引基本契約書の解説(第1回)においても述べたとおり、印紙税のかかる課税文書に当たるか否か、また、当たるとしてもどの課税文書に当たるかについては、契約書の形式的な表題によってではなく、内容によって決まります。そのため、秘密保持契約書の中で、例えば継続的取引や請負に関する事項を定めた場合には、それぞれ印紙税法別表第1の第7号文書(1通4,000円)、第2号文書(税額は契約金額によって異なります)として、印紙税がかかることがあります。
前文
ここからは、秘密保持契約書の具体的内容について解説します。本コラムでは、甲社と乙社が共同して特定の製品の研究開発をする場合を想定して、契約書の内容を検討していくこととします。
まずは前文ですが、例えば次のように規定します。
株式会社○○(以下「甲」という。)と、△△株式会社(以下「乙」という。)とは、甲及び乙が、××の製品に関する共同研究を行うことを目的(以下「本目的」という。)として相互に開示する情報の秘密保持について、以下のとおり契約を締結した。
上記の例では、契約の対象となる範囲を明確にするため、特定の製品の共同研究開発という目的を記載しています。前文に目的を記載することは、必須ではありませんが、記載した場合には、後に解説する「目的外使用」となる範囲等に影響が生じることになりますので、慎重に検討して文言を決定する必要があります。
秘密情報の定義
秘密保持契約書においては、第一に、その保護対象とする秘密情報の定義を定めることが重要です。その内容によって、受領当事者が第三者への開示や目的外使用を行った場合に、開示当事者が受領当事者に対し契約責任(債務不履行責任)を追及することができる情報か否かが決まることになるからです。
第1条(秘密情報の定義)
本契約において「秘密情報」とは、一方当事者(以下「開示当事者」という。)が相手方(以下「受領当事者」という。)に対し、本目的のために、書面、口頭、電磁的記録媒体、その他開示の方法及び媒体を問わず開示した一切の情報をいう。ただし、以下の情報は、秘密情報には含まれないものとする。
(1) 開示を受けた時に、受領当事者が既に了知していたもの。
(2) 開示を受けた時に、既に公知であったもの。
(3) 開示を受けた後に、受領当事者の責めに帰すべき事由によらずに公知となったもの。
(4) 正当な権限を有する第三者から秘密保持義務を負うことなく適法に取得したもの。
(5) 開示を受けた情報とは関係なく、受領当事者が独自に取得し、又は開発したもの。
「秘密情報」を規定する際、開示当事者としては、自社の利益を保護するために、できる限り広範囲にカバーされるように規定することを望むでしょうし、逆に受領当事者としては、契約違反となる範囲を限定したいと考え、不正競争防止法上の「営業秘密」として保護される情報等に限定することを望みます。
この「営業秘密」に該当するためには、同法2条6項の要件をみたす情報であることが必要です(後記 不正競争防止法により保護される「営業秘密」参照)。
しかし、企業が保有する情報を他者に開示してビジネスを展開していく上では、より広く、営業情報や技術情報等を保護の対象とする必要があるのが実状です。また、上記規定例においても前提としているように、契約当事者双方が互いに秘密情報を提供し合うことも想定されます。
こうした場合において、秘密保持契約を締結することにより、不正競争防止法上の「営業秘密」や「限定提供データ」(後記 「限定提供データ」の不正競争参照)に該当しない情報であっても、同契約が対象とする秘密情報の漏えい等があった場合、契約違反(債務不履行)として損害賠償請求や差止請求をすることが可能となります。
不正競争防止法により保護される「営業秘密」
同法2条6項は、「営業秘密」について、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。」と定義しています。要するに、秘密管理性、有用性、非公知性という3つの要件をみたすものが、同法上の営業秘密として保護されます。
経済産業省は、「営業秘密管理指針(最終改訂:平成31年1月23日)」を公表しています。不正競争防止法に照らした営業秘密の考え方については、このガイドラインが大いに参考になります。
「限定提供データ」の不正競争
平成30年の改正不正競争防止法は、IoT、ビッグデータ、AI等の情報技術が進展する第四次産業革命を背景に、データが企業の競争力の源泉としての価値を増していることから、「限定提供データ」※を新設し、商品として提供されるデータや、コンソーシアム(共同事業体)内で共有されるデータ等、取引等を通じて第三者に提供する情報を想定し、その不正取得等(2条1項11号から16号まで)を不正競争として規定しました。
「限定提供データ」は、一定の条件を満たす特定の外部者に対し提供することを目的とする情報ですので、「営業秘密」とは区別されます。そのため、「営業秘密」を特徴づける「秘密として管理されているもの」は「限定提供データ」から除外されています。
経済産業省は、「限定提供データに関する指針」(平成31年1月23日)を公表しています。
- ※ 不正競争防止法2条7項
- この法律において「限定提供データ」とは、業として特定の者に提供する情報として電磁的方法(電子的方法、磁気的方法その他人の知覚によっては認識することができない方法をいう。次項において同じ。)により相当量蓄積され、及び管理されている技術上又は営業上の情報(秘密として管理されているものを除く。)をいう。
次回は、秘密保持契約第1条で規定した秘密情報に関し、受領当事者が負う具体的な義務に関する規定等について、順次解説していきます。
(第6回・以上)