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「持続可能な経営」(Sustainable Development Management)を目指して!―その③―

著者:高岡法科大学 教授  石川啓雅

「持続可能な経営」(Sustainable Development Management)を目指して!―その③―

「持続可能な経営」とコンプライアンス(法令順守)

先日、勤務先で企画した企業経営者向けセミナーの営業のため、地元のある企業を訪問した。地元商店街の活性化を担う会社だ。バブル期に駐車場や商業ビル建設の受け皿となり、その後、施設の運営管理を引き受け、現在に至っている。同社が地域活性化の旗振役をしている商店街にセミナー会場が位置している関係から、PRに行ったという次第である。

セミナーは中小企業経営者向けということで、「持続可能な経営」をテーマにして、事業に関連するコンプライアンス(法令遵守)の仕組みをどうつくったらいいのか、あるいは企業規模を問わずCSR(企業の社会的責任)がますます問われるようになっている状況を踏まえて、法律が要求するものを、企業理念や企業の内規(内部ルール)、関係者の行動にどのように落とし込んでいくのかを狙いとした。コンプライアンス違反が引き金になって業績が傾き、倒産に至る企業が増えている、あるいはそうしたリスクが高まっているという動きを踏まえてのものである。

で、企画の趣旨を説明した際に、次のような指摘を受けた。


ある企業経営者からの指摘―想定外のリプライ―

「そもそも、企業理念とルールの話はちがうんじゃないか」


企業不祥事の多くはコンプライアンス違反の問題が関係しているのだが、そこには「(世間に対して)掲げていることとやっていることが違う」という企業理念と行動の不一致に関わる問題も含まれる。だからこそ、コンプライアンス、企業理念、企業理念を実行に移すための内部のルールを三位一体として捉え、それを一緒に考えましょうと提案をしたつもりであったが、「想定外」の打ち返しを食らってしまった。
「常識」として伝わるものと思っていたので、企画の説明に当たった同僚と思わず目を合わせてしまった。

この会社の経営者はどこかで経営学を教えているらしいのだが、企業経営に関する書物には、「そんなことは書かれていない」のだという。

そして、企業理念に関係するものは「人文学で取扱う類」の話であって、そこに法律やルールの話を持ち込むのはいかがなものかというのだ。企業理念の実現は職場での「共同性」や「一体感」により担保されるのであって、将来の企業人である若者も含む従業員に対する「教育」の問題であり、ルールとは関係ないのだという。さらには、企業理念やコンプライアンスのようなものは「定量的な目標」として掲げることができないので、マネジメントの範疇ではないのだという指摘も受けた。


アタシが変なのか…―苦悩する専門家―

セミナーへの参加を依頼しに行った手前、議論するわけにもいかないので、這々の体で引き上げてきた。

建物を出た後に、心を鎮めるために喫茶店に入ったのだが、あまりにも「想定外」だったのでショックを受け、飲み物を注文するのも忘れてしまった。

「アタシが変なのかな~」


説明に当たった同僚が言い出した(同僚は女性)。

同僚曰く、どこの会社でも「社是社訓」というのがあって、それは額に飾って収まっているものではなく、経営者も含む従業員の行動を律するものとしてあるべきはずのものだ。

それは、法律のように強行規定を伴うものではなくとも、明確な文書のような形でルール化されていなくとも、関係者の行動のなかにコードとして埋め込まれているし、埋め込まれていなければならないはずのものである。これを可視化して、法律と突き合わせながら、実効性ある仕組みをつくりましょうという話なのに、なぜ、それが伝わらないと…


コンプライアンスの重要性-大きく増えた法令違反絡みの倒産-

しかしながら、そもそもニーズがなかったということも考えられ、企業経営者の問題意識や関心とミスマッチを引き起こしていたことも考えられる。
そこで、帝国データバンクが公表している資料(「コンプライアンス違反企業の動向調査」)から、コンプライアンスが原因による倒産件数を拾ってみた。

直近数年は減少傾向にあるとはいえ、昔に比べると随分多いことがわかった(図)。

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同社がこの数字を取りまとめ始めた思われる2005年の件数と直近2020年を比較してみると、72件に対して182件であるから2倍以上の数である。表出は略するが、内訳を確認すると、粉飾、業法違反、資金使途不正、雇用にかかわる違反が四大事案である。最近では、雇用に関係する違反が増えているのが特徴である。過労死のような労働安全衛生義務違反によるものを反映しているのかもしれない。

いずれにしても、企業経営にとって、コンプライアンスに関わる問題のウェイトが非常に大きく、しかも身近になっていることを物語る数字だ。
こうした状況にあるのにもかかわらず、正確にセミナーの必要性を説明できなかったのは、筆者らの力量不足にあったことは否めない。
大いに反省させられる出来事であった。


余談

ちなみに、営業に出向いた先の企業は半官半民の第三セクターの会社で、行政からの損失補填で問題になっていることを後から知った。年度末に資金の出入りを操作して債務超過を「偽装」していたということらしい。


会社が「持続可能である」ためには、コンプライアンスは企業業績と密接に関係しており、「知らなかったではすまされない時代」になりつつあることを付け加えておきたい。中身の詳細まで把握できなくとも、アンテナを張り、他人の意見に真摯に耳を傾ける柔軟さが求められる。

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著者プロフィール

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石川啓雅

高岡法科大学 教授

岐阜大学大学院連合農学研究科修了。建設コンサルタント会社勤務を経て大学教員へ。専門は経済学。中小酒造業を中心に地域産業の活性化に関する研究を行っている。

著書に、「ワークショップ・エコノミーの経済学―小規模酒造業の経営分析―」高岡法科大学紀要32号(2021年)、「現代地方中小酒造業における生産・労働に関するモノグラフ―ワークショップ・エコノミー論序説―」高岡法学39号(2020年)等。

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