民法改正で変わった! やさしくわかる「定型約款を用いた取引」 ―第1回 定型約款が民法に組み込まれるまでの歴史的経緯―
1.はじめに
パソコンを購入した際、各種のソフトウェアを使い始めるためには、画面に表示される大量の条項の箇所は読み飛ばして、すぐに「はい、同意します。」というボタンをクリックしてしまう人が多いのではないでしょうか?この条項の総体が約款といわれるものです。
旅行運送約款を読んでから、切符を購入して電車に乗ったりすることはありますか?多分、殆どの方が、読むことなく切符を購入していると思います。そこで本稿は、この約款がどのように民法に組み込まれることになったのか、定型約款を用いた取引では何に注意すべきなのかを取り上げます。
本連載は、第1回で「定型約款の歴史的経緯」、第2回で「企業側が知っておくべき定型約款」、第3回で「定型約款を消費者保護の観点から」諸外国との比較を行います。
2.約款とは
企業は多くの人を相手に商売をしていますので、一人一人の取引相手と個別に細かく契約の内容を交渉していたら、仕事にならないこともあります。また、個人の場合も、交渉が得意でない人や面倒だと思う人も多く、企業と一から契約内容を交渉するよりも「みんなと同じ扱い」をしてもらえるほうが、安心して取引できるかもしれません。
そこで、画一的に大量の取引を処理するために用いられるのが、「約款」です。法学系の本には、「多数取引の画一的処理のために、あらかじめ定型化された条項群」などと説明されています。運送約款、建築請負約款、銀行取引約款、保険約款、宿泊約款、ソフトウェア利用規約などがその典型です。電車の切符に書いてある単純な条項、通帳の預金規定も約款の一種です。
しかし、取引社会で無数といってよいほど多数の約款が利用されてきたにも拘わらず、2020年の民法改正までには約款の規定がありませんでした[1]。規定がないということは、定義もありません。そのため、「約款」「規約」「利用規約」などの多様な名称が使われていましたが、どれも「約款」です。
また、消費者が約款内容を知らないままに契約を締結しても、約款内容が契約内容となる場合があります。しかし、私的自治の原則[2]という民法の基本原則からすると、相手から示されていない消費者の知らない条件が契約の内容になり、それによって消費者が拘束されることはありません。それなのに、知らないままに締結した約款内容が契約の内容に取り込まれる条件も不明でしたし、契約が成立するというのは合意内容に拘束されることを指すのに、約款においては合意してもいないのに、約款内容になぜ拘束されるのかも不明確でした。
さらに、契約は約束である以上、一度契約が成立した後で、一方当事者から一方的に契約内容を変更することはできません。しかし、約款のように不特定多数を相手にし、また、長期間にわたるような契約を締結した場合には、さまざまな事情によって契約条項の一部を変更せざるを得ない場合もあります。その場合に、すべての契約について相手方との同意を得る必要があるとすれば、手間もコストもかかりますし、同意しない相手とは従来どおりの扱いにする等、現実的な対応が困難となります。
そこで、約款について、これまでの民法の原則をやや緩めて、
- ① 相手方(サービス利用者側)が合理的に行動すれば約款の内容を知ることができたこと
- ② 約款を契約に組み入れることの合意があること
の2つを条件に、約款を認めてきたのです。よく知らないからとか、理解していないから成立していないなんていわれたら大変です。厳密には意思の合致があったとはいえなくても、この2つの条件を充たす約款を利用した取引は社会にすっかり浸透してきています。いまさら約款には明確な法的根拠がないから無効(約款の拘束力を認めない)とは言えないのです。
3.約款の問題点
契約の種類・性質によっては、結ぶべき契約の内容の詳細にまでわたって個々に検討し、労力を費やして交渉することは効率が悪いものもあります。そこで、あらかじめ約款の形でその細目を定めておき、これを多数の取引にそのまま取り入れることが、当事者双方にとって合理的かつ効率的です。このような約款を用いた契約においては、約款の内容を相手方が十分に認識しないまま契約を締結することが少なくありません。これは、ソフトウェアの利用規約を読み飛ばす人が多いことや旅客運送約款を読まずに切符を購入することからもうかがえます。消費者側は十分に内容を認識しないまま契約を締結するだけでなく、個別条項についての交渉もなされませんので、消費者の利益が害される問題もありました。このような問題が生じる要素としては、個別の契約ごとの調整を予定しないことや、多数の取引に画一的に用いられる定型的な契約条項として用意されていることが指摘されています。つまり、多数の取引に画一的に用いられる定型的な条項であるからこそ、大量の取引を合理的・効率的に行うことが可能となるのであって、特定の取引のみを例外扱いすることは交渉コストを増加させ、約款の有用性の否定につながるわけです。そのため、民法で規律の対象とすべき約款には、多数の取引に画一的に用いられることを予定し、定型的な契約条項となっているかどうかを重要視したのです。そこで、民法の規定を作る際には、①約款の定義、②約款が契約内容に取り込まれるための要件、③いったん契約が成立した後で契約内容を一方的に変更できるか、という約款の問題の解決を試みたのです。
契約と約款の違い
契約 | 約款 | |
---|---|---|
当事者 | 当事者間で行う | 企業と不特定多数の消費者間 |
内容 | 原則、自由 | 不特定多数の顧客に対して画一的かつ合理的な内容 |
締結前の個別交渉 | 内容も含めて、事前に交渉可能 | 消費者は①約款に従うか、②そのサービスを受けないかの選択肢のみ。 |
締結後の変更 | 当事者間で、個別に合意しなければならない。 | 企業は一方的に変更できる。 要件を充たしていれば、変更に同意していない消費者にも変更の効力が及ぶ。 消費者は①変更を受入れて企業との取引を継続するか、②企業との取引をやめるかの選択肢のみ。 |
4.民法改正の経緯
民法が起草された19世紀末には、ヨーロッパでも、約款や附合契約の法的問題はまだ広く認識されてはいませんでした[3]。現在は、時代の流れによる大量生産・販売型の事業の普及により、画一的な条件で取引できる約款の必要性が高まっています。しかし、取引ごとに個別な契約内容を決めると手間やコストがかさみます。そのため、約款は広く用いられるようになったのです。近年は、ネットサービスの普及により利用規約が多用されています。しかし、実態として消費者の大半は詳細な内容を認識しないまま契約しています。
特に、ネット取引における条件の約款が、小さな文字で書かれているため、注文時に気付かず、トラブルになるケースが多発[4]していました。
そこで、2020年4月から債権関係規定(債権法)に関する改正民法で、消費者が合意した場合や、契約内容として事前に約款が示されていた場合には、約款が有効であると明確化されたのです。また、消費者に一方的に不利な契約内容は無効となることも明記し、消費者保護にも重点をおいたのです。
では、民法にどのような規律を設けたのかというと、次の5つとなります。
- ① 定型約款の定義
- ② 定型約款のみなし合意の効力が認められるための組入要件
- ③ 定型約款のみなし合意の適用除外(不当条項規制・不意打ち条項規制)
- ④ 定型約款の内容の表示に係る相手方の請求権
- ⑤ 定型約款の変更
次回、この定型約款について、取引の観点から企業側が何に気を付けなければならないのかを解説します。
脚注
1. 1911(明治44)年日本傷害保険株式会社(現在の株式会社損保ジャパン)によって、傷害保険普通損害約款が作成されました。慣習といった形で商取引では約款に近い形態はありましたが、約款という文言が使われたのはこの保険約款からとなります。
2. 私的自治の原則とは、権利義務関係は、各個人の意思によって自由に決められ、その責任を負うべきとして、 国家がこれに干渉してはならないとする原則のことです。
3. ドイツでは1976年に「約款規制法」が制定されました。約款に限定はされてはいませんが、イギリスは、1977年に「不公正契約上公法」が制定されています。1978年には、フランスで「商品及びサービスについての消費者保護及び消費者情報に関する法律」が制定されました。このように、ヨーロッパにおいても、約款に関する法規定は20世紀に入ってからとなっています。
4. 主な判例として、火災保険約款の内容を知らなくても、世帯を同じくする家族は約款の拘束力に服し適用されると判断した最判昭和42・10・24民集88号741頁、オンラインゲームの利用規約におけるアップロード情報をいつでも裁量により削除する条項について、ある程度抽象的であっても有効とした東京地判平成21・9・16ウエストロージャパン、医療保険約款の「不慮の事故」には、治療を目的とした医師の行為は含まれないとして保険金の支払い義務はないと判断した東京地判平成17・3・4判タ1219号292頁等があります。