総論 120年ぶりの民法大改正。重要項目をポイント解説
すでにご承知の方も多い、民法の改正。
しかし、「民法の大改正と言われても、それがどのように私たちに関係あるの?」というように、疑問を持つ方も多いかもしれません。自身に関係ないと、興味が持てないものですよね。
このコーナーでは、いきなり民法改正の解説に入るより、まずは皆さんに、その民法がどのように日常生活に関係しているのか、日々いろいろなところで接する「契約」をテーマにご説明していきましょう。
そもそも、契約とは?
契約というと、不動産の売買や企業間の商談の成立などに伴って必要なことだと思いがちですが、実は日常生活の中でも、私たちは意識しないうちに無数の契約をしているのです。例えば、通勤通学のために電車に乗る行為も鉄道会社との間での運送契約となりますし、コンビニで缶コーヒーを買えば売買契約、昨日飲み代が足りなくて友人に借りた1,000円も金銭消費貸借契約という立派な契約行為なのです。
民法では、お互いの意思が表示され、その意思表示が双方で合致すれば契約が成立したことになります。お互いの意思表示が合致したのであれば、必ずしも契約書は必要ではなく、たとえそれが口約束であったとしても、契約は成立するのです。
契約が成立することによって契約の当事者には、契約の内容が実現されるという権利(これを「債権」といいます)が生じ、その代わりに代金の支払いや、作業などを行わなければならないという義務(債務といいます)が生じます。
契約が成立すると法律上の権利や義務が発生し、契約の相手が契約内容を守らなかった場合には、裁判所に訴えて契約内容を強制的に履行させたり、損害賠償を請求したりすることができるようになります。
そもそも、なぜ契約書を作成するの?
企業間の取引などでは、契約書を作成して取り交わすことが一般的です。契約書の作成は民法で定められた要件ではないのに、なぜ契約書を作成する必要性があるのでしょうか?
契約書を作成する目的には、以下の4つがあります。
①互いに合意した内容を確認することで、間違いや誤解の発生を可能な限り小さくする
契約書を作成し、それぞれに内容を読み込むことで、これまでの契約の経過や合意内容が明確となるので、内容の間違いや誤解していた部分が交渉の過程であぶり出されてきます。その結果、作成された契約書では、どのような目的で、何を契約したのかについて記載されることになります。そうすることで、契約締結後の間違いや誤解の発生を極力小さくすることが可能となります。
②契約内容を実行するにあたってのマニュアルとなる
契約書には、契約内容が明確に記載されていますので、相手方が何を求めているのか、そのためにどのようなことが必要なのかを検討する際に、一つのマニュアルとして機能します。契約行為を進めていくために必要な原点だと言えると思います。
③契約内容を文書化することで、忘れたり、担当者の異動によって契約内容がわからなくなったりすることを防ぐ
人事異動などで、担当者が替わってしまうことがあります。自社もそうですが、相手方も同様に替わることがあります。契約書はこのような場合でも文書として残っていますので、人によって内容が変わってしまうことがありません。
④後日紛争となった時の重要な証拠書類となる
紛争がとなった場合にも、裁判所に証拠として提出することで、いつ、どのような契約が成立していたのかについて、証明することが可能です。
契約書を作成する目的がわかると、内容をよく読まずに押印したり、読んでも十分理解しないままにしておくことの危険性が理解できるのではないでしょうか。契約内容に納得ができない場合には、納得できるまで話し合いや交渉を進めるべきで、場合によっては契約そのものを見送るという判断もありえます。
後から修正すればいいと、納得できないまま押印してしまうと、取り返しがつかないことにもなりかねません。契約書などの文書は、本人や代理人の署名捺印がある書面については、真正に成立したものと推定されることになっています。(民事訴訟法228条4項)
ですから、いったん契約書に署名捺印してしまうと、契約書に記載した内容について合意していると推定されることになってしまいます。最初に書いた通り、契約には「法的拘束力」がありますから、もし契約内容を実現できなければ、法的な責任を負うことになる可能性が高くなります。
つまり、私たちが何気なく行っている行為(契約行為)であっても、それはしっかりと法律(民法等)に則った行為となるのです。ですから、今回の民法改正も大事なところは理解しておくことが望まれるのです。
民法改正とその影響
2017年に成立した民法の一部を改正する法律が一部の例外部分を除いて、2020年4月1日に施行されます。明治時代に民法財産編が制定されてから120年ぶりの大改正が行われることになりました。
120年前の法律とはいえ、それまでの長い時間の中で変化してきた社会の流れに合わせて、様々な決まりごとが裁判の判例や学説の中に蓄積され、それらが実質的なルールとなっていました。今回の大改正は、「民法のうち債権関係の規定について、同法制定以来の社会・経済の変化への対応を図り、国民一般に分かりやすいものとする」ことが大きな目的となっています。さらに、社会で必要とされる新たな制度も導入されるなど、改正項目は約200項目にもおよびます。
しかし、今回の改正事項の全てが契約書に影響するわけではありません。契約の内容や種類、取り決め内容によって、変える必要のあるものと、それほど影響のないものがあります。
ここでは、今回行われた主な改正のうち、注意したほうがいいポイントについていくつか説明したいと思います。
定型約款の新設
インターネット上での契約や、保険の契約など、様々な場面でサービスを提供する事業者などが画一的に定めた契約条項が用いられています。こういった契約条項のことを「約款」といいます。約款は大量の取引を合理的に行うには便利なのですが、これまでの民法には「約款」に関する条項がありませんでした。
新しい民法では、特定の者が不特定多数の者を相手方とする取引で、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものについて「定型約款」として、その基本的な内容が規定されました。
また、「相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして、第1条第2項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす」(改正法第548条の2第1項)とされ、相手方に一方的に不利な「条項」や相手方が予測できないような不意打ち的な「条項」については、合意しなかったものとされることになります。
一般的には定型約款は、企業などのサービスを個人に提供するといった場合に使われることが多いと思いますので、約款の作成に際しては、不当な条項が入らないように注意をすることが必要です。
契約不適合
これまでの民法では、購入したものに一般の人では容易に見つからないような欠陥が見つかったような場合に、売主が買主に対して負う責任について、「瑕疵担保責任」という形で定めてきました。
新しい民法では、この「瑕疵担保責任」という考え方を大きく変えることになったために、瑕疵担保責任に関する条項は削除され、新たに「契約不適合」という概念をつくりました。売主は、売買契約の内容に適合した目的物を相手方に対して引き渡すといった契約上の義務を負っているにも関わらず、それに合わないものを引き渡したような場合には、「契約不適合」となり、売主がその責任を負うこととされました。
契約不適合とは、「引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容と適合しないもの」(改正法562条1項)、「移転した権利が契約の内容に適合しないもの」(改正法565条)と定義されています。引き渡された品物などに、欠陥などの「契約不適合」が生じている場合には、買主は売主に対して次のような責任を求めることができます
追完請求権(改正法562条1項)
不足物引渡請求、代替物引渡請求、修繕請求
代金減額請求権(改正法563条)
追完請求をしても追完されない場合にはその不適合の程度に合わせて代金の減額を請求することができます。(相手方が追完できる見込みがない場合には、無催告での減額請求も例外的に認められることもあります)
損害賠償請求権(改正法564条、415条)
債務者に帰責事由がある場合には、損害賠償の請求が可能です。
解除権(改正法564条、542条、541条)
契約不適合がある場合、契約不適合を理由として契約の解除をすることができます。
契約書の作成時点で注意すべき点としては、これらの契約不適合責任は、その項目について契約書に記載がない場合は法律の規定が適用されますが、それについて契約書に記載があるときは契約書の内容が法律よりも優先して適用されるという「任意規定」となっているということです。
今回の法改正は、単に「瑕疵担保責任」という言葉が「契約不適合責任」という言葉に変わったということではありません。ですので、契約書の修正に際しては、契約不適合責任の免責を定めるなど、規定全体を見直す必要があります。
債務不履行による契約解除
当事者同士が契約をした場合には、それぞれが締結された契約を実行しなければならず、勝手にやめてしまうことはできません。しかし、相手方が契約の内容を実行しなかったり、契約通りの内容を実現しなかったりということもありえます。契約した事項が守られない状態のことを「債務不履行」といいます。
これまでの民法では、債務不履行に基づいて契約を解除するためには、債務者の帰責性が必要であるとされていました。つまり、債務者側に責任があって、その結果契約した内容が守れないという場合に「契約の解除」ができるということです。
しかし、債権者は必ずしも債務者の責任追及が最大の目的ではなく、いち早く履行されていない契約から解放されて、別の相手方を探したり別の手段を講じることを求めていることもあります。そのため、新しい民法では債務不履行による契約解除は、債務者に帰責事由がなくても、行うことができるようになりました。
債務不履行による契約解除には、「催告によらない解除」(改正法542条)と「催告による解除」(改正法541条)の二つが規定されました。
催告によらない解除は、債務の全部を履行することができなくなったような場合(履行不能)や、債務者が明確に債務の履行を拒絶したような場合には、無催告での契約解除ができることとされています。
また、債務者が契約の履行をしない時に、一定の期間を定めて催告してそれでもなお履行されない時は、契約の解除を行うことができます。
ただし、催告による解除がどんな状況下でも認められるかというと、そういうわけではありません。催告された期間が経過していても、その契約及び取引上の社会通念に照らして」軽微なものである場合には、解除することができないものとされています。
消滅時効
新しい民法では、時効について大きく改正されています。これまでは、短期消滅時効といい、飲食店での支払いなど債権者の職業によって時効となる期間が異なるなどわかりにくいものとなっていました。
改正法では、職業ごとに時効期間が異なっていた短期消滅時効や商行為によって生じた債権(商事債権)の消滅時効については廃止されることになり、客観的に権利を行使することができる時から10年間で債務が消滅するという従来からの原則のほか、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間で債権が消滅するとされて、わかりやすいものとなりました。
個人根保証契約の改正と、公証人による保証意思確認手続
新しい民法では、「個人の根保証」について、大きく改正されています。根保証は、単なる保証とは異なり、保証の対象となる債務が契約の時点では定まっていないもので、保証人がどこまで保証すればいいのかについて、予測しにくいものとなっていました。
新しい民法では、賃貸借契約や取引基本契約の保証などの締結に際して、個人が保証人となる根保証契約は書面(又は電磁的記録)で極度額を定めなければ根保証契約の全体が無効とされることになりました。
また、事業のための保証を個人に委託するには、債務者が保証人に財産状況等の情報を提供しなければならなくなっています。事業用の資金の貸付に際して個人(主債務者の役員等、主債務者の事業と関係の深い関係者は除く)が保証人となる場合には、保証契約締結前1か月以内に公正証書により保証意思を表示しなければ、その保証契約は無効となるので、この点も注意が必要です。
ここまで、今回の民法改正について、一般的なポイントを説明してきましたが、一つ一つ契約の内容によって、注意すべきポイントは変わってきます。今回の改正は、身近にある契約の内容を改めて見直すいい機会となるのではないかと思います。
ここに説明してある内容のほかにも、法定利率の変動制導入など多くの改正点があります。必要に応じて、法務省ホームページ等で確認されるといいのではないかと思います。