指示待ち部下との向き合い方 前編:何を期待するべきなのか?〜プロアクティブ行動の観点から〜
最先端の経営理論から学ぶマネジメント
今後起こり得る事態を想定し、対応策を実践していくプロアクティブ行動の観点は、社員のエンゲージメント向上や組織の生産性アップに有効です。
自ら行動してくれない「指示待ち部下」に対して、自主的な行動を促すのは容易なことではないかもしれません。
しかし、向き合い方を少し変えるだけで、思わぬ発見につながる可能性もあるのです。
この記事では、プロアクティブ行動のパターンを6つに分けて解説します。
プロアクティブ行動を実践する際には、まず、どのような行動が組織のパフォーマンス向上につながるのかを明確にイメージしましょう。
ただし、取り組みが部下の精神的な負担にならないよう、配慮することも大切です。
1:はじめに
新型コロナの問題が発生してから、皆さんの職場でも大きな影響が出ていることと思います。感染症による変化への対応だけでなく、職場が既に抱えていた問題が様々な形で顕在化してきているケースも多いとは思いますが、その中でも上司と部下の間のコミュニケーション問題は永遠の課題として多くの方が大なり小なり頭を悩ませている問題なのではないでしょうか。
少子高齢化の問題が叫ばれるようになってから久しいですが、総務省の統計によると人本の生産年齢人口は1995年にピークを迎えており、今日(2021年)の段階で既にピーク時から1000万人以上減っています。
こうした状況はすでに人手不足問題として多くの企業を直撃しており、肌で感じるところも多いのではないでしょうか。今後ますます生産年齢人口は減少していきますので、それを踏まえると企業が日本国内で優秀な人材を確保するのはますます難しくなっていくでしょう。その意味で、今まで以上に採用する人材の採用時点での質を維持することが難しくなることは、ほぼ確実に訪れる現実として覚悟しなくてはいけないのかもしれません。
もちろん、人材の質というだけであれば採用後の企業努力によって対処できる余地は十分にありますので、あくまで採用時点の話です。
このような社会的状況と見通しと照らし合わせて考えてみると、様々な形で企業として手を打っていかなくてはならないことがわかります。
「最近の若い奴は…」と愚痴の一つも言いたくなる気持ちは良くわかりますし愚痴を言うくらいは許されると思いますが、構造的に訪れている(しかも悪化していく)現実に対してどのように手を打つべきなのか、今まで以上に知恵を絞らなくてはいけない時代が来ているといえるでしょう。
こうした問題意識に基づいて、「言われたことしかやらない受け身のタイプ」、いわゆる「指示待ち部下」の扱いについて理解を深めていきたいと思います。業界や職種によって程度は様々かと思いますが、一般論としては「自分で適切に判断して行動できる部下」というのは望ましい人材像といえるのではないでしょうか。
実際に経営学でもそうした自律的な人材は望ましい性質として捉えられており、研究もされているところです。そこで、今回はそうした自分で判断して行動できる人材像について、経営学の世界で語られている研究結果を基にしながら解説させていただきます。
2:指示待ち部下に期待すべきこと 〜プロアクティブ(能動的)行動の視点から〜
指示待ち部下への対処法というのが今回テーマではありますが、「指示待ちではない状態」とはどのようなことか、ということをもう少し明確にしておきたいと思います。ここでは指示待ちに対して主体的に動いてくれる部下の行動を「プロアクティブ(能動的)行動」という観点から読み解いていきたいと思います。
プロアクティブ行動というのは能動的・自律的な行動全般を指す言葉です。
いわゆる「指示待ち」というタイプの人物は、このプロアクティブ行動がとれていない、という風に理解することができるでしょう。とはいえ、プロアクティブ行動という言葉自体は少し抽象的なので、もう少し具体的なイメージで説明していきます。
この領域で有名なクラント(Crant)という研究者は、プロアクティブ行動を
「機会を見つけて改善する」
「現状の変更を試みる」
「望ましい状況を作り出す」
という3つの一般行動パターンに見出すことができると考えました。
そのうえで、より具体的な行動パターンとして6つに分類しています。
プロアクティブ行動のパターン |
内容 |
職場適応 |
関係構築や思考・行動パターンの適応 |
フィードバックを求める |
必要な情報を自分から求めていく |
提案行動 |
課題に対して自発的に提案していく |
イノベーション行動 |
必要な変化を主体的に生み出していく |
自律的なキャリア・マネジメント |
自分のキャリアに必要な能力やネットワークを構築できる |
ストレスへの対処 |
困難な状況で自分のメンタルを管理できる |
それは、
1 「職場適応」
2 「フィードバックを求めること」
3 「提案すること」
4 「イノベーションを起こすこと」
5 「自分のキャリアを管理できること」
6 「ストレスへの適切な対応ができること」
というものです。どれも現代社会を生きるうえで重要な行動と言えるのではないでしょうか。
その意味で、プロアクティブ行動は現代企業に求められる行動様式を色濃く反映したものであると理解できるかと思います。
ここからは6つの具体的な行動パターンについては説明していく中で、「指示待ち部下に期待すべきこと」を明確にしておきたいと思います。
1 「職場適応」
まず、職場適応は学問的には「社会化(socialization)」と呼ばれる現象です。
外国など遠方への引っ越しや転職など環境が大きく変わるとしばしばルールの違いや価値観の異なる場面に出くわすことは大なり小なり誰しも経験のあることかと思います。その時に、かつての環境と今の環境の「違い」に対する向き合い方、というのは個人差が出てくるものです。
転職や新卒での就職で以前と異なる環境置かれた時に、価値観を含めて積極的に環境に溶け込もうとするのか以前の状態を維持しようとするのか、それとも周囲がお膳立てしてくれたら消極的に適応するのか…。
プロアクティブ行動としての職場適応は、自分から積極的に新しい環境に適応しようとする姿勢や行動様式を指すものです。この職場適応には、積極的な関係構築なども含まれています。
2 「フィードバックを求めること」
2つ目のフィードバックを求めることは、学問的にはフィードバック・シーキング(feedback seeking)という行動様式です。
これは、もう少し幅広くインフォメーション・シーキング(information seeking)と呼ばれることもあります。
私のように教育機関で働いていると顕著に感じるのですが、本当に伸びる学生というのは自分が授業でプレゼンテーションや課題の提出をした際に自分から「どこを改善したら良いか?」という質問をしてきます。当然、ある程度は事前にフィードバックをしているのですが、更に突っ込んで自分が何を意図してプレゼンを構成したのか説明し、そのねらいは適切だったか、など深く学びを得ようとします。
職場でも自分に必要な情報を自分から取りに行く姿勢というのは成長や仕事上の成果をあげる成果を上げるために大事なことといえるでしょう。
3 「提案すること」
3つ目の課題などの提案行動ですが、これは学問的にはイシュー・セリング(issue selling)と呼ばれるものです。
先ほどのフィードバックを求める行動と比べるとかなり複雑になってきますが、部下から建設的な提案や情報提供がもたらされることは組織にとって一般的に好ましいことだといえるでしょう。
このテーマは私が研究しているメインテーマの1つなので語りたいことは沢山あるのですが、詳しく語ると長くなりそうなので別の機会にさせて頂こうと思います。
4 「イノベーションを起こすこと」
4つ目のイノベーションを起こす、というのはここまでの話に比べると抽象的な行動パターンかもしれません。
これは一般的な行動パターンでも触れたような現状をポジティブに変化させるよう働きかけるような思考・行動パターン全般を指すものと理解しておくと良いでしょう。
5 「自分のキャリアを管理できること」
5つ目のキャリア・マネジメントですが、会社の内外でのキャリアの築き方に対して自己管理できるということは、自己研鑽など自発的な学びの促進などポジティブに捉えることが経営学では一般的です。
上司としてはキャリア上の自我が強くなることに対して煩わしさを覚えたり、人材の定着に関するリスクと捉えることもあるかもしれませんが、世の中の方向性としては会社だけでなく個人もキャリアに責任を持ち研鑽に励むということを推奨していく流れはますます加速していくでしょう。
6 「ストレスへの適切な対応ができること」
6つ目のストレスへの対処ですが、これは困難な状況に対してポジティブな解釈ができるなど、自分の状況を捉える認知的な能力としても捉えられることが多い項目です。
職場のメンタルヘルスなどの問題は厚生労働省も近年明確に求めるようになってきましたが、困難な状況に置かれても自分なりにその状況を打開することの意義が自分の力で見出だせるということは現代のビジネスパーソンにとって重要な能力なのかもしれません。
上記で特定のプロアクティブ行動として6つ挙げてみましたが、各々の項目で性質は異なってきます。
例えば、フィードバックを求めることと提案行動を比較した場合、両者で必要となる知識や能力は提案行動の方が複雑になるでしょう。そのため全てを同列で扱うことは実務的には適切ではないかと思いますが、これらの行動がプロアクティブ行動という1つの概念に紐づく共通性を持っている、と考えられています。
3:おわりに 〜期待する行動を明確に〜
今回は指示待ち部下のメカニズムを理解するためのプロアクティブ行動とはどのようなものか、という点について解説させて頂きました。
ここで大事なことは、「指示待ち部下に対して期待する行動パターンを具体的にイメージしておく」ということです。ここが曖昧なままだと、相手の側も何をするべきなのか困ってしまうかもしれません。そのため、ある程度抽象的でも良いので、求めている行動パターンは明確にイメージしておく必要があるでしょう。
次回は、ここまで紹介してきたようなプロアクティブな行動が生まれやすくなる要因―生まれにくくなる要因について解説していきます。そのうえで、上司として何をすべきなのか考えていくこととしましょう。