Q&Aで学ぶ民法(債権法)改正 第8回「制限行為能力者の保護に関する見直し」
Q:Aは精神上の疾患から十分な判断能力を失ったため、成年後見開始の審判を受けることになりました。成年後見人にはBが就任しました。ところで、Aには15歳になった子供Cがいます。Aの亡妻Dの遺産をCは保有しています。もしAがCを代理したといって勝手にその財産を使ってEと高額商品の売買契約を結んでしまった場合、Bはそれを取り消すことができるでしょうか。
A:改正民法によって、設問QではBも取消権者となりますので、Bが、Aの行為を取り消すことができます。
1.改正のポイント
令和2(2020)年4月1日から債権法を改正する改正民法が施行されました。前回の「意思能力に関する規定の新設」に引き続き、本稿では制限行為能力者の保護に関する見直しについて取り上げます。
改正のポイントは
「制限行為能力者が他の制限行為能力者の法定代理人として行った行為に関する規定を新設」するというものです。
2.改正点の解説
改正民法は、制限行為能力者が他の制限行為能力者の法定代理人として行った行為についてはこの限りではないと規定しますので、取り消すことができることになります(民法102条但書)。これにより、設問QではBも取消権者となります。
3.制限行為能力者が代理人になる場合に関するこれまでの解釈は? 改正の理由は?
(1)代理とは
改正民法は、判断能力の減退した者の保護を図る改正をしています。法定代理人についてです。近年、晩婚化により出産年齢も高くなる傾向があるため、未成年者の法定代理人が高年齢化し、判断能力が減退する者も出てきます。この場合の未成年者保護の問題を取り上げていきます。
まず、代理制度について簡単に説明しておきます。ゲーム機を購入する等の売買契約を結ぶ場合、本人が直接行うほかに、代理人に締結してもらうという方法があります。代理とは、代理人が本人のためにすることを示して行った行為によって、本人がその行為の効力を直接受けるという制度です(民法99条1項)。例えば、DがEに対して自己の車を100万円以上で誰かに売却して下さいと頼んだときに、EがDの代理人としてFに対して120万円でその車を売却すると、売買契約の効力はD(本人)とF(第三者)との間で生じるということになります。
代理制度
代理には、①本人からの信認を受けて代理人になる「任意代理」と、②本人の意思に基づかずに、代理権が法律の規定によって与えられる「法定代理」の2種類があります。①の場合は本人から代理人に与えた権限(例えば、100万円以上で売却や50万円以内で購入等)が代理権の範囲となります。②は、未成年の子の父母が当然に親権者となる場合(民法818条)が典型例であり、通常は代理権の範囲も法律で定められています。
(2)代理人の能力
それでは、どのような者が代理人になることができるのでしょうか。改正前民法では、代理人は行為能力者であることが必要とされていませんでした(改正前民法102条)。行為能力とは、法律行為(法によって行為者が希望したとおりの法律上の効果が認められる行為)を単独で有効に行うことができる法律上の資格のことをいいます。代理人が行為能力者である必要はないというのは、制限行為能力者でもよいということです。制限行為能力者とは、単独で完全な法律行為をすることができない者のことであり、未成年者、成年被後見人、被保佐人(民法12条)、被補助人(民法16条)がこれに当たります。
代理人が行った行為の効果は、代理人自身ではなく、上述のとおり本人が直接受けます。つまり代理人がした行為の効果は代理人自身に帰属しませんから、制限行為能力者である代理人は、その行為によって自己の財産を危うくするという心配はありません。また、任意代理の場合にあっては、敢えて本人が制限行為能力者を代理人に選任したのなら、その結果として本人が損害を受けるのはやむを得ないということになるでしょう。このことから、現行民法では、代理人が制限行為能力者であるとしても代理行為は取り消すことができないという原則を採用したと考えられます。
そうなると制限行為能力者自身においても取り消すことができませんし、本人においても取り消すことができないということになります。
4.設問Qの検討
設問Qのように法定代理人Aが成年被後見人となった場合、Aに子供Cの財産を管理させることには問題があります。すなわち、①制限行為能力者制度の求める本人(A)の保護という目的を達成できないおそれがあること、②法定代理人(A)は法律によって定められるため、本人(C)が選任に直接関与するわけではありませんから、制限行為能力者が代理人となるというリスクを本人(C)に負わせる根拠が乏しいこと等がその理由です。
もっとも、改正前民法では、代理人に十分な判断能力があることが必要とはされていませんでした。法定代理人Aには十分な判断能力がないため、代理行為を取り消すべきかどうか判断することは困難です。
そこで、改正民法は、制限行為能力者が他の制限行為能力者の法定代理人として行った行為についてはこの限りではないと改正します(民法102条但書)。これはつまり、取り消すことができるということですから、この改正により設問QではBも取消権者となります。
さらに、制限行為能力者(A)が他の制限行為能力者(C)の法定代理人として行った行為について、当該他の制限行為能力者(C)またはその承継人も取消権者となることができる、と規定します(民法120条)。このように、改正民法では改正前民法よりもCの保護が図られるようにしています。これにより、制限行為能力者が他の制限行為能力者の法定代理人として行った行為も取消対象となります。
このようにCの保護が図られましたので、今後、相手方(E)は法定代理人が制限行為能力者であるか否かにも注意を払う必要が出てくることになります。
なお、実際上は家庭裁判所が制限行為能力者を成年後見人に選任することはまずありませんので、設問Qのように未成年者の親権者が制限行為能力者となった場合のほかには、選任されていた成年後見人が、選任審判後、後発的に制限行為能力者となったが、未だ辞任や解任許可が行われていないといった手続上のタイムラグが生じている場合等の限られた場面で民法102条但書の運用がされることになるでしょう。
5.法定代理人が被保佐人であった場合の規定の整備
さらに関連する規定も見ておきましょう。制限行為能力者には、被保佐人もあります。被保佐人とは、精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分な者で、一定の者の請求により家庭裁判所から保佐開始の審判を受けた者をいいます(民法11条)。改正民法は、被保佐人が、保佐人の同意を得なければならない行為(民法13条1項各号)を、制限行為能力者の法定代理人として行うことも保佐人の同意を得なければならないとしています(民法13条1項に10号が追加されました)。
このように制限行為能力者の保護範囲が広がっていますので、改正民法の内容をきちんと把握することが必要だといえます。
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