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[コンプライアンス] 第3話:従業員が被疑者になってしまったら

[コンプライアンス] 第3話:従業員が被疑者になってしまったら

この記事の著者
永世綜合法律事務所  弁護士 

第3話:従業員が被疑者になってしまったら

ベンチャー企業の社長

先生、弊社の従業員にちょっと問題がある者がおりまして、そのことで相談があります。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

どうしましたか。

ベンチャー企業の社長

このXさんなんですが、弊社では古株の従業員なのですが、先日、匿名でXさんが社内のお金を流用して私物を購入しているという通報があったのです。もし、そのようなことがあった場合、Xさんを解雇できるのでしょうか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

それは業務上横領罪が問題になりそうですね。まずは、Xさんが本当にお金を流用しているのか、それを社内調査で明らかにする必要がありますね。刑事犯罪を犯した場合は、解雇事由としていることが多いと思いますので、この点をしっかりと確認する必要があります。また、調査協力を求めるかどうかも考慮しないといけません。

ベンチャー企業の社長

横領したお金を何に使ったのかは本人に確認しないとわからないので、調査協力を求めることになると思います。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

そうだとすると、いったん解雇してしまうとXさんは社内調査への協力義務がなくなってしまうため、解雇するタイミングは慎重に検討したほうがよいことになります。つまり、協力義務は雇用契約に基づくものですので、解雇した後は協力を求める根拠がなくなってしまうからです。もっとも、マスコミ対応が必要な案件なら、解雇後は「元従業員」と呼ばれるので、社内調査をあきらめ、会社へのダメージを避けるために早めに解雇手続きをとるべき場合もあります。重大な罪を犯したにもかかわらず、その従業員の雇用を維持していると、会社のコンプライアンスの問題を世間から問われることもありえます。いずれにしても、会社としてどのような方針を取るのか、役員間でしっかりと話し合う必要があります。

ベンチャー企業の社長

Xさんが認めていなかった場合はどうしたら良いですか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

認めていない場合は、「否認」というのですが、それでも他の証拠、とくに客観証拠からXさんの犯罪行為を認定することができる場合で、後に民事訴訟において解雇無効確認訴訟を提起されたとしても勝訴することができる程度の証拠を集められれば、解雇に踏み切ることもありだと思います。具体的な事情によって異なるため明確な基準は示せませんので、このあたりは証拠を照らし合わせながら弁護士と相談していくことになると思います。

ベンチャー企業の社長

わかりました。では後ほど役員会を開催して、当社としてどのように対応していくかを話し合いたいと思います。解雇以外にはどのような対応が考えられるでしょうか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

これまでどおり業務に従事させることが考えられます。もし、その部署に所属していることが好ましくない場合は、無関係な部署に異動させることも考えられるでしょう。他の従業員の目が気になるなど社内での影響が大きい場合は、自宅待機を命じることも考えられます。

ベンチャー企業の社長

自宅待機の懲戒処分をすれば良いわけですね。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

いえ。違います。業務命令としての自宅待機です。一度ある懲戒事由をもとに懲戒処分をしてしまうと、その後に再度同じ事由をもとに懲戒処分をすることはできなくなります。もし、Xさんが横領したことを理由に自宅待機の「懲戒処分」をした場合、改めて懲戒解雇などの「懲戒処分」をすることはできなくなるので、この点は注意が必要です。

ベンチャー企業の社長

そうだったのですか。聞いてよかったです。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

また、国家公務員や地方公務員の場合だと起訴休職という制度があります。参考までに条文を挙げると次のようになっています。

(本人の意に反する休職の場合)

国家公務員法 第七十九条
職員が、左の各号の一に該当する場合又は人事院規則で定めるその他の場合においては、その意に反して、これを休職することができる。

一 心身の故障のため、長期の休養を要する場合

二 刑事事件に関し起訴された場合

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

民間企業においても、「刑事事件で起訴された者は、その事件が裁判所に係属する間は休職とする」などの定めを設けることによって、起訴休職と同等の制度を設けることができます。

ベンチャー企業の社長

当社の就業規則を確認しておきますが、入ってなければ新しく追加することを検討します。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

もっとも、起訴されれば即休職させられるわけではありません。裁判例があり、例えば、東京地方裁判所平成11年2月15日判決労働判例760号46頁では、起訴休職制度の趣旨は、刑事事件で起訴された従業員をそのまま就業させると、職務内容または公訴事実の内容によっては、職場秩序が乱され、企業の社会的信用が害されるおそれがあり、それを防止すること、また当該従業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生じることを防止するものであるとしています。そして、起訴休職処分が許容されるためには、休職によって被る従業員の不利益の程度が、起訴の対象となった事実が確定的に認められた場合に行われる可能性のある懲戒処分の内容と比較して明らかに均衡を欠くものでないことを要するともされています。この事例では、結果として会社のした休職処分が無効とされています。

ベンチャー企業の社長

就業規則に定めるだけでなく、本当にその人が引き続き就業することが会社の信用を害するかなど、きちっと考えて休職処分にしないといけないということなのですね。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

そういうことになります。

ベンチャー企業の社長

ではこれまでの話とは逆に、会社としてXさんにはどのようなサポートをしてあげればよいのでしょうか。彼は当社では古株で、部下からの信頼も厚く、助けてあげたいという気持ちもあります。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

問題が社内で発覚しただけであって、まだ捜査機関の捜査は及んでいない場合とすでに捜査機関の捜査対象となっている場合とで異なってくると思います。社内の問題として処理するだけでしたら、就業規則に従った処分をすればよいでしょう。まだ従業員として残ってもよいという判断をするなら、減給処分などに留めることになります。

ベンチャー企業の社長

捜査機関の捜査対象となっている場合はどうしたらよいですか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

その場合は、会社への捜索が入る可能性がありますので、それに対応できるよう準備が必要です。彼の専有使用していたロッカーやデスクなどは、捜索の対象になると思うので保全しておいたほうが良いですね。

ベンチャー企業の社長

取調べに対するアドバイスなどはしても良いのでしょうか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

取調べに対する心構えや、どういった流れで進むのか、予想される質問などの一般論をアドバイスする分には構いません。くれぐれも、アドバイスによって会社に都合の良い回答をさせようとするとか、虚偽の内容を述べさせようとすることだけはやめてください。組織ぐるみでの証拠隠滅を疑われてしまう可能性があります。また、そういったことをもしXさんがやったとなると、罪証隠滅の相当理由があるなどとして、勾留されやすくなるでしょう。

ベンチャー企業の社長

もちろん気をつけたいと思います。刑事手続になると私達はテレビで刑事ドラマを見る程度しか理解していないので、弁護士さんに説明してもらったほうが良いですね。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

はい。そうだと思います。ただし会社の顧問弁護士は会社の利益のために活動する建前ですので、本来はXさんにはXさんの弁護士をつけたほうが良いことになります。

ベンチャー企業の社長

取調べが終わった後に、Xさんから内容を聞くことは許されるのですか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

それは特段制限がありませんので聞くことは可能です。ただし、聞いた内容からそれは違うのではないかなどと意見を言ってしまうと、それによりXさんがその後の取調べで会社の意向に沿った回答をしてしまい、それまでの回答と異なってくる可能性があるので、気をつけてください。専門的にはこれを「供述の変遷」というのですが、つまりは回答がブレると怪しいと思われるということです。ですので、このあたりも会社役員や従業員がヒアリングするよりは、顧問弁護士にヒアリングさせて記録してもらったほうが良いと思います。

ベンチャー企業の社長

とすると、今回のXさんの事件については熊谷先生にご対応していただいてよろしいでしょうか。

法律事務所BIZの熊谷弁護士
弁護士

ええもちろんです。Xさんに対する一般的なアドバイスは、私の方で担当させていただきますので、ご連絡ください。

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著者プロフィール

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早乙女 宜宏

永世綜合法律事務所 弁護士

早稲田大学法学部卒業後、日本大学大学院法務研究科卒業。
顧問先等の企業法務に関する相談を多く受ける一方で、日本大学大学院法務研究科にて、刑事系科目(刑法・刑事訴訟法)の教鞭をとる。その他、警察大学校等の公的機関で講義をするなど教育業務も多い。また、スマートフォン向け六法アプリ、And六法の開発も行う。

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