【他社事例で学ぶ健康経営】IT系企業の事例:個別最適をコンセプトに
健康経営シリーズ
画一的から多様性へ
多様性、ダイバーシティ、個別最適。総務が行う施策のキーワードである。総務(企業側)は最大限の選択肢を提示し、従業員側は自律的に選択する。これは、価値観や考え方、パフォーマンスが向上する働き方は個々人で異なるためだ、という考え方に基づいている。
高度成長期からバブル期まで、企業組織の考え方は「画一的な施策に押し込めていく」というものであった。従業員は24時間働ける男性正社員で主に構成され、価値観は「出世主義」という一つの考え方であり、企業側もコントロールしやすかった。
それが、働き方改革をきっかけにダイバーシティ、多様性という方向に舵を切ることになった。人手不足の中で、働く側におもねるわけではないが、「人材を大切にし、個々人が幸せに働くことで、企業としても生産性が向上し発展していく」との考え方に変化してきた。そこで、働き方も多様になり、働く場の多様性が促進されることになった。
この考え方は、健康経営にも当てはまる。健康経営の施策においても、画一的にどれか一つの施策で全てがうまくいく、というものはない。個々人の健康状態はまさに100人100通りであり、健康についての考え方も100通り存在するはずだ。
健康経営がうまくいっているケースの一つの特徴として、さまざまな施策を試して試行錯誤しながら勝ちパターンを見つけている点が挙げられる。さらに、施策の利用状況や参加状況を見つつ、常に見直している点も共通している。今回は、そのような取り組みを紹介していこう。
人の幸せを中心に
従業員200人のIT系企業。健康経営の取り組みを開始するにあたり、専門家や業界の有名人を訪ね、まず学んだことは、「自社にどのような施策が適しているかを見極めるには、いろいろとやってみることであり、やってみないとわからない」ということであった。
そして、いろいろと取り組んでいく中で、従業員一人一人の健康は従業員一人一人の幸せに大きく寄与し、結果として会社の生産性向上を実現することだ、という結論に辿りつき、それを健康経営宣言に帰結させた。これを軸にさまざまな施策を進めていった。「人」の幸せにフォーカスを当て、事業活動のベースとなる「人」に直接影響を与える健康経営の施策の企画と実施を重視したのである。
今後、総務の施策の中心となるのが、従業員の幸せにフォーカスする考えである。幸せを感じながら働いている従業員は、そうでない従業員と比較して、生産性が1.3倍、創造性が3倍高いというエビデンスがある。働き方改革において生産性の向上がテーマとなる中で、この1.3倍というのは大変大きな数字である。また、イノベーションのベースとなる創造性に至っては、なんと3倍である。いかに従業員の幸せが重要であるかが良く分かる。
また、この会社では、「個々人の幸せはそれぞれ異なるものであり、ライフイベントごとに大きく変化する。あらゆる環境変化に大きく影響される。組織の幸せも、組織ごとに違うものであり、個人の幸せと同じではない。組織の成長フェーズにより変化する」。このように考えている。
冒頭に記した多様性の観点に立脚しており、また、VUCA (Volatility=不安定性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性)時代、何が起こるか分からない環境変化の激しい時代のことも考慮している。さらに、外部環境のみならず、内部の環境変化も視野に入れ、柔軟性を持った考え方に基づいて健康経営を捉えている。
さまざまな取り組みを行った中で好評なのが、オンラインで食育セミナーを実施したのち産地から直接自宅に無農薬野菜が届くという、参加型の食育セミナーだという。他にも、24時間365日インターネットで医師に相談できるサービスも行っているという。
幸福経営と健康経営
「幸福経営」という言葉もある。コロナ禍により、さらにその必要性や重要性に気づいた方も多いのではないだろうか。新型コロナウイルス感染症によりダメージを受けたのは、人のみである。建物も商品もその他の物もなんら影響を受けずに、人類のみが多大な影響を受けた。
コロナそのものに感染するリスクもさることながら、働き方が分散化され、在宅勤務が長期化し、リアルコミュニケーションの機会が失われることで、メンタル不全に陥った人も多かった。人との接触が絶たれ、移動も制限され、家にこもる。法治国家における罰の一つとして禁固刑があるが、これはまさに移動を絶たれ、孤立した状態だ。それと同様の状態がコロナ禍であり、メンタル不全になってもおかしくない状態なのである。
幸福経営は、四つの構成要素から成り立っていると言われている。一つが、Purpose(存在意義)。会社の存在意義と、そこで働く従業員の目指すべき方向性が一致していると、人は幸せを感じるのだ。会社と個人のベクトルが一致している状態である。
次に、Authenticity(自分らしさ)。自らの得意とする部分で、裁量権を持って仕事ができる状態である。この状態なら、当然モチベーションは高まるはずである。いやいやながら不得意な仕事をさせられる状態と比較してみると分かりやすい。どちらが幸せかどうか。
さらに、Relationship(関係性)。相互理解がある関係性である。お互いのバックグラウンドが把握できて、心理的安全性のある関係である。その中において、ポジティブ・フィードバックが重要と言われている。褒めて、褒めて、叱って、褒める。この組み合わせである。
この三つの構成要素の土台となっているのが、Wellness(心身の健康)である。つまり、上記の三つがすべて成立していたとしても、心身の健康が成立していなければ人は幸せを感じることができない、ということになる。それほど心身の健康が大事である、ということだ。
こんな発言もある。「幸福学の研究結果から、健康と幸せは密接につながっていることが分かっています。健康であれば幸せになるし、幸せな気分でいると健康になる。従業員の幸せや健康に配慮する経営が欠かせないでしょう」
今後、企業経営の中で大きな比重を占めると考えられる幸福経営。人の幸せ。その重要性が増せば増すほど、そのベースとなる健康経営、Wellness、心身の健康への配慮は、欠かせない経営課題となるはずだ。健康経営は一時期の流行りものではなく、未来永劫にわたって企業が取り組まなければならない最重要課題になるだろう。