事例で学ぶ!民法(債権法)改正の実務 Q&A 事業債務の個人保証
民法のうち、債権法を改正する『民法の一部を改正する法律』(平成29年法律第44号)及び『民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律』(平成29年法律第45号)が令和2年4月1日から施行されています(民法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令〔平成29年政令第309号〕)。
改正された事項のうち、事業債務の個人保証については、改正前民法では規定がなかった保証意思宣(せん)明(めい)公正証書の作成が必要とされ、また、その作成を怠ると、保証契約が無効となってしまうため、是非とも、知っておきたい事項です。
そこで、本稿では、改正民法下における事業債務の個人保証について、Q&Aを用いて解説していくことといたします。
なお、『民法の一部を改正する法律』及び『民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律』による改正前の民法を『改正前民法」、改正後の民法を『改正民法』と表記します。
1.Q&A
Q:Xは、株式会社A(A社)の代表取締役で親戚でもあるBより、A社の資金繰りの悪化を理由に、300万円の貸付けを頼まれました。Xは、親戚であるBの頼みであるため、貸付けを断れませんでした。もっとも、A社の経営状況が悪く、B自身にも資産がないことから、300万円を返済してもらえるか不安がありました。そこで、Xは、B以外の者にも連帯保証人になってもらうことを条件に、貸付けを行うこととしました。Bは、連帯保証を高校時代の友人Yにお願いすることにしました(図1:本件契約関係図参照)。
Xは、Yと連帯保証契約を締結する際に、どのような点に注意すべきでしょうか。
〔図1:本件契約関係図〕
A:改正民法下では、会社の経営者以外の個人(Y)による会社の事業債務(300万円の貸金債務)の連帯保証契約は、契約締結日の前1か月以内に保証人の保証意思を明らかにする公正証書を作成しないと無効となる点に注意が必要です(改正民法465条の6第1項)。
2.解説
(1)改正の経緯
個人が中小企業の債務を保証するのは、個人的情義等に基づいて行われることが多いと言われています。また、保証人の中には、保証契約の際に保証債務の履行を現実に求められるか否かが不確定であることから、そのリスクを十分に理解せず、安易に保証契約を締結している者もいます。そして、中小企業が倒産すると、中小企業の債務を保証した個人の生活も破綻してしまうことになります。
そのため、個人が安易に事業債務を保証しないようにすることが求められていました。
(2)改正民法の概要
ア 保証意思宣明公正証書の作成
改正民法においては、個人が公証人による保証意思確認手続を経ないで、事業のために負担した貸金等債務の保証契約を締結した場合には、無効とされることになりました(改正民法465条の6第1項)。
Qにおいても、XがYと連帯保証契約を締結する際には、保証意思宣明公正証書の作成が必要となります。
保証意思宣明公正証書の作成手続は、以下の〔表1:保証意思宣明公正証書の作成手続〕記載のとおりです。
〔表1:保証意思宣明公正証書の作成手続〕
嘱託人 | 本人のみで、代理人は不可(改正民法465条の6第2項) |
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作成時期 | 保証契約締結日前の1か月以内(改正民法465条の6第1項) |
作成場所 | 原則として公証役場(公証人法18条2項本文) 例外的に公証役場以外(公証人法18条2項ただし書) |
保証意思の確認 | 公証人による保証意思の確認 |
保証人の申述 | 法定事項を口頭で述べる 根保証契約以外の場合(改正民法465条の6第2項1号イ)
根保証契約の場合(改正民法465条の6第2項1号ロ)
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公証人の筆記等 | 公証人は、保証人になろうとする者の口述を筆記し、保証人になろうとする者に読み聞かせ、又は閲覧させる(改正民法465条の6第2項2号) |
署名・押印 | 保証人と公証人の署名・押印(改正民法465条の6第2項3号4号) |
手数料 | 保証契約1件につき、1万1000円(公証人手数料令(平成5年政令第224号) 第9条、第16条及び別表参照) |
なお、保証意思宣明公正証書は、保証契約自体を内容とするものではないことから、保証契約の締結は別途必要となります。
また、保証意思の確認事項は、以下の〔表2:保証意思の確認事項〕記載のとおりです。
〔表2:保証意思の確認事項〕
リスク内容 | 単に保証契約の法的意味ではなく、保証人自身が保証債務を負うことによって直面しうる具体的不利益[4] Ex 住居用不動産の強制執行による生活の本拠喪失 Ex 給与や預金の差押えによる生活維持の困難 |
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主債務者の資力等 | 主債務者の財産状況[5] *改正民法においては、主債務者の保証人に対する情報提供義務(改正民法465条の10) |
経緯 | 保証人になろうと決断した経緯[6] Ex 債権者や主債務者から強く保証人になることを求められた |
保証人になろうとする者の保証意思が確認できない場合、公証人は、公証人法26条に基づき、公正証書の作成を拒否しなければなりません[7]。
なお、保証意思宣明公正証書作成における公証事務の取扱いについては、『民法の一部を改正する法律の施行に伴う公証事務の取扱いについて(通達)』[8] が発出されています。
「事業のために負担した貸金等債務」とは、借主が借り入れた金銭等を自らの事業に用いるために負担した貸金等金銭等のことをいい、例えば、工場建設費用や原材料購入のための借り入れのために負担した貸金債務が該当します[9]。
事業性の判断の基準時は、借主が貸金等債務を負担した時点となり、事後的に、事業資金以外に使用しても、事業性は肯定されることとなります[10]。
イ 経営者保証の例外
事業債務の個人保証につき、会社経営者である個人にまで一律に公正証書を必要とすると、手続が厳格すぎることとなります。会社経営者やそれに準じる者は、保証のリスクを十分に把握していることが多いといえます。
そこで、事業のために負担した貸金等債務の保証であっても、会社の経営者が会社の事業債務の個人保証をする場合(いわゆる経営者保証)には、公正証書の作成は不要とされています(改正民法465条の9)。
Qにおいても、XがBと連帯保証契約を締結する際には、保証意思宣明公正証書の作成が不要となります。
保証意思宣明公正証書の作成が不要となる場合は、以下の〔表3:経営者保証等の例外〕記載の通りです。
〔表3:経営者保証等の例外〕
主たる債務者が法人である場合 | 主たる債務者の理事、取締役、執行役又はこれらに準ずる者 |
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主たる債務者が株式会社の場合 | 株式会社の株式の過半数を有する者等 *総株主の議決権の過半数を直接又は間接に有するかで形式的に判断 |
主たる債務者が株式会社以外の法人の場合 | 株式会社の場合における総株主の議決権の過半数を直接又は間接に有する者に準じる者 |
主たる債務者が個人の場合 | ①主たる債務者と共同して事業を行う者 ②事業に現に従事している主たる債務者の配偶者 |
主たる債務者が個人である場合おいて、①主たる債務者と共同して事業を行う者は、組合契約での事業などを想定し、事業承継予定者は、それだけでは該当しません[11]。
また、②事業に現に従事している主たる債務者の配偶者については、個人事業主が行う事業に実際に従事している必要があり、書面上だけや一時的に従事だけでは該当しないことになります[12]。
3.実務上の留意点
改正民法により、個人に、事業のために負担した貸金等債務の保証契約を締結させる場合には、保証契約締結前の1か月以内に、保証意思宣明公正証書を作成しないと、保証契約が無効となる点に要注意です。
また、改正民法の施行日より前に締結された保証契約が施行日後に当事者間の合意によって更新された場合には、事業債務の個人保証に関する改正民法の規定が適用される点にも注意が必要です[13]。
以上
脚注
1. 笹井朋昭ほか「保証意思宣明公正証書の作成に関する法務省民事局長通達の解説」金法2123号(2019年)8頁
2. 笹井・前掲(注1)8頁
3. 笹井・前掲(注1)8頁
4. 筒井健夫・村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務、2018年)145頁
5. 筒井・前掲(注4)145頁
6.筒井・前掲(注4)146頁
7.筒井・前掲(注4)146頁
8. 法務省ウェブサイト http://www.moj.go.jp/content/001301748.pdf(最終閲覧:令和3年1月20日)
9.筒井・前掲(注4)147頁
10.筒井・前掲(注4)147頁
11.筒井・前掲(注4)152頁
12.筒井・前掲(注4)152頁
13.筒井健夫ほか『Q&A 改正債権法と保証実務』(金融財政事情研究会、2019年)169頁