はじめての事業計画書作成! ビジネスモデルってなに?(書店編)
さっそくですが、“書店のビジネスモデル”というと、どんなことをイメージするでしょうか?一般的な小売店と同じということもできるでしょうし、「本だけは特別!」と感じる本好きの人もいるでしょう。また、コンビニで目についたときに買うお気軽派の人もいれば、書名を調べてアマゾンで買う人、メルカリで買って読み終わったらすぐに転売する人もいるでしょう。こうして考えてみると、同じ書籍・雑誌を入手するにもいろいろな方法があり、品ぞろえ、使い方などたくさんの価値があることが分かります。つまり、ビジネスモデルとは、取り扱う商品で決まるのではなく、その提供価値で決まるということがお分かりいただけるのではないでしょうか?
1. 提供価値とは
“提供価値”という言葉をご存じでしょうか?ビジネス、特にマーケティングや商品・サービス開発などの仕事に携わっている方以外には、耳慣れない言葉だと思います。その証拠にウィキペディアにも掲載がありません。英語ではバリュープロポジション(Value Proposition)といい、簡単にいうと企業や組織が、顧客や組織外の関係者に対して提供する「独自の価値」のことです。大きく分けて、機能的価値と情緒的価値の二つの要素から構成されています。これら二つの側面の組み合わせによってその独自性を高めることにつながり、差別化要素を生み出す原動力となっています。
(1)機能的価値と情緒的価値
さらに、聞き慣れない言葉が出てきました。“機能的価値と情緒的価値”、漢字からなんとなくお分かりいただけると思いますが、それぞれ次のような意味があります。
機能的価値とは、その製品やサービスのスペックや機能が提供してくれる価値であり、利便性や快適性などが代表的なものになります。例えば書籍で説明すると、中に書かれている情報だったり、感動的な物語だったり、読みやすさや持ち運びやすさなどが機能的価値といえそうです。
一方で、情緒的価値とは、その製品やサービスから受ける印象や、対価を支払って利用することによって変化する気持ちや受け取るインスピレーションなどに対する価値といえそうです。書籍で説明すると、装丁のデザインや紙質、サイズ、その本を読むことで周りの人に与える影響などです。情緒的価値が変更されたり、あるいはなくなったりしても、製品の使用や機能、利便性そのものには影響はありません。古典的な純文学に少年漫画のような表紙デザインを施しても、名作の作品性が変化することはありません(読む前段階で心境の変化はありそうですが・・・)。
(2)情緒的価値が差別化のポイント
昔話になりますが、1987年に出版された村上春樹の『ノルウェイの森』は上下巻で1,000万部以上売り上げ、長い間、日本における単行本小説の発行部数歴代1位でした。上巻が赤、下巻が緑というクリスマスカラーの珍しい装丁で、キャッチコピーも「100パーセントの恋愛小説」と村上氏自身がつけたとされています。内容はもちろん素晴らしい作品ではありますが、タイトル、装丁、キャッチコピーなどプロモーションが素晴らしかったことも、この作品を大ベストセラーとした要因といえます。
つまり、現代においては、中身が素晴らしい(機能的である)ことは、ある種、当たり前のことであり、差別化や商品価値を高める要素が情緒的価値であるといえそうです。
(3)多様化する顧客ニーズ
今回のテーマである書店に話題を戻します。あなたは、本をどこで購入していますか?インターネットや電子書籍が普及しても、本はなかなかなくなりません。しかし、昔ながらの(昭和を思わせる)書店はずいぶんと姿を消しました。1992年には2万2,500店がありましたが、年間数百店レベルで閉店し、2020年には9,400店まで減少してしまいました。つまり、駅前や商店街の一角に10坪ほどの店を開き、一般的な新刊や雑誌を並べておくだけの(昔ながらのスタイル)書店が提供していた価値は、顧客からすっかり必要とされなくなってしまったということかもしれません。他にも複雑な事情はあるにせよ、顧客から必要とされなくなったことが大きな要因であることは間違いありません。
サービス業だけではなく小売店においても、消費者が必要とする商品を適切な料金で並べておくだけでは生き残ることはできないのです。顧客の顕在化しているニーズだけではなく、顧客すらも気づいていないニーズも先回りして提供することが求められているのです。
(4)提供価値を高めて奮闘する書店の事例
東京プライズエージェンシーが運営する天狼院書店(https://tenro-in.com/)は、“本だけではなく、その先にある体験までも一緒に提供しよう”という運営コンセプトを打ち出しています。具体的には、ゼミや部活と呼ばれるイベントを開催して集客し、ファンへと育成して売り上げにつなげています。商品ではなく、その売り方にファンがついているのです。
具体的には、小説の書き方や朗読会など本との関連がありそうなイベントだけではなく、散歩や撮影会など本とは一見、無関係そうなことを日々開催し、顧客に本を買う以外の価値を提供しています。彼らは自分たちの顧客について一生懸命考えた結果、「カメラの本を購入する顧客は、カメラについて知りたいのではなく、自分の思い通りの写真を撮りたいのではないか?」ということに思い至ったのです。そして、撮影教室に始まり、最近は旅行をも提供しています。
このエピソードは、まさにレビット先生の有名な言葉、「ドリルを買いに来た人が欲しいのはドリルではなく『穴』である」そのものですね。
2. まとめ
いかがでしたでしょうか?私たちが気軽に使っている“ビジネスモデル”という言葉ですが、そのゴールは顧客への価値の提供という、もっとも大切なことにつながっているのです。つまり、自分たちのビジネスを「誰のどんな課題に対して、どのような解決策を提示するのか。そして、顧客にどのように見られたいのか?」についてデザインすることなのです。これから新しく書店を開店する方は、ごくまれかもしれませんが、全ての小売店につながっている大切なことをお話ししているつもりです。
最後に、ビジネスモデルを検討する前の段階で活用したい、顧客への提供価値をしっかりと検討するためのツール“バリュープロポジションキャンバス”をご紹介します(下図参照)。右側は顧客の課題を検討するために使用し、左側は課題に対して提供する価値について深掘りするために使用します。どちらから先に書くというルールはなく、「顧客側を考えてみて、行き詰まったら提供側を考える。そしてその後また顧客側に戻って考えてみる」といった具合に行ったり来たりしながら、提供すべき価値やサービス内容に関するアイデアを深めていくためのツールです。まずは、各象限のタイトルから思い付くことを付箋などにメモ書きし、貼り付けるところから始めてみてください。それを何度も繰り返すことで、より整合性のとれた、これまでにない、あなただけのビジネスの価値を発見できるでしょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。