倒産した会社に学ぶ①「ワンマン社長の結末」
著者は24年間銀行員として働いてきました。その中で、事業規模を拡大し成功した企業もあれば、残念ながら倒産した企業も多くありました。
今回から「倒産した会社に学ぶ」シリーズとして、銀行員時代に実際に倒産した企業をモチーフに、今後の経営に活かすべき論点を解説していきます。
第1回目は「ワンマン社長の結末」ということで、社長のあるべき姿や組織の在り方について解説していきます。
1. 会社概要
今回の企業は地方に本社を置く電子部品の製造業A社です。売上は30億円程度、従業員はアルバイト従業員を含めて40名の中小企業です。50年前に創業し、社長一代で現在の企業規模まで会社を成長させてきました。
事業内容は、大手企業X社の下請けとして家電製品などの製造を行い、A社の売上の90%はX社からの受注によるものです。
メイン取引先であるX社の業績は右肩上がりで成長し、それに伴いA社の業績も好調に推移しました。一見問題が無いA社ではありましたが、最終的に破産申請するに至りました。
なぜA社は倒産という事態に陥ったのか原因を考えていきましょう。
2.創業の経緯
A社社長は高校卒業後、隣県の電子部品製造業に就職しました。もともと工業高校にて製造技術やスキルを学んだ経験もあり、就職した企業でも徐々に頭角を現していきました。この企業で10年間勤めた後に、社長の地元でA社を設立しました。
A社は優れた技術力を武器に創業しましたが、当時無名であったA社に受注はほとんどありませんでした。A社社長は「技術があれば、受注は自然と集まるはずだ」と考え、営業活動をほとんど行わなかったことが原因です。
これを機にA社社長は営業活動に力を入れ、地元の製造業者2社から注文を受けることが出来ました。A社の技術力を活かした製品品質は評判になり、A社の受注は徐々に増加していきました。
取引先を増加させ業績を伸ばし始めていたA社ですが、飛躍的に売上を伸ばすことが出来た要因は、大手家電メーカーであるX社からの受注を得られたことです。
X社は、新製品開発にあたり試作品の製造を委託できる企業を探していました。そこで技術力に定評があるA社が目に留まり、A社とX社の取引が開始しました。
A社はX社からの支援を受け、工場を増設するなど企業規模を拡大させていきます。X社はA社の技術力を高く評価しており、A社の受注は増加していきました。最終的にはA社の売上の90%はX社からの受注となり、A社にとってX社は最大の取引先となります。
3. A社社長の特徴
A社社長は一代で会社を大きくしてきましたが、会社設立当初から業績が順調であった訳ではありません。当初はA社の受注はほとんど無く、社長自ら飛び込み営業を連日行っていました。
しかし、X社との取引が開始しA社の業績が好調に推移するようになると、A社社長の行動や考え方が変わっていきました。
<A社社長の変化>
(1)X社以外との取引縮小
X社との取引が大きくなるにつれて、X社以外との取引を徐々に止めていきました。A社社長は、「X社との取引を継続させることがA社存続への道」だと考えたのです。それ以降、A社は営業活動をほとんどしなくなります。
また、X社から委託された製品を作ることがA社業務の中心となりました。A社を設立した当初は、成型技術を活かした自社製品開発を積極的に行っていました。市場ニーズの調査も行い、市場から求められる製品に自社の技術がどのように活かせるのか試行錯誤の日々だったそうです。しかし、X社との取引開始後、A社は製品開発を一切行っていません。
X社との取引により業績が好調になったA社社長は、現状に満足してしまい営業活動や新製品開発を全く行わなくなりました。
(2)社長のワンマン経営
A社は、社長の経営手腕により会社が大きくなったことに間違いありません。しかし、A社の事業規模が大きくなるに連れて、A社社長は従業員の意見を全く聞かず、自らの意見を貫き通すワンマン経営の特色が強くなっていきました。
従業員は会社のために働くことが当然であると考えており、従業員への罵倒や過酷な労働環境を強いるなど従業員への対応はひどいものでした。A社の労働環境に耐えられない従業員に対しては、「あなたの代わりはどこにでもいます。今すぐ辞めて下さい」という発言も日常茶飯事のように浴びせました。
4. A社の組織・人事体制
(1)中途採用の強化
X社との取引開始により業績は順調に推移し、従業員を新たに採用するようになりました。A社社長は、優秀な人員を外部から採用することが、会社を大きくする近道と考えていました。
高い給与を提示して外部から採用することに力を入れたために、A社設立当初から在籍した従業員との給与格差も開いていきました。
(2)組織風土
A社社長のワンマン経営によりA社の組織風土は閉鎖的なものでした。A社社長のパワーハラスメントが続いたために、A社社長に対して意見を言う従業員はいません。
A社の給与水準は同業他社よりも高かったことから、従業員は我慢して働き続けました。従業員は社長の言う事を全て聞く「イエスマン」という存在です。また、「社長から気に入ってもらえれば出世する」「社長の機嫌を損ねると左遷される」など人事評価制度も全く無い会社でした。
(3)組織体制
A社の組織構造は製造部、総務部、人事部で構成されています。
製造部は当初は工場長を中心に、会社設立当初からいる人材を中心に構成されていました。
しかし、A社は中途採用を強化し次々に製造部に配属させました。人員が増えるにつれて、中途採用者と会社設立当初からいる従業員の反発が強まりました。工場長は自分よりスキルの高い中途採用者が増えたことにより、組織を纏めることが出来なくなっていきました。
このようにして、組織としてのまとまりは無くなり、従業員個人のスキルだけがA社の生命線になりました。
5. A社が倒産した経緯
(1)X社からの突然の通知
X社との取引が順調に推移し、A社の業績は好調に推移してきました。
しかし、A社を激震させる出来事が起こります。
それは、X社から「今後の生産拠点を海外に移す」という通知を受けたことです。
X社の海外販売比率が増加したことにより、生産拠点を海外に移すことが目的でした。X社はA社の技術力を見込んで長年取引を続けていましたが、今では海外でもA社と同程度の品質を製造出来るようになったことも取引解消の要因になりました。
A社の売上の90%を占めるX社との取引が解消された場合、A社は存続することが出来ません。A社社長の必死の願いにより、X社からの受注の3割程度は残すことが出来ましたが、A社の受注が大幅に減少したことは間違いありませんでした。
(2)従業員の集団離職
X社からの大幅取引減少によりA社は存続危機の苦境に立たされました。
ここでA社社長にとって思いがけない事態が起こります。それは従業員の集団離職です。
今まで従業員は、A社の高い給与水準という魅力があったからこそ、A社社長のパワーハラスメントにも耐えて働いてきました。従業員にとって、「高い給与」だけがA社への魅力であり、A社への愛社精神は無い状態です。
当初、A社社長はX社からの取引が減少しても、また取引先を開拓すれば業績回復出来ると考えていました。しかし、X社との取引減少を知った従業員は魅力であった「高い給与」が見込めないことから会社を去っていきました。
A社社長は「去る者は追わず」という態度を取っていましたが、従業員の7割程度が辞めていったことから、事業を継続していく意欲が無くなりました。
今後A社の事業を継続することは難しいと判断した社長は弁護士に相談し、破産手続きを行いました。
6. 倒産した企業から学ぶべきこと
(1) 一社依存取引のリスク
A社の場合、X社との取引が90%を占める一社依存取引でした。
X社の業績が好調な時は、A社も連動して業績が良くなります。しかし、X社の業績が低迷した際はA社の業績も連動して悪化することになり、売上変動リスクが高くなります。
また、X社の倒産や取引の停止などにより、一気に経営危機に陥ることになります。
自社の取引先については一社依存にならないように意識すべきです。
過度な一社取引にならず取引先を分散させることにより経営リスクを抑えることが出来ます。
(2)継続した新商品開発や営業活動
A社はX社との取引開始後に新商品開発や新たな取引先を開拓する営業活動を止めてしまいました。「X社からの要望に応える」ことがA社の経営目標に変わっていったためです。
A社は新商品開発を行わなかったために、市場ニーズの調査や新技術の開発などが疎かになりました。当初は優れた技術力に定評があったA社ですが、同業他社や海外企業に技術レベルは抜かれていきました。
企業活動を行う上で、現状に満足せずに新商品開発や営業活動を継続することが大切です。
外部環境の変化に対して迅速に対応することで、自社への経営危機を避けることが出来ます。
(3)人を大切にする経営
A社社長はワンマン経営により、従業員を大切にする姿勢はありませんでした。
会社設立当初で売上規模が小さいうちは社長自らのスキルや能力を活かして会社を運営することが可能です。
しかし、会社の規模が大きくなるにつれて、社長に出来ることは限られてくるために組織を構築しなければなりません。
そのためには、従業員が働きやすい職場環境の整備・教育研修の実施など従業員のスキルやモチベーションを上げる取組みが必要になります。また、社長自ら全ての業務を行うのではなく、従業員に権限委譲することも大切です。
会社の風通しを良くすることで組織風土も良くなり、従業員同士のコミュニケーションが活発になり会社に活気が生まれてきます。
7. 最後に
倒産した会社に学ぶ①「ワンマン社長の結末」を解説しましたが、いかがだったでしょうか?
今回取り上げたA社社長は、社長個人のスキル・能力は優れたものを持っています。しかし、会社運営については、問題があったと言わざるを得ませんでした。
「会社は誰のもの?」という議論を良く聞きます。株主という答えが一般的かもしれませんが、従業員のものであるともいえます。
この事例から「人を大切にする経営」が大切であることは間違いないことが分かります。
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