Q&Aで学ぶ民法(債権法)改正 第9回「代理権濫用に関する規定の改正」
Q1:A会社の商品の仕入担当の権限をもつ営業部主任のBは、Cに転売して自己の経済的利益を得る目的で、A会社の代理人としてD会社から商品を購入しました。 その後、この取引に関与したD会社の支配人Eが、Bの私益目的であるという事情を知って取引に応じていた場合には、法的にはどのように取り扱われるでしょうか。 |
A1:改正民法によれば、無権代理とみなされ、無権代理人Bへの責任を問うことができます。 |
1.改正のポイント
令和2(2020)年4月1日から債権法を改正する改正民法が施行されています。
前回の「制限行為能力者の保護に関する見直し」に引き続き、本稿では代理権濫用に関する規定の改正について取り上げます。
2.改正点の解説
改正民法は、代理権の濫用について、代理人が自己または第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方がその目的を知り、または知ることができたときは、その行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす、という規定を設けました(民法107条)。
これは、これまで条文に書かれていなかった判例法理を明文化したものです。
3.代理とは?
(1)代理とはどのような制度か
まず、代理制度とは何かについて簡単に説明しておきます。
ゲーム機を購入するという売買契約を結ぶ場合で考えてみましょう。それには、本人が直接行うほかに、代理人に締結してもらうという方法があります。
代理とは、代理人が本人のためにすることを示して行った行為によって、本人がその行為の効力を直接受けるという制度です(民法99条1項)。
例えば、FがGに対して自己の車を100万円以上で誰かに売却して下さいと頼んだときに、GがFの代理人としてHに対して120万円でその車を売却すると、売買契約の効力はF(本人)とH(第三者)との間で生じるということになります。
(2)代理の種類
代理の種類についても簡単に触れておきましょう。
代理には、①本人からの信認を受けて代理人になる「任意代理」と、②本人の意思に基づかずに、代理権が法律の規定によって与えられる「法定代理」の2種類があります。
①任意代理
任意代理については本人から代理人に与えた権限(100万円以上で売却や50万円以内で購入等)が代理権の範囲となります。
②法定代理
法定代理は、未成年の子の父母が当然に親権者となる場合(民法818条)が典型例であり、通常は代理権の範囲も法律で定められています。
4.代理権濫用に関するこれまでの解釈は? 改正の理由は?
改正民法は、代理権の濫用について、代理人が自己または第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方がその目的を知り、または知ることができたときは、その行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす、という規定を設けました(民法107条)。
これは、①代理権の濫用があった場合でも、代理人は代理権の範囲内で行為をしているので、相手方との関係では代理行為の効果は本人に帰属することを認めながら(後述6を参照して下さい)、②相手方が代理人の(背信的な)目的に気づいている(悪意の)場合、または、合理的な注意を尽くせば気づくことができた(過失の)場合には、「代理権を有しない者がした行為」つまり無権代理とみなすこととするものです。
5.設問Q1の検討
設問Q1は、D会社側でBの私益目的であるという事情を知っていた場合になります。
この場合にはD会社を保護する必要性はなく、D会社とA会社の間に契約が成立しなかったとしてA会社を保護しても良さそうです。
(1)改正前の判例法理
これについて改正前民法に規定は置かれていませんでしたが、判例(最判昭和42年4月20日民集21巻3号697頁)は、「代理人が自己または第三者の利益をはかるため権限内の行為をしたときは、相手方が代理人の右意図を知りまたは知ることをうべかりし場合に限り、改正前民法93条但書の規定を類推して、本人はその行為につき責に任じないと解するを相当とする」として、心裡留保による意思表示に関する改正前民法93条但書を類推適用し、本人には売買取引による代金支払の義務がないと判示しました(なお、改正前民法93条但書は、改正民法では93条1項但書です)。
心裡留保とは、心の裡(内側)に真意が留まっていることであり、表示された内容が内心の意思と食い違っていることを表意者が知りながら敢えてした意思表示のことです。
売るつもりがないのに冗談で1000万円の車を50万円で売るというような場合がこれに当たります。
心裡留保による意思表示の効力は、原則として有効とされますが(民法93条1項本文)、相手方がその行為が表意者の真意にもとづいてされたものではないことを知り(これを「悪意」といいます)、または知らないことについて過失がある場合には、その意思表示は、無効とされます(同条1項但書)。
前記判例は、本人に真意がないにもかかわらず、そのような意思表示をしたという点で共通性があるため、同条の類推適用によって解決したことになります。
この判例法理から考慮すると、改正前民法では、設問Q1のD会社の支配人Eが事情を知って取引に応じていた場合にはBが行った代理行為は無効となり、A会社に帰属しないことになります。
(2)改正民法による解決
それでは、改正民法107条によればどのような解決になるのでしょうか。
前述4のとおり、①代理権の濫用があった場合でも、代理人は代理権の範囲内で行為をしているので、相手方との関係では代理行為の効果は本人に帰属することを認めながら、②相手方が代理人の(背信的な)目的に気づいている(悪意の)場合、または、合理的な注意を尽くせば気づくことができた(過失の)場合には、「代理権を有しない者がした行為」つまり無権代理とみなすこととするものです。
①は判例法理(後述6を参照して下さい)を維持します。
②は代理権の濫用の効果について、前述(1)の判例が「無効」としていたのを、「無権代理」とみなすこととします。そうすると、改正民法では設問Q1のような事例には無権代理に関する規定が適用されることになります(図表1参照)ので、無権代理人への責任を問う(民法117条)ことができる等、実務上は、より柔軟な解決をとることができると期待されます。
(図表1)無権代理に関する規定の具体例
本人(A会社) |
無権代理行為の追認または追認拒絶(民法113条・116条) |
相手方(D会社) |
相当の期間を定めて、無権代理行為を本人が追認するかどうかの確答を催告(民法114条) |
無権代理人(B) |
自己の代理権を証明できずかつ本人の追認が得られない場合に、相手方(D会社)に対し履行または損害賠償責任(民法117条) |
6.関連問題
前述4では、「①代理権の濫用があった場合でも、代理人は代理権の範囲内で行為をしているので、相手方との関係では代理行為の効果は本人に帰属することを認めている」旨を記載しました。
これはどのように理解すべきか、次の関連問題をもとに考えてみましょう。
Q2:A会社の商品の仕入担当の権限をもつ営業部主任のBは、Cに転売して自己の経済的利益を得る目的で、A会社の代理人としてD会社から商品を購入しました。D会社がA会社に代金請求をしましたが、認められるでしょうか。 |
A2:判例法理にもとづき、代金請求は認められるということになります。 |
前述3(1)のとおり、代理とは、代理人が「本人のためにすることを示してした意思表示」は、本人にその行為の効力が直接生じるという制度です(民法99条1項)。
しかし設問Q2のように、Bの代理行為は商品の仕入れという代理権の範囲内であるものの、本人(A会社)に効果を帰属させようという意思のもとになされた場合は問題です。
Cへの転売によりBが私腹を肥やそうという私益目的ですから、本人のためにする意思がないことになるからです。
もっとも判例は、このような場合でも有効な代理行為と認めています。
例えば、ある理事が組合理事の名義を利用して金員を借り入れましたが、その意図は自己のために本人(組合)から金員をだまし取ろうとしたという事例において、理事の権限内の行為である限り本人に効力が生じると解しています(大判大正9年10月21日民録26輯1561頁)。
この判例法理から考慮すると、設問Q2のD会社からA会社への代金請求は認められるということになります。
ここまで代理制度について2つの問題を検討しました。代理は重要な制度ですから、しっかり理解しておくとよいと思います。
<執筆の参考にしたサイト>
民法の一部を改正する法律(債権法改正)について
【書式のテンプレートをお探しなら】