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「持続可能な経営」(Sustainable Management)を目指して!―その⑨―

著者:高岡法科大学 教授  石川啓雅

「持続可能な経営」(Sustainable Management)を目指して!―その⑨―

販売問題と差別化を考える―中小企業が抱える問題により「接近」するために―

新型コロナウイルス感染症の世界的拡大のなかで、個人企業も含む企業経営にとって、何が問題だったのかというと、感染防止対策を余儀なくされていることもあるが、一番は「売上の大幅減」である。

事業活動を自分の財産だけで行うにしろ、他人の財産を使うにしろ、市場経済のもとでの経済活動は「資本の前貸し」として行われる。財産を投じて、マーケットが要求する財・サービスの生産を行う。当たり前の話であるが、先に費用が発生する。財産が減るわけであるから、それを回収しなければならない。回収は財・サービスの販売によって行われ、事業継続が可能となる。

しかしながら、コロナの問題があったとはいえ、以前から売上確保が困難な局面が増え、「右肩上がり」の状況をほとんど見込めないような時代に入っている。賃上げすれば法人税を減税するという「賃上税制」問題でも指摘されているように、中小企業には「賃上げの原資」がなく、「分配」どころの話ではない。その原因のひとつに「販売の問題」がある。

モノがなかなか売れない時代に入って、「差別化しなければならない」ことが常識になって久しい。差別化しないと「生き残れない」とされる。しかしながら、多くの銘柄や同業が存在するなかで存在感を示すのは容易ではない。しかも、差別化といえども消費者の獲得をめぐる競争であるから、差別化商品自体の「過剰」を生み、程度の差こそあれ「同質化」のような状況を生み出すことは避けられない。したがって、差別化を言い立てたところで、必ずしもうまくいくわけではない。どの企業も特徴を出そうとして差別化に取組んでいるが、販売はなかなか伸びないのが現実であろう。

このように考えると、差別化の有無や程度を問題にするよりも、そうした取組みをしているなかで起きている問題や課題を取りあげた方がフツーの中小企業が抱える課題により接近した検討ができるのではないか。


ある酒造業者の販売・差別化対応の現実

上述の話に関わって、ある酒造業者の話をしておきたい。以下の叙述は、経営者ではないが、ある酒造業者(清酒製造業)の製造責任者を対象としたヒアリングの内容である(要点筆記)。

製造2人、出荷1人、配達1人、事務管理1人で製造販売を行っている。生産量は300石である(国税庁の統計区分に従うと、100㎘以下の最下層クラスに属する)。昨年はコロナで受注が激減したので5000ℓ程度(大体30石)しか生産できなかった。

販売先は4:6で問屋と販売店・飲食店・消費者であり、輸出を含めて5:5である。受注は主にFAXや電話。決済は、問屋の場合は2~3ヵ月サイトでの振込み、販売店の場合は2ヵ月サイトでの集金である。電子受発注システムは受注後に出荷状況の情報を入力しなくてはならないので導入していない。電子決済も販売店の場合には利幅の小さいものを扱っているため対応できないところが多く、消費者向けの直販(蔵売り)以外は導入していない。問屋経由の注文は量販店、チェーン店向けのものが多く、問屋の配送センターに発送するが、問屋の取引先の店舗に直送を指示される場合もある。その場合の輸送費はすべて蔵もちになる。それでも数が出ればいいのだが、販売店、問屋ともに在庫をもたないので、数本単位の小口多頻度発注が増えている。問屋経由の販売は蔵出価格での出荷なので利幅がもともと薄く、直送になると輸送費全額負担なのでさらに利益が削られる。問屋へ送る場合は問屋までの輸送費のみが蔵もちである。

生産量が少ないとはいえ、雇用経営なので、杜氏が経営者を兼ねる家族経営的な蔵に比べると生産量が多く、全量を蔵単独で販売するのは難しい。生産量が少なく全量直販で販売が可能な家族経営的な蔵でも、家族の誰かが営業を専従しているから全量直販が可能になっている。なので、専従者が経営者しかいない当社では、販売先を拡大するにも余裕がない。以前は製造のない夏期に、自分(製造責任者自身)が東京等に試飲販売(営業)に出かけたついでに販売店まわりをすることができていた。しかし、社員が減りそれも難しくなった。

輸出にも力を入れているが、商談が進んで大口取引に至ったとしても土壇場でキャンセルということがままある。輸出に関する手続き、代金決済のリスク(輸出相手国に商慣習への対応)等々があるので、輸出は問屋なり商社経由になるが、酒税の負担がないとはいえ、販売価格としては国内の業者へ卸すものと実質的に変わりはない。最近ではインターネットで日本国内での販売価格が輸出先でもわかるような状態になっているため、価格交渉もシビアになっている。それ故、輸出といっても、販売経費や輸送費が積算されて販売されていくのではなく、それをどこが負担するかという形で販売されていくことになる。

製品差別化への取り組みは、昔から地元で販売している定番商品に加えて、特定名称酒の生産にも力を入れているが、知名度がないので、販売は緩慢である。少しでも売るために、様々なサイズ(容量)の商品を投入しているが、詰める作業の回数は同じなので作業量は増えている。同業者の眼から、販売がうまくいっている蔵の状況をみると、メディアへの掲出・露出が功を奏したことに加えて、プラットフォームとなる地元の問屋や販売店が多くの人に手に取ってもらえるような動きをしたか等、複数の要素が重なっており、消費者の嗜好(流行)も関係してくるので、単純に製品スペックの問題だけではない。


ビジネスモデルや競争戦略論の限界―当事者との間に距離が出てしまう―

以上の話を踏まえると、どのような競争戦略を描こうとも、地域性や現場の裏づけがないものは具現化するのは難しいことがわかる。

差別化や販売対応の優良事例として取りあげられる取組みの多くは、「模倣」(横展開)が期待される「モデル」にされる。しかし、みんなが同じ方向を向いたら、どうなるのであろうか?仮に複数モデルを示したとしても、顧客の獲得という一点においては競争をしているわけであるからモデルの全てがうまくいくわけではない。モデルと戦略を提示するだけの話だけでは、当事者との間に距離が出てしまう限界が出てしまうのは否めない。


販売戦略・差別化と脈管系―単なる員数や作業効率の話だけでは解決しない―

そこで、これをどうにか埋めたいというのが今回のコラムの目的だったのだが、わかったことがひとつある。

販売戦略や差別化の必要性はわかっているが、マンパワーの不足でなかなかそこに力を入れられないという点だ。この点については前回のコラムでも少し触れたが、最後に、この課題について、興味深い話をして稿を閉じることにする。上述の製造責任者の話によると、遠方に営業に出られなくなった理由には「人手の問題」もあるが、外に出ている間に社内の作業が止まるようになったことが大きいという。以前なら「段取り」がなされていて、蔵に戻れば当日の作業指示と作業をするだけでよかったのが、それができなくなったというのだ。つまり、脈管系の作業を行う人間がいなくなった。脈管系とは、循環器や消化器のような身体器官の働きに擬えて、その場で有用性や成果を確認することはできないけれども、活動や組織が相互につながりをもち、しかも自律的に関係しあって、組織的活動を円滑にし、維持する働きをする。これに対して、有用性や成果が即時的且つ可視的で、持続性よりも瞬発力が求められるようなものが筋骨系である。

企業経営においては、有用性や成果が即時的で可視的であることが求められるため、しばしば筋骨系統の能力(人材)が重要とされる。しかし、筋骨系の能力が役割を果たせるのは実は脈管系の作業あっての話である。可視的ではないがゆえに、脈管系作業を担う人間の不在あるいは能力の低下はきわめて深刻な問題である。このことは、日本の企業にとって必要とされる「働き方改革」(≒生産性向上)が単なる員数や作業効率の話では済まないことを物語っている。

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著者プロフィール

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石川啓雅

高岡法科大学 教授

岐阜大学大学院連合農学研究科修了。建設コンサルタント会社勤務を経て大学教員へ。専門は経済学。中小酒造業を中心に地域産業の活性化に関する研究を行っている。

著書に、「ワークショップ・エコノミーの経済学―小規模酒造業の経営分析―」高岡法科大学紀要32号(2021年)、「現代地方中小酒造業における生産・労働に関するモノグラフ―ワークショップ・エコノミー論序説―」高岡法学39号(2020年)等。

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