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「持続可能な経営」(Sustainable Management)を目指して!―その⑧―

著者:高岡法科大学 教授  石川啓雅

「持続可能な経営」(Sustainable Management)を目指して!―その⑧―

コロナと小規模・個人経営の飲食店

ようやく出口が見えたかと思った矢先に、コロナウイルスの新しい変異株が発見され、事態は一筋縄ではいかないことを改めて痛感させられる(2021年12月末時点)。

収束に向かいはじめ、警戒しながらとはいえ飲食店の営業も再開され、明るいニュースが増えていただけに、がっくりさせられる。

ところで、コロナウイルス感染症の世界的拡大で最も打撃を受けた業種は何かといえば、宿泊・飲食サービス業だというのは言うまでもないだろう。

外出自粛やらリモートワークやらで出歩かなくなり、人と会う機会も減った分、外での飲み食いの機会も減るということであるから当然ではある。筆者の住んでいる地方都市も、もともと人通りが多いとは言えない状況であったものの、週末にはそれなりにあった賑わいも消え、時折出入りしていた立ち呑み屋もなくなってしまった。

今回のコロナ騒動で打撃を受けたと言われる飲食店は個人経営を含む小規模経営が多いとされる。そこで、今回は、飲食店、とりわけ小規模・個人経営のそれを考えてみたい。

飲食店というのは、単なる食事やお酒を提供する場ではなくて、人が集う場を提供し、その場に彩を与えるとともに、「街の顔」ともいうべきものを形づくっている。

「街の顔」や雰囲気は、居酒屋チェーン店のような大企業の店舗だけでつくられているわけではなく、個人経営も含む小規模な店も入り交じることによって成り立っている。

その意味では、「まちづくり」という観点からも、個人が経営する店がいかなる存在なのかを問わないわけにはいかない。


マーケットの競争的性格と苦しい資金繰り-飲食店経営の現実-

それでは、個人経営なり小規模経営が多い飲食店経営にはどのような特徴があるのだろうか?帝国データバンク情報部『コロナ倒産の真相』(日経BP、2021.5)によると、次のような点が指摘されている。

第一に、「店舗数が多くて競争が峻烈」である。

同書によると、飲食店は142.5万施設もあり、提供する飲食物やターゲット層のちがいから様々な業態があるものの、「食べる、飲むを目的とした場所という共通点」を有している以上、相互に競争関係にあるという。経済学的にいえば、プレイヤーが多く、完全競争に近い状態にあるというところだろうか。

第二に、「資金繰りが厳しい」である。

飲食店は、小規模な店舗であれば、食品衛生者責任者の資格取得と資金さえ準備できれば事業を始めることができるが故に、資金繰りに厳しい店が個人経営を中心にして多く、客足が落ちればただちに営業困難になるところが多いのだという。

したがって、コロナ前からもともと倒産件数が多く、イレギュラーなことが起こると、事業停止や倒産に至る確率が高いとされる。


欠損・低収益企業が多い飲食店-「個人企業経済調査」(総務省)からみえてくるもの-

ところで、下記表は、総務省『個人企業経済調査』(2020)から作成したもので、産業別及び宿泊業・飲食サービス業の従事者規模別でみた営業利益率企業分布(割合)を示したものである。ある。

これをみると、宿泊業・飲食サービス業における欠損(赤字)若しくは低収益(0%~10%)企業割合は他産業に比べて高いことがわかる。

全産業33.1%に比べて、44.5%であり、細分類でみても宿泊業が50.7%、飲食サービス業43.9%とかなり高い。

ここでの営業利益には「家族従業員の有給給与」が含まれるため、実態としてはこれ以上の数字になるはずで、調査対象企業の半分近くが欠損・低収益企業である。欠損はともかく、営業利益率が0~10%未満ということは、売上の僅かな変動で即赤字企業に転落することを意味している。

もちろん、営業経費のなかには減価償却費のような「見なし費用」が多少含まれるので、売上の減少に対する耐性は多少あるのだろうが、小規模な個人経営にとっては微々たるものでしかない。

以上のことから、飲食店は売上の僅かな変動が収益の減へとつながりやすい。同調査では「事業経営上の問題点」に対する調査も行われているが、主な問題点として指摘されているのは「需要の停滞(売上の停滞・減少)」である。

したがって、宿泊業も含めて飲食店経営にとって最大の課題は実は「生産性向上」ではないのかもしれない。

ところで、表からはもうひとつ興味深い事実が浮かび上がる。

「雇用あり」の個人企業になると、欠損・低収益企業の割合が低下する。

事業主のみ、事業主+家族従事者(無給)の場合半分以上の企業が欠損・低収益なのに対して、雇用ありの場合は38.7%と低い。しかも欠損企業の割合が大きく低下する。

この理由は、人が増えることによって生産性が上がるためではないか。紙幅の関係上省略せざるを得ないが、「雇用あり」経営になると、仮に雇用が1人であっても売上が大きく増える。

これには2つの要因が考えられよう。

ひとつは、一般的は話で、前回コラムでも触れた「分業の利益」が発揮されることによる。1人だと1人分の仕事しかできないが、2人だと3人分の仕事が可能になる。

もうひとつは、飲食店特有の事情が関係しているのだと思われる。非物的生産であるが故に作業をなかなか機械で置き換えることができないからではないか。

もちろん、券売機による食券販売、タブレットによる発注システム、配ぜんロボットのようなものもあるので、作業を機械に置き換えられないということはない。やろうと思えば無人のレストランのようなものも可能であろう。実際に、人手不足をどうするかという課題に関わってその類の話が少なくない。が、そうした議論には肝心の話が抜けている。いずれにせよカネがかかるのである。

しかも、これらの機械は汎用性、拡張性のあるものではない。次々に機能が付け加わり、驚くほどの速さで進化し、導入した機械やシステムはあっという間に陳腐化する。したがって、人を雇った方が小規模経営にとっては費用対効果がある。

これを人的投資と呼ぶかどうかどうかは別にして、この事実を我々は一度冷静に見つめ直す必要がある。


DX(デジタル・トランスフォーメーション)と小規模企業

費用対効果と言えばこんな話を聞いた。

DX(デジタルトランスフォーメーション)が遅れているとかで、EDIシステムの導入だの電子決済システムだのいろいろ言われているが、資金繰りの苦しい飲食店のなかには、日々の現金収入をもって仕入を含めて様々な支払いに当てているところが少なくなく、電子決済サービスのようなものを導入すると、逆に資金繰りに困るところが出てくるのではないかというような話である。

経営の立ち遅れと行ってしまえば身もふたもないが、これが現実であろう。

賃上げした企業に対する減税支援もそうだが、現実を無視して方向性や課題を並べ立てても事態の改善には程遠いと考えるのは筆者だけであろうか?


「生産性の向上」の成果は「時間」というリソースをいかに生み出すかに求めるべき!

最後に、生産性の問題にひとつ言及しておきたい。

先ほど、飲食店経営にとっての最大の課題は「生産性の向上」でないのかもしれないと述べた。飲食店も含めて、個人企業や小規模経営にとって重要な問題は売上の確保である。

その意味では、中小企業における生産性向上とは、売上につながるような取組みを可能にする時間をいかに創り出すかというものでなければならない。マーケティングに対する取組みでも、新しいビジネスモデルの開発でも、新製品や新技術の研究開発でもかまわないが、とにかくそのための時間というリソースをいかに創り出すかが重要である。

したがって、「生産性の向上」という課題は一度収益と切り離して考えてみる必要があるのではないか。アイデアは生み出すための「ゆとり」(自由時間)の創出が求められている。

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著者プロフィール

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石川啓雅

高岡法科大学 教授

岐阜大学大学院連合農学研究科修了。建設コンサルタント会社勤務を経て大学教員へ。専門は経済学。中小酒造業を中心に地域産業の活性化に関する研究を行っている。

著書に、「ワークショップ・エコノミーの経済学―小規模酒造業の経営分析―」高岡法科大学紀要32号(2021年)、「現代地方中小酒造業における生産・労働に関するモノグラフ―ワークショップ・エコノミー論序説―」高岡法学39号(2020年)等。

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