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法人格否認による役員に対する責任追及(2・終)

著者:日本大学商学部 教授  鬼頭 俊泰

法人格否認による役員に対する責任追及(2・終)

1 はじめに

今回は、法人格否認の法理を用いて会社(法人)の背後にいる者に対して責任追及がなされた事案を取り上げ、どのような場合に同法理によって経営者個人の責任が認められるのかについて説明します。


2 法人格否認の法理

まず、前回も説明した法人格否認の法理が何であったかを簡単に振り返っておきます。

法人格否認の法理は、法人と経営者などの関係者をあえて同一視して当事者の利害を調整するためのルールです。

このルールが存在する理由は、法人と経営者の法人格が形式的に独立していることを根拠に、経営者が法人を私物化することで不当な利益を得たり、法の適用を免れようとしたりすることを認めてしまうと、かえってバランスを失する・衡平性を欠くからです。

同法理の適用が認められると会社の法人格が否認されるという劇的な効果を発生させるわけですから、あくまでその運用は例外的、かつ当該事案に限って行われることとなります。

実務では、小規模閉鎖会社が倒産した際などに、その実質的オーナーである個人を責任追及するために活用されています。

法人格否認の法理が適用されるのは、法人格の形骸化事例(法人とは名ばかりであって、会社が実質的には経営者個人の営業と同一、または、子会社が親会社の営業の一部門に過ぎない状態)および法人格の濫用事例(法人格が経営者により意のままに道具として支配されていることに加え、会社の支配者に違法または不当の目的がある場合)の2つです。

以下、株式会社の形骸化・濫用事例をそれぞれ1つずつ取り上げて説明します。


3 形骸化事例(最判昭和44年2月27日民集23巻2号511頁)

【事案の概要】

X(原告・被控訴人・被上告人)は、その所有する店舗を、株式会社Y(被告・控訴人・上告人)に賃貸しました。Y社は、同社の代表取締役である訴外Aが個人事業で営んでいた「電気屋」を税金軽減目的で“法人成り”させた株式会社で、その実質は全くAの個人企業と変わりませんでした。

家賃も賃貸借契約成立以来、Aが自己名義で支払をしていたので、Xは、「電気屋」を営むA個人に店舗を賃貸したと考えていました。

その後、Xは同店舗を自己の用に供する必要が生じたため、明け渡しを請求しましたが、Aがこれに応じなかったため、XはAを被告として店舗の明け渡しを求める訴訟を提起しました。

裁判所の勧告によって、両者の間で店舗を明け渡すべき旨の裁判上の和解が成立しましたが、Aは店舗を賃貸しているのはY社であるとして明け渡しを拒みました。

そこで、XはY社を被告として、店舗の明け渡しとそれまでの賃料相当額の支払を求めて提訴しました。

【判旨】

本件につき裁判所は、まず、構成員である社員が一人である場合であったとしても、社団法人において法人とその構成員である社員とが法律上別個の人格であることは言うまでもないとしています。
ただ一方で、法人格の付与は、社会的に存在する団体についてその価値を評価してなされる立法政策によるものと位置づけました。

従って、法人格が全くの形骸にすぎない場合、または、それが法律の適用を回避するために濫用されているような場合にまで法人格を認めることは、法人格の本来の目的に照らして許されないため、法人格が否認されると判示しています。

また裁判所は、株式会社については、特に次の場合を考慮しなければならないとします。

  • 株式会社は準則主義によって容易に設立することができ、かつ、いわゆる一人会社すら可能であるため、株式会社形態がいわば単なる藁人形に過ぎず、会社即個人であり、個人即会社であって、その実質が全く個人企業と認められるような場合が生ずる。
  • このような場合、これと取引する相手方としては、その取引がはたして会社としてなされたか、または個人としてなされたか判然しないことすら多く、相手方の保護を必要とする。
  • 相手方保護が必要な場合、会社という法的形態の背後に存在する実体たる個人に迫る必要が生じるため、会社名義でなされた取引であっても、相手方は会社という法人格を否認して、その取引を背後者たる個人の行為であると認めて、その責任を追求することができる。

4 濫用事例(最判平成17年7月15日民集59巻6号1742頁)

【事案の概要】

A社は、ゴルフ場の建設、管理および経営等を目的とする株式会社で、Bという預託金会員制ゴルフ場を開場しました。

ゴルフクラブの会則には、①ゴルフコースおよびこれに附帯するクラブハウスその他の施設は、A社が所有し、かつ、管理、経営する、②ゴルフクラブに入会しようとする者は、A社およびクラブの理事会の承認を得て、所定の期間内に入会金および預託金をA社に払い込むものとする旨の記載がありました。

A社には関連会社であるC社とD社が存在していて、両社はD社設立の3か月後に互いの商号を交換しています。また、A社・C社・D社の役員は、ほぼ同じメンバーによって構成されていました。

新たに設立されたX社(原告・控訴人・上告人)は、ゴルフ場の管理および運営等を目的とする会社で、旧商号はBと表記が類似するE社でしたが、その後、商号を変更しています。A社はX社を意のままに道具として利用し得る支配的地位にありました。また、C社がX社にBゴルフ場の運営業務を委託する旨の契約が締結されています。

その後、A社の業績が悪化し、Bゴルフ場の会員による預託金返還訴訟が提起され、その中でYらは、Bゴルフ場にある芝刈り機や現金等の動産を差し押さえました。

それに対しA社は、預託金返還の責めを免れ、また強制執行を妨害する目的で関連会社との間で各種取引を実施しました。

そのうえで、(A社が意のままに道具として利用し得る)X社は、差し押さえられた動産は運営業務委託契約によってX社がBゴルフ場において所有または占有しているものであると主張して、Yらに対して強制執行の不許を求める第三者異議の訴えを提起しました。

【判旨】

裁判所は、まず、A社がその債務を免れるためにX社の法人格を濫用している場合には、法人格否認の法理により、両会社は、その取引の相手方に対し、両会社が別個の法人格であることを主張することができず、相手方は、両会社のいずれに対してもその債務について履行を求めることができると判示しました。

ただ、裁判所は過去の最高裁判決(最判昭和44年2月27日・民集23巻2号511頁、最判昭和48年10月26日・民集27巻9号1240頁、最判昭和53年9月14日・集民125号57頁)を参照しつつ、判決の既判力および執行力の範囲については、法人格否認の法理を適用して判決に当事者として表示されていない会社にまでこれを拡張することは許されないとしています。

これは、第三者異議の訴えが、債務名義の執行力が原告に及ばないことを異議事由として強制執行の排除を求めるものではなく、執行債務者に対して適法に開始された強制執行の目的物について原告が所有権その他目的物の譲渡または引渡しを妨げる権利を有するなど強制執行による侵害を受忍すべき地位にないことを異議事由として強制執行の排除を求めるものだからです。

従って、第三者異議の訴えについて、法人格否認の法理の適用を排除すべき理由がなく、原告の法人格が執行債務者に対する強制執行を回避するために濫用されているような場合には、原告は、執行債務者と別個の法人格であることを主張して強制執行の不許を求めることは許されないということになります。


5 おわりに

今回は、法人格否認の法理の適用が認められる場合として、具体的に形骸化事例および濫用事例を取り上げ、説明してきました。

形骸化事例として取り上げた事件は、Aという人物が節税目的で法人成りしたYという会社を用いてXからの店舗明け渡し請求と賃料請求を回避しようとしたというものです。

また、濫用事例として取り上げた事件は、業績の悪化したAという会社が新たにXという会社を便宜的に設立し、さらに、預託金返還の責めを免れ、強制執行を妨害するために関連会社との間で各種取引をしたうえで、ゴルフ場関連資産を差し押さえたYらに対してそれらはX社のものであるとして強制執行の不許を求めたというものです。

これら事案からも明らかなように、会社(法人)の法人格を恣意的に使って、その背後者が法律の適用を回避したり、責任を免れようとしたりすると、法人格否認の法理が適用されることになります。

一方、法人格否認の法理の適用が認められた場合、法人の法人格が当該事例に限ってのものとはいえ否定されるというクリティカルな効果をもたらします。また、適用事例すべてを包含する要件を立てようとするとかえって抽象的・無内容なものになります。

そのため、法人格否認の法理が頻繁に、安易に認められるようになると、そもそも株主有限責任の原則といった、株式会社が有する多くの制度が覆ってしまう危険性があります。

そこで、法人格否認の法理を用いないとどうしても妥当な結論が満たされないという場合にのみ同法理は適用されます。

換言するならば、一般条項的性格を有する法人格否認の法理によって解決する場合と同一の効果が他の法律構成によっても達成し得る場合や、他の法律構成によっても衡平な解決を導くことができる場合については、法人格否認の法理の適用は慎重になされるべきということになります。

いずれにしても、経営者個人が会社の法人格を隠れ蓑にして法的責任を回避する・回避していると思われてしまうような行為については、細心の注意が必要となります。

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著者プロフィール

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鬼頭 俊泰

日本大学商学部 教授

日本大学大学院法学研究科博士課程前期課程修了。同後期課程満期退学ののち、八戸大学(現:八戸学院大学)ビジネス学部に着任。その後、日本大学商学部助教、准教授を経て現職。

著書に、ビジネス法務の理論と実践(芦書房、2020年)(共編・共著)、資金決済法の理論と実務(勁草書房、2019年)(共著)、インターネットビジネスの法務と実務(三協法規出版、2018年)(共著)、検証判例会社法(財経詳報社、2017年)(共著)などがある。

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