中小企業と会社補償・D&O保険
1.会社補償とD&O保険に関する規定の新設
会社法を改正する「会社法の一部を改正する法律」(令和元年法律第70号。以下「改正法」といいます)は、令和元年12月4日に成立し、令和3年3月1日より、施行されました。
改正法においては、役員等(取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人:会社法423条1項)として優秀な人材を確保し、役員等が損害賠償責任を負うことを過度に恐れ、職務執行が委縮しないように適切なインセンティブを付与する制度として、会社補償(会社法上の用語は「補償契約」です)とD&O保険(=Directors and Officers Liability Insurance:会社法上の用語は「役員等賠償責任保険契約」です)に関する規定が新設されています。
会社補償やD&O保険は、一般的には、上場会社における問題と捉えられがちです。
もっとも、中小企業においては、会社と共に、取締役も被告として、損害賠償請求を受けることも多々あり、会社補償やD&O保険は、中小企業の取締役にも十分に身近な問題です。
そこで、本稿では、改正法で規定が新設された会社補償とD&O保険について概要を説明し、中小企業との関係について論じていくことといたします。
2. 改正法の概要
(1) 定義と改正の経緯
会社法上の「補償契約」は、株式会社が、役員等に対して、職務の執行に関して発生した費用や第三者に損害賠償責任を負う場合の損失の全部又は一部を負担する契約です(会社法430条の2第1項)。
会社法上の「役員等賠償責任保険契約」は、株式会社が、保険者との間で締結する保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及にかかる請求を受けることによって生じることのある損害を保険者が填補することを約するものであって、役員等を被保険者とする契約です(会社法430条の3第1項)。
会社補償とD&O保険については、改正前会社法には規定がありませんでしたが、会社補償については会社法330条・民法650条の解釈により認められ、D&O保険については実務上広く普及していました。もっとも、会社補償、D&O保険いずれも、補償の範囲やその内容によっては役員等の職務の適正性が失われ、また、会社が保険料を支払ったり、取締役の債務を負担したりするため、会社と取締役間の利益相反取引該当性(会社補償は直接取引、D&O保険は間接取引)が問題となることから、それらの弊害を防止し、利益相反取引規制を適用せず、適切に行うための手続の明確化が求められていました。
そこで、改正法において、会社補償とD&O保険に関して、以下のような規定が設けられることとなりました。
(補償契約)
第四百三十条の二 株式会社が、役員等に対して次に掲げる費用等の全部又は一部を当該株式会社が補償することを約する契約(以下この条において「補償契約」という。)の内容の決定をするには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならない。
- 一 当該役員等が、その職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用
- 二 当該役員等が、その職務の執行に関し、第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合における次に掲げる損失
- イ 当該損害を当該役員等が賠償することにより生ずる損失
- ロ 当該損害の賠償に関する紛争について当事者間に和解が成立したときは、当該役員等が当該和解に基づく金銭を支払うことにより生ずる損失
2 株式会社は、補償契約を締結している場合であっても、当該補償契約に基づき、次に掲げる費用等を補償することができない。
- 一 前項第一号に掲げる費用のうち通常要する費用の額を超える部分
- 二 当該株式会社が前項第二号の損害を賠償するとすれば当該役員等が当該株式会社に対して第四百二十三条第一項の責任を負う場合には、同号に掲げる損失のうち当該責任に係る部分
- 三 役員等がその職務を行うにつき悪意又は重大な過失があったことにより前項第二号の責任を負う場合には、同号に掲げる損失の全部
3 補償契約に基づき第一項第一号に掲げる費用を補償した株式会社が、当該役員等が自己若しくは第三者の不正な利益を図り、又は当該株式会社に損害を加える目的で同号の職務を執行したことを知ったときは、当該役員等に対し、補償した金額に相当する金銭を返還することを請求することができる。
4 取締役会設置会社においては、補償契約に基づく補償をした取締役及び当該補償を受けた取締役は、遅滞なく、当該補償についての重要な事実を取締役会に報告しなければならない。
5 前項の規定は、執行役について準用する。この場合において、同項中「取締役会設置会社においては、補償契約」とあるのは、「補償契約」と読み替えるものとする。
6 第三百五十六条第一項及び第三百六十五条第二項(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)、第四百二十三条第三項並びに第四百二十八条第一項の規定は、株式会社と取締役又は執行役との間の補償契約については、適用しない。
7 民法第百八条の規定は、第一項の決議によってその内容が定められた前項の補償契約の締結については、適用しない。
(役員等のために締結される保険契約)
第四百三十条の三 株式会社が、保険者との間で締結する保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が塡補することを約するものであって、役員等を被保険者とするもの(当該保険契約を締結することにより被保険者である役員等の職務の執行の適正性が著しく損なわれるおそれがないものとして法務省令で定めるものを除く。第三項ただし書において「役員等賠償責任保険契約」という。)の内容の決定をするには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならない。
2 第三百五十六条第一項及び第三百六十五条第二項(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)並びに第四百二十三条第三項の規定は、株式会社が保険者との間で締結する保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が塡補することを約するものであって、取締役又は執行役を被保険者とするものの締結については、適用しない。
3 民法第百八条の規定は、前項の保険契約の締結については、適用しない。ただし、当該契約が役員等賠償責任保険契約である場合には、第一項の決議によってその内容が定められたときに限る。
(2) 補償対象、対象保険
ア 会社補償の対象
- ① 職務執行に関する費用
役員等が、職務執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する「費用」については、補償契約の対象となっています(会社法430条の2第1項1号)。例えば、個人で起用した代理人弁護士の弁護士報酬などが職務執行に関する「費用」に該当することになります[1]。もっとも、「費用」に関する補償の額が不相当に高額とならないようにするため、通常要する「費用」の額を超える部分については、補償契約の対象外とされています(会社法430条の2第2項1号)。
また、役員等が職務執行につき悪意又は重過失があったとしても、適切な防御活動を行えるようにすべく、「費用」は会社補償の対象となっています(会社法430条の2第2項3号参照)。もっとも、会社が「費用」を補償した後に、役員等が自己若しくは第三者の不正な利益を図り、又は当該株式会社に損害を加える目的で職務執行をしたことが発覚した場合にまで、会社が補償した「費用」の返還が認められないとすると、役員等の職務執行の適正性を害することになります。そこで、そのような場合には、株式会社は、事後に、当該役員等に対し、補償した金額に相当する金銭の返還請求ができます(会社法430条の2第3項)。 - ② 職務執行に関する損失
役員等が、職務執行に関し、第三者に損害賠償責任を負う場合における①賠償することによる損失、②和解金の支払いによる損失についても補償契約の対象となっています(会社法430条の2第1項2号)。役員等が納付しなければいけない罰金や課徴金は、それらについての補償を認めると、それらを定めた規定の趣旨を損なう可能性があることから、補償契約の対象とはなっていません[2]。
役員等が職務執行を行うにつき悪意又は重過失があった場合、職務執行に関する「損失」について補償契約を認めると、役員等の職務の適正性を害するおそれが高く、補償契約を認めなくても役員等の職務執行が委縮することはないことから、補償契約は認められていません(会社法430条の2第2項3号)。また、職務執行に関する「損失」であっても、会社が第三者に対して損害賠償した場合に、役員等に対して会社法423条1項に基づき求償することができる部分については、会社法上の責任免除の規定(会社法424条)によらない責任免除となるため、補償契約が認められていません(会社法430条の2第2項2号)。
イ D&O保険の対象
会社法上の「役員等賠償責任保険契約」には、当該保険契約を締結することにより被保険者である役員等の職務執行の適正性が著しく損なわれることがないものについては、以下の通り、除外されています(会社法430条の3第1項かっこ書、会社法施行規則115条の2)。
内容 | 具体例 |
---|---|
被保険者に保険者との間で保険契約を締結する株式会社を含む保険契約であって、当該株式会社がその業務に関連し第三者に生じた損害を賠償する責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって当該株式会社に生じることのある損害を保険者が填補することを主たる目的として締結される保険契約 | 生産物賠償責任保険 企業総合賠償責任保険 |
役員等が第三者に生じた損害を賠償する責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって役員等に生じることのある損害(役員等がその職務上の義務に違反し若しくは職務を怠ったことによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって当該役員等に生じることのある損害を除く)を保険者が填補することを目的として締結される保険契約 | 自動車損害賠償責任保険 海外旅行保険 |
(3) 手続
ア 取締役会又は株主総会決議での契約内容の決定
補償契約と役員等賠償責任保険契約は、いずれも、利益相反性が認められることから、利益相反取引(会社法356条1項2号3号、365条1項)に準じて、契約内容の決定について、取締役会設置会社では取締役会決議、それ以外の会社では株主総会決議が必要となっています(会社法430条の2第1項、430条の3第1項)。
イ 補償契約における事後の報告
取締役会設置会社においては、補償契約に基づく補償をした取締役及び当該補償を受けた取締役は、当該補償について重要な事実を取締役会に報告しなければなりません(会社法430条の2第4項。執行役についても同様です〔会社法430条の2第5項〕)。補償契約の実行は、取締役会決議や株主総会決議は必要とされていませんが、事案によっては、補償の実行は、「重要な業務執行の決定」(会社法362条4項柱書き)となる場合もあると解されています[3]。
ウ 利益相反取引の規定等の不適用
補償契約、役員等賠償責任保険契約のいずれも、会社法上の手続が履行された場合には、利益相反取引の規定(会社法356条1項・365条2項・419条2項)、民法108条の規定、対会社責任の任務懈怠推定規定(会社法423条3項)が適用されず(会社法430条の2第6項・7項、430条の3第2項・3項)、また、補償契約においては、自己のための利益相反取引の直接取引における無過失責任の規定(会社法428条1項)が適用されないこととなります(会社法430条の2第6項)。
エ 情報開示
補償契約、役員等賠償責任保険契約のいずれも、契約内容は株主にとっての重要な情報であることから、情報開示がなされることになります。
補償契約、役員等賠償責任保険契約のいずれも、役員等の選任に関する議案を提出する場合には、契約内容の概要について、株主総会参考書類への記載が必要とされています(会社法施行規則74条1項5号・74条の3第1項7号・75条5号・76条1項7号及び77条6号、74条1項6号・74条の3第1項8号・75条6号・76条1項8号及び77条7号)。
株式会社が当該事業年度の末日において公開会社であり、会社役員との間で補償契約を締結している場合、事業報告で、以下の情報開示が必要となります(会社法施行規則121条3号の2~3号の4)。
開示が必要な場面 | 開示情報 |
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会社役員(取締役、監査役又は執行役)と会社との間で補償契約を締結しているとき | 当該会社役員の氏名 当該補償契約の内容の概要(当該補償契約によって当該会社役員の職務の執行の適正性が損なわれないようにするための措置を講じている場合にあっては、その内容) |
会社役員(当該事業年度の前事業年度の末日までに退任した者を含む)に対して「費用」の補償をした場合 | 当該株式会社が当該事業年度において、当該会社役員が職務の執行に関し法令の規定に違反したこと又は責任を負うことを知ったときは、その旨 |
当該株式会社が会社役員に対して「損失」を補償したとき | 「損失」を補償したこと 補償した金額 |
また、当該事業年度の末日において公開会社である株式会社については、役員等賠償責任保険契約につき、以下の事項の開示が必要となります(会社法施行規則119条2号の2、121条の2)。
開示事項 |
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当該役員等賠償責任保険の被保険者の範囲 |
当該役員等賠償責任保険契約の内容の概要(被保険者が実質的に保険料を負担している場合にあってはその負担割合、填補の対象とされる保険事故の概要及び当該役員等賠償責任保険契約によって被保険者である役員等(当該株式会社の役員等に限る)の職務の執行の適正性が損なわれないようにするための措置を講じている場合にあってはその内容) |
3. 中小企業との関係
会社補償、D&O保険、いずれも、上場会社のみならず、中小企業でも問題となる事柄です。
中小企業の取締役が不法行為(民法709条)や役員等の対第三者責任(会社法429条1項)を追及する訴訟を提起された場合には、損害賠償請求訴訟における弁護士費用、和解金の支払い、訴訟で敗訴した場合の損害賠償金が高額になることもあり、取締役個人では支払えず、取締役個人が破産するということもあります。そのため、中小企業の取締役であっても、損害賠償額が高額となるなどリスクの高い事業を行っており、高額の損害賠償責任を負う可能性がある場合には、会社補償やD&O保険について、検討しておくことが必要です。
また、D&O保険は、責任追及のための訴訟が提起された後では遅く、事前に契約を締結しておかないと、保険金の給付を受けられません。会社補償は、事後でも、契約を締結することは可能ですが、契約内容の決定について、取締役会設置会社では取締役会決議、それ以外の会社では株主総会決議が必要となっており(会社法430条の2第1項)、事後では、取締役会や株主総会の承認を得られない可能性があります[4]。そのため、中小企業の取締役としては、事前に、リスクに備えて、会社補償やD&O保険について契約内容を決定しておくことが重要となります。
4. 経過措置等
本稿では、改正法で規定が新設された会社補償とD&O保険について中小企業との関係について、述べてきました。
中小企業においても、取締役が個人責任を負う可能性がある場合には、会社補償やD&O保険を事前に検討しておくことが重要です。
令和元年会社法改正で新設された会社補償やD&O保険に関する規定は、改正法の施行(令和3年3月1日)後に締結された契約に適用されることとなります(改正法附則6条、7条)。
中小企業の経営者の皆様も、一度、会社補償やD&O保険について検討してみてはいかがでしょうか。
以上
脚注
1.塚本英巨「会社補償・D&O保険の実務対応」別冊商事法務454号(2020年)240頁
2.竹林俊憲編著『一問一答 令和元年改正会社法』(商事法務、2020年)116頁
3.竹林俊憲編著『一問一答 令和元年改正会社法』(商事法務、2020年)109頁
4.神田秀樹ほか「座談会 令和元年改正会社法の考え方」別冊商事法務454号(2020年)101頁〔神田秀樹発言〕参照