開業届の基礎知識
開業届は開業した際に納税地を管轄する税務署に提出する書類です。
しかし、開業届は何のために提出するのでしょうか?
開業届を漠然と提出した結果、思わぬデメリットを被るケースもあります。
今回は、開業届の基本的な知識や開業届を出すメリット・デメリットについて解説していきます。
1.開業届とは
開業届については、所得税法229条にこのように定められています。
「居住者又は非居住者は、国内において新たに不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業を開始し、又は当該事業に係る事務所、事業所その他これらに準ずるものを設け、
若しくはこれらを移転し若しくは廃止した場合には、財務省令で定めるところにより、その旨その他必要な事項を記載した届出書を、その事実があった日から1ケ月以内に、税務署長に提出しなければならない。」
この条文を整理すると下記のようになります。
提出先 |
税務署長 |
対象者 |
国内にて不動産所得、事業所得、山林所得を生ずべき事業を開始した人 |
提出期限 |
その事実があった日から1ケ月以内 |
(1)提出先
開業届は税務署長に提出する必要があります。しかし、税務署であればどこでも良いという訳にはいきません。
開業届は納税地を管轄する税務署に提出する必要があります。
納税地とは、事務所を構える住所です。個人事業主の場合は、自宅または事務所の住所地が納税地となることが多いと思います。
管轄税務署については国税庁HPから調べることができます。
参考)国税庁HP 「国税局・税務署を調べる」
(2)対象者
開業届を提出すべき対象者は、「国内にて不動産所得、事業所得、山林所得を生ずべき事業を開始した人」となっています。
ここでは各所得について解説していきます。
①不動産所得
不動産所得とは、下記のような所得をいいます。
- 土地や建物などの不動産の貸付
- 地上権など不動産の上に在する権利の設定及び貸付
- 船舶や航空機の貸付
アパート経営などの不動産業を開始する際には開業届が必要になります。
②事業所得
事業所得とは、「農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業を営んでいる人のその事業から生ずる所得」のことをいいます。
事業所得は「事業」から得られる「所得」のことを指します。
しかし、自分の行っている仕事が事業所得に該当するか迷う場合もあると思います。
例えば、サラリーマンが副業で雑誌の記事を執筆して、原稿料を得た場合は事業所得に該当するでしょうか?
これは、雑収入に該当します。
このケースでは事業収入に該当しないことから開業届の提出は不要です。
では、どのような業務が「事業」に該当するのでしょうか?
国税庁HPにこのような記載があります。
「事業として」とは、対価を得て行われる資産の譲渡等を繰り返し、継続、かつ、独立して行うことをいいます。
(出典:国税庁HP No.6109 事業者が事業として行うものとは)
この記述から、事業として認められるためには「繰り返し」「継続」「独立」していることが必要です。
事業所得かどうかは実態をみて判断されますが、次のような業務は事業所得ではなく雑所得として判断されるケースが多いです。
- 継続性がなく、短期、単発の仕事
- 趣味の延長としての仕事
- 仕事の間に片手間に行う仕事
自分の仕事が事業所得に該当するかどうか迷う場合は、税務署に相談することをお勧めします。
③山林所得
国税庁HPに山林所得を下記のように定義しています。
山林所得とは、山林を伐採して譲渡したり、立木のままで譲渡することによって生ずる所得をいいます。ただし、山林を取得してから5年以内に伐採又は譲渡した場合は、山林所得ではなく事業所得か雑所得になります。
(出典:国税庁HP No.1480 山林所得)
林業を本業として事業を行う場合は開業届が必要です。
こちらも事業として認められるためには「繰り返し」「継続」「独立」していることが必要です。
(3)提出期限
提出期限は「開業の事実があった日から1ケ月以内」とされています。
開業届には、開業日を記入しなければなりません。しかし、「いつを開業日にすべきか」明確な決まりはありません。「お店がオープンした日」「開業を決意した日」「売上を計上した日」いずれも開業日にすることができます。
2.開業届を出すメリット・デメリット
ここでは、開業届を出すことによるメリットとデメリットを解説していきます。
(1)開業届を出すメリット
開業届を出す最大のメリットは青色申告が可能になることです。
ただし、青色申告を受けるためには、開業から2ケ月以内に「所得税の青色申告承認請求書」を管轄の税務署に提出しなければなりません。提出期限を過ぎるとその年は白色申告になってしまいます。青色申告を受けたい事業者の方は、開業届と同時に所得税の青色申告承認請求書を提出することをお勧めします。
ここからは、青色申告の具体的なメリットを解説していきます。
①所得より最大65万円の控除が可能
青色申告により課税対象額から最大65万円控除することが可能になります。
控除額は、要件によって「65万円」「55万円」「10万円」の3つに分かれます。
<65万円控除の要件>
- 不動産所得または事業所得を生ずべき事業を行っていること
- 取引を正規の簿記の原則(一般的には複式簿記)で記帳していること
- e-taxによる申告または電子帳簿保存を行っていること
<55万円控除の要件>
- 不動産所得または事業所得を生ずべき事業を行っていること
- 取引を正規の簿記の原則(一般的には複式簿記)で記帳していること
「e-taxによる申告または電子帳簿保存を行っていること」という要件を満たす必要はありません。
<10万円控除の要件>
- 55万円控除の要件を満たさない場合
(例)単式簿記を行っている場合、山林所得を得ている事業者
②赤字の3年間繰越が可能
青色申告をしている事業者が赤字計上した場合「青色欠損金の繰越控除」という制度を利用することで、翌年以降に発生した利益と相殺することができます。
個人事業主の場合は3年間利用可能です。赤字を繰越することにより、翌年度の課税所得を抑えられ節税効果が見込まれます。
③専従者給与の経費算入
白色申告の場合、専従者への給与を経費算入することはできません。(ただし、専従者控除で所得から一定額を差し引くことができます。)
青色申告の場合は、専従者給与を全額経費に算入することが可能であり、節税効果は高くなります。
④少額減価償却資産の特例
この制度は取得価額が30万円未満の資産について、取得時に全額を経費に入れることが
できる特例です。この制度を上手く活用することにより節税効果を得ることができます。
(2)開業届を出すデメリット
開業届を出すメリットがある反面、デメリットも当然あります。
ここからは開業届を出すことによるデメリットを解説していきます。
①失業保険の対象から外れる
勤めている会社を辞めて独立開業する場合は特に注意が必要です。
通常、会社を辞めて失業状態になった場合は失業保険を受給することができます。
ここで、開業届を提出した場合は失業保険を受給することができるのでしょうか?
この場合は失業保険を受給することができません。
なぜなら、失業保険を受給するための要件は「失業していること」が要件ですが、開業届を提出したことにより、失業状態ではなくなったからです。
失業保険を受給する予定がある場合は、開業届を提出するタイミングを注意しなければなりません。
②扶養から外れる可能性がある
開業届を提出することにより、配偶者の扶養から外れる可能性があります。
現在扶養に入っている方が起業する場合は注意が必要です。
扶養に入る基準は次の2つがあります。
ア.税法上の扶養
これはいわゆる「130万円の壁」といわれるものです。パート・アルバイトなどの収入が130万円を超えた場合、扶養から外れ健康保険料を自分で払わなければなりません。
税法上の扶養については、開業届の提出は関係なく、あくまで年収基準で扶養かどうかが決められます。
イ.健康保険上の扶養
例えば、あなたは会社員の夫の扶養に入っているとします。扶養に入っている間は、健康保険料はあなたが負担することはありません。
しかし、健康保険組合によっては自営業の方は扶養に入ることを認めない可能性があります。その場合も扶養から外れることになり、健康保険料はあなた自身が払わなければなりません。これはあくまで加入している健康保険組合の判断になりますので、確認されることをお勧めします。
3.最後に
今回は「開業届の基礎知識」を解説してきましたが、いかがだったでしょうか。
開業届に対する知識が不足していることにより、思わぬ不利益を被るかもしれません。
開業届を提出することによるデメリットを回避し、メリットを最大限享受するためにも開業届に対する正しい知識を身につけることをお勧めします。