建物ブランディングと法的保護
建物の外観や内装が、ついに保護されることに
建物の外観や内装に工夫を凝らし、他社とは違う独自性を打ち出すというようなことは従来、広く行われてきています。
建物のブランド価値を高めることで、注目を集めて集客効果を向上させる、あるいは、店舗やオフィスの内装に特徴的なデザインを加えて差別化を図ることで、顧客体験の質を向上し、訴求力を高めるというような事例は近年、特に増えてきています。
このような状況の下、ブランド構築を担う優れた意匠の保護を可能とすべく意匠法が改正され、令和2年4月1日から、新たに建築物、内装の意匠が保護対象となりました。
同様に、時を同じくして商標法施行規則が改正され、企業が店舗の外観、内装の形状をより適切に保護することができるように、立体商標を出願する際の願書への記載方法が改正され、令和2年4月1日から、立体商標の願書への記載方法が変更されました。
そこで、今回は意匠法と商標法による、建物の外観や内装の保護について解説させていただきます。
1.意匠法による保護
意匠法の保護対象は従来、「物品」であったため、不動産である建物は保護対象に含まれませんでした。
その後、建築物や内装のデザインも、ブランド構築や顧客体験の質の向上につながる有効な知的資産であることが評価され、令和元年の意匠法改正の一環として、正面から保護対象として認められることになりました(意匠法2条1項、意匠法8条の2)
(1)建築物
意匠法上の建築物とは、土地に定着した人工構造物(土木構造物を含む)のことであり、オフィスビルや住宅、ホテル、競技場、各種商業施設、駅舎、空港、橋りょう、電波塔など、意匠創作が行われる様々なものが対象となります。
【具体例】
①UNIQLO PARK 横浜ベイサイド店の登録意匠(登録第1671773号)
「意匠に係る物品」の欄には「商業用建築物」と記載され、「意匠に係る物品の説明」の欄で、
「本建築物は、その内部を、衣料品等を販売する店舗として、屋上から地上へと切り崩したような形状をなす屋外部を、遊戯スペースや休憩スペース等として用いるものである。」
とされています。
②株式会社桜珈琲の店舗の登録意匠(登録第1673492号)
(出典:広報誌「とっきょ」1、2 2022年1月28日発行)
「意匠に係る物品」の欄には「飲食店」と記載され、「意匠の説明」の欄で、
「正面図、斜視図に表された窓および扉はいずれも透明である。」
とされています。
(2)内装
意匠法上の内装とは、店舗、事務所その他の施設の内部の設備及び装飾のことであり、店舗や事務所、宿泊施設、医療施設、教育施設、興行場、住宅など、産業上のあらゆる施設が広く含まれ、観光列車や客船などの動産も対象となります。
【具体例】
①蔦屋書店の内装の登録意匠(登録第1671152号)
(出典:経済産業省ウェブサイト)
「意匠に係る物品」の欄には「書店の内装」と記載され、「意匠に係る物品の説明」の欄で、
「本願意匠は、直線的に縦列状に配置された縦長長方形の机と壁面の書棚を有する書店の内装である。」
とされています。
また、「意匠の特徴」として、
「縦長の空間で、正面から見て左右の内壁に沿って書棚を配置し、書棚に挟まれた中央の空間に、縦長長方形の机を、縦列に揃えて配置する点に特徴点を有する。加えて、天井のルーバー、同一形状のテーブルライト及び左右の壁面ライトが、等間隔に平行して配置されることにより、正面から見て、空間が奥行きをもって直線的に伸びていくような印象を与え、空港における滑走路を想起させる。天井ルーバーが、照明の直接光を遮ることで、空間全体の落ち着いた雰囲気を演出する。来訪者は、程よい照度のテーブルライトのある長机で、コーヒーを飲みながら書店の書籍を読む様な、ゆったりと心地の良い時間を過ごせる。」
との記載がなされています。
②くら寿司浅草ROX店の内装の登録意匠(登録第1671153号)
「意匠に係る物品」の欄には「回転寿司店の内装」と記載され、「意匠の説明」の欄で、
「この意匠登録出願の意匠は回転寿司店の内装の意匠であり、支柱と屋根とからなるやぐらの下に、机、椅子、パーテーション、回転寿司搬送装置を配置した構成からなる。」
とされています。
また、「意匠の特徴」として、
「本願意匠は、回転寿司店の店舗の屋内に、支柱及び屋根からなるやぐらを建て、その下に、机、椅子、パーテーション、回転寿司搬送装置をバランスよく配置した点に特徴がある。」
との記載がなされています。
【注意点】
意匠登録が認められるためには、すでに公に知られた過去の建築デザインと同一又は類似でないことが要件となっています(新規性、意匠法3条1項)。
また、既存のデザインから当業者が簡単には創作できないデザインであることも意匠登録の要件とされています(創作非容易性、意匠法3条2項)。
建築物においては、あらわな状態で施工されたことにより建築途中で不特定多数の人の目に触れる可能性がある点や、施工業者に図面を提示した時点で公開されたとして、新規性や創作非容易性がないと判断される場合も想定されます。
しかし、すべての公開意匠を登録できないとするのは酷であり、産業の発展に寄与するとの意匠法の理念に反すると考えられることから、一定の条件をクリアする必要はありますが、先の公開によってその意匠の新規性は喪失しないものとして取り扱う規定を設けています(意匠の新規性喪失の例外規定、意匠法4条)
そこで、もしこのような公開にあたる状態になってしまった可能性がある場合には、新規性喪失の例外規定の適用をうけて出願すべき点に注意が必要です。
2.商標法による保護
(1)建築物
通常、建物のデザインそれ自体は識別力を有しないと判断されることが大半であるため、登録を認められている建物のデザインの多くは、特徴のある文字や図形を備えた建物となっています。
但し、建物のデザインそれ自体であっても、長年の使用により識別力を備えた建物のデザインは、立体商標としての保護が可能になります(商標法3条2項)。
なお、例外的に、際立って特異なデザインを有する建物が、使用による識別力の獲得を待たずに識別力有りとして登録が認められた例もあります。
【具体例】
①桜珈琲の店舗の立体商標(登録第5639617号、第43類)
(「桜珈琲」という文字や桜の図形あり)
②フジテレビ本社ビルの立体商標(登録第5751309号、第38類)
(特徴のある文字や図形なし)
(2)内装
装飾や家具、什器などの集合体としての内装のデザインについても、建物のデザインと考え方は同じであり、一般的に、内装のデザインそれ自体は識別力を有しないと判断されることが多く、長年の使用により識別力を備えた建物のデザインは、立体商標としての保護が可能になります(商標法3条2項)。
これまでに、内装のデザインについて、商標出願がなされたことはあるものの、登録が認められた例は見つけられませんでした。
【具体例】
商願2019-26659(第35類)
拒絶理由:縮尺が相違し、当該図の一端が切れているため、全体として、立体商標としての商標の構成及び態様を特定できない(商標法3条1項柱書)
【問題点】
従来、立体デザインの一部を登録したい場合に、例えば、出願対象となる部分を実線で描き、その他の部分を破線で描くなどといった方法が認められていませんでした。
また、内装のデザインなど、立体デザインの表現が切れてしまう場合は、立体商標としての構成・態様を具体的に特定できないとして登録が認められませんでした。
令和2年の商標法施行規則の改正によって、これらの問題がクリアされました。
すなわち、①商標登録を受けようとする部分と、それ以外の部分の描き分けが可能になり、「商標の詳細な説明」の欄にその旨の補足説明を記載することが可能になりました。
また、②内装のデザインのように立体商標の端が商標記載欄の枠により切れることがやむを得ない場合、「商標の詳細な説明」の記載により立体的形状の内部の構成を表示した立体商標である旨を明らかにすることにより、立体商標の構成及び態様が特定されていると判断されることになりました。(商標審査基準 商標法3条1項柱書)
立体商標として認められる例
(1)建物の一部
(2)内装
3.まとめ
従来、建物の外観や内装に係るデザインの模倣対策は、不正競争防止法や著作権法が中心となってきましたが、有効な手段として機能していたとは言い難い状況でした。今後は、意匠権や商標権による対応が、模倣対策の基本になっていくと思われます。
今回の改正は、経済産業省と特許庁が2018年に打ち出した『「デザイン経営」宣言』に端を発するものですが、今後は、建物の外観や内装のデザインも重要な経営資源としてとらえ、意匠と商標の両面で、ブランディングによる競争力の向上を検討していくべきです。