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支援を獲得するためのコミュニケーション戦略について考える

支援を獲得するためのコミュニケーション戦略について考える

組織で生きている限り、周囲の人々から支援を受けながら仕事をすることの重要性は、誰しも感じるところかと思います。

部下の立場であれば、上司や仲間からの支援を必要とする場面は日常的にあるでしょうし、上司やトップ・マネジメントの立場であっても、他部門や他社、顧客などからの支援を受けながら仕事を進めていくということは、もはや日常の一部でしょう。

今回は、そうした日常的に必要となる、他者からの支援を獲得するためのコミュニケーション戦略について、経営学の観点から考えてみたいと思います。


この記事の著者
  日本大学商学部 准教授/Human Academy Business School MBAコース教授 

1:イシュー・セリングとは何か?

今回取り扱うコンセプトは、「イシュー・セリング(issue selling)」という言葉です。イシュー・セリングとは直訳すると、「課題(イシュー)の売り込み(セリング)」となります。つまり、自分が大事だと考えている課題や問題意識を相手にも共有してもらうためのコミュニケーション戦略ということになります。売り込み(selling)ということなので、交渉的な側面も全くない訳ではありませんが、基本的には仲間づくりのコミュニケーション戦略という色合いが濃い考え方です。このコミュニケーション戦略については、最も顕著に現れるのが何かを提案する場面ではないでしょうか。そのため、イシュー・セリングという言葉でイメージしづらければ、提案をしている状況…と捉えて頂いても問題ありません。

このイシュー・セリングというのは元々、ミドル・マネジャーがトップ・マネジメントを動かすために用いる戦術を理解するための研究としてミシガン大学のダットン(Dutton)とアシュフォード(Ashford)が1993年に提唱して始まりました。いわば、上司を動かすためのコミュニケーション戦略というのが始まりです。このイシュー・セリングの研究では初期から一貫して、組織を変えるのはトップ・マネジメントかもしれないが、トップの考えに多くのミドルがコミュニケーションを通じて影響を与えている…という考えに根ざしています。言い換えると、ボトムアップ型の組織変革プロセスを説明するために生まれた研究です。トップ(上司でも良いですが)は自分で物事を判断する機会が多いと思いますが、その判断は周囲の人間に影響を受けながら行われているはずです。一般的に経営学では上司や株主、顧客といった自分より立場が上の人達からの影響を中心に考えることが多いですが、このイシュー・セリング研究では、トップの判断は部下からも影響を受けている、という側面を描いている割と異質な研究です。


2:効果的なイシュー・セリングのために必要なこと

もう少し具体的に考えてみましょう。イシュー・セリングの提唱者であるミシガン大学のダットンらのグループでは、では戦略的な構成要素を「(イシューの)ストーリー」、「仲間づくり」、「プロセス」、「タイミング」の4つの切り口で考えています。今回は私の研究も踏まえたうえで「当事者の権力基盤」という5つ目の切り口を考慮したうえでお話しを進めさせていただきます。(図表参照)。

イシューのストーリーは、やはり相手が望む文脈に沿ってイシューを提案するストーリーを作ってあげることが大事ということを意味しています。人間というのは立場が違えば考えていることは違うものであり、自分が考えていることを自分と同じ文脈で他人に共有してもらうことは困難です。そのため、例えば自分が提案したい案件を上司の望んでいる案件と関連づけてみるなど、相手の立場・文脈に沿った提案理由や提案内容のストーリーになっていることが大事になります。

仲間づくりについては、「誰を」、「どのくらいの数」という視点で考える必要があります。基本的には提案相手の人間関係におけるパワー・バランスを考えながら詰めていく必要があるといえるでしょう。理想的には、提案相手が信用している人物を味方につけておく…などといった戦術的な側面について検討することを考えています。仲間がどの程度キーマン足り得るのか、という視点と同時にどの程度の人数を味方につけているのか、という点も重要です。例え部下や後輩の意見であっても、大勢の味方がついていれば上司も無視できなくなってきますし、そういった仲間作りについて考える視点が重要となってきます。さらに、この仲間づくりという視点は提案などのイシュー・セリング行動をとっている時だけではなく、日頃の行動が影響を及ぼしてきます。イシュー・セリングを行う人物自身が日頃から周囲からの信頼を得ているかどうか、またイシュー・セリングを行いたいという対象がどのような人間関係にあるのか情報収集をしているか、など日常的な行動が重要になってきます。

プロセスについては、単純に段取りの組み方、と理解して頂くのが良いかもしれません。例えば公式な手続きによって上司などにアピールしていくのか、それとも飲み会など非公式な場で行うのが良いか、提案は文書にした方が良いか…などです。これについては会社によっても個人によっても相性が異なるところがあるので、一般論として「こうするべきだ!」とは申し上げられないのですが、案件や相手に応じて個別に考えるべきポイントです。

タイミングについては、イシュー・セリング研究でも非常に重要な要素として認識されています。誰しも経験があるかと思いますが、適切な提案だったとしても適切なタイミングで行われなければ、上手くいかないことも多いものです。適切なタイミングを逃してしまったためにイシュー・セリングが上手くいかなかった、という調査結果は提唱者であるダットンらの学術研究の中でも示されています。

最後に挙げた当事者の権力基盤についてですが、これは提案でいうならば、提案の成否は”誰が”提案するかでかなりの部分が決まっている、という考え方を説明するものです。ここでいう権力基盤は、上司―部下などのように必ずしも役職関係に基づくものとは限りません。その分野には精通していると社内で信用を得ていることや、人間関係や所属部署など、様々な理由が考えられます。いずれにせよ、イシュー・セリングを担う主体、例えば提案者が既に影響力を持つような人材であるかどうかは非常に重要なポイントでしょう。


3:おわりに

今回は、イシュー・セリングという観点から周囲から支援を獲得するために気をつけておくべきポイントを5つの切り口で整理しました。今回はイシュー・セリングという概念が元々想定している「部下から上司へ」というイメージを踏襲してお話しましたが、この構図は単に上司―部下の間だけでなく、他部署や社外の人達が相手であっても基本的には当てはまるはずです。そのため、部下だけが知っておくべきということではなく、立場が上の方々にも知っておいていただくと参考になることもあるのではないでしょうか。

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著者プロフィール

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黒澤 壮史

日本大学商学部 准教授/Human Academy Business School MBAコース教授

黒澤 壮史(くろさわ まさし)

早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得後、早稲田大学商学学術院(助手)、
山梨学院大学(専任講師・准教授)、神戸学院大学(准教授)を経て現在に至る。
研究の専門は組織変革、戦略形成など。
著作としては「労働生産性から考える働き方改革の方向性-現場の意味世界の重要性-」(分担執筆、山田真茂留編:グローバル現代社会論)、
「ストーリーテリングのリーダーシップ(デニング著;分担翻訳)」、「想定外のマネジメント 高信頼性組織とはなにか(ワイク&サトクリフ著;分担翻訳)」など。

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