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答えが見つからない経営課題への向き合い方2 〜解決志向とポジティブデビアンス〜

答えが見つからない経営課題への向き合い方2 〜解決志向とポジティブデビアンス〜

前回、答えの見つからない経営課題についてハイフェッツや宇田川先生の議論を紐解きながら、技術的問題と適応課題という観点で分けて考えることが大切であるということをご説明させていただきました。

技術的問題とは解決方法が既知の問題で、例えば人員の補充や予算の増加など、問題解決方法がわかっている場合の問題です。もちろん、技術的問題であれば簡単な問題という訳ではありません。時間や経営資源が能力を超えている場合など、解決方法がわかっていても実行できない問題は数多く横たわっていることでしょう。

一方、適応課題とは解決方法それ自体が明確になっていない問題を指しています。新型コロナの影響への対策や自社にとって新規の事業立ち上げなど、課題への解決策そのものが確立されていないような種類の課題のことです。

前回から焦点を当てているのは、この適応課題でした。今回は、適応課題に対する問題解決法について説明をしていきます。


この記事の著者
  日本大学商学部 准教授/Human Academy Business School MBAコース教授 

1 問題解決型アプローチと解決志向アプローチ

一般的に、経営課題に直面したときに多くの方は、問題の分析から入るのではないのでしょうか。私もそうしますし、問題を分析して原因を特定し、原因に対処する…という問題解決型アプローチと呼ばれる手法は一般的に多く採用され、非常に大事な考え方です。

経営学の多くのフレームワークなども経営現象の原因や背景を明らかにすることを念頭に置いて設計されています。

問題の原因となる要因の分析を通じて特定し、その原因を抑えたり取り除いたりするための方策を考えることで問題が解決に近づいていくというのは、正しい考え方です。先に説明した技術的問題であれば特に原因を特定することは非常に大切なことです。原因によって対応策が変わりますから、適切な原因の診断をしていくことは問題解決の第一歩となるでしょう。

ただし、"常に"この考え方が最も優れているとはいえないかもしれません。特に適応課題の場合、原因が分析できたとしてもそれだけでは解決策につながるとは限らない可能性が出てきます。

例えば、新型コロナによって多くの産業が影響を受けました。

しかし仮に新型コロナによって生じた問題について原因が特定されたとして、その原因は本当に取り除けたでしょうか。原因を特定して対処する一般的な問題解決型アプローチは非常に重要な視点ではありますが、原因を常に取り除ける(or 抑え込む)ことができるとは限らない、という限界が生じてしまうこともあります。こういった場合、問題解決型アプローチでは「原因の背景」もしくは、「原因の原因」を探ることが推奨されます。トヨタ自動車の有名な「Whyを5回繰り返す」という手法がありますが、これも原因の背景(or 原因の原因)をさらに深掘りすることで問題解決へのアプローチをより効果的なものへと洗練させていくための作業です。

こうした手法はもちろん有効ですが、一方でどこまでいっても先述したような「原因を特定できても対処できるとは限らない」という可能性は残ってしまいます。

それに対して、もう一つの課題へのアプローチが、解決志向アプローチと呼ばれるものです。問題解決型アプローチが問題に焦点を当てて原因を導出することに注力するのに対して、解決志向アプローチでは問題と原因よりも問題が解決している状態に焦点を当てています。平たく言えば、「問題が解決している状況はどのような場合か?」ということに焦点を当てて、「なぜ上手くいっているのか?」を分析することが重要となってきます。


2 方法論としてのポジティブ・デビアンス

解決志向アプローチの経営学における実践方法としては、パスカル&スターニンなどが提唱する、PD(ポジティブデビアンス;ポジティブな逸脱)アプローチが有名です[1]

PDアプローチでは、問題や課題に直面した際に、ポジティブな逸脱事例(ケース)を中心に物事を考えるという考え方を採用しています。これは、問題に対して他と(ポジティブな意味で)異なりその問題が深刻に生じていない事例、言い換えると問題が解決している事例に焦点を当てる、ということを意味します。

実際の運用にあたっては、最初に「問題に対して比較的上手くいっている事例を探す」というところから始めます。

例えば業績が悪化している中で比較的業績が好調な店舗であったり、優秀な人材のリテンションができずに問題になっている中で長く働いてくれている人物であったり、様々な形が考えられるでしょう。いずれにしても、どんなに上手くいっていても1つくらいは問題を抱えるケースがあるように、どんなに問題を抱えていても1つくらいはまともなケースがあるだろう、と考えてPDに該当する事例を探すことが第一となります。

第一のステップでPDの事例を見つけることができたら、次にその事例がなぜ他と比べて上手くいっているのか、という点について分析します。そして、そのPD事例が上手くいっている要因を明らかにしていく必要があります。

次に第二のステップで発見した要因が再現可能かどうか、という点を検証する必要があります。どうしても再現できない特殊要因に基づいているのか、工夫次第で再現可能か、という点を確認していくことが必要になります。

第四のステップでは、先ほどの第三のステップで検証した結果に基づいて、その要因を組織内で広げるための実践フェーズに移ります。実際は、このフェーズが難しい試みとなるかもしれません。新しいやり方を受け入れる上で、利害関係の問題や能力構築の問題など様々な障害が出て来る可能性があるからです。

しかし、だからこそPDアプローチは社内で生まれた解決策である、ということを重視しています。社内で生まれた解決策だからこそ、同じ社内で再現可能なのである、という信念に基づき社内での普及を推進していくことがリーダーに求められるのです。


3 解決志向アプローチの下でのリーダーのあり方

最後に、解決志向のPDアプローチを進めていく上でリーダーに求められる姿勢についてご紹介しておきます(図表参照)。

第一に、自主的な取り組みを日頃から推奨・支援することが挙げられます。PDアプローチでは、現場にも日頃から改善に向けた自主的な取り組みが求められます。そのため、現場での自主的な取り組みを推奨していくことが必要になるでしょう。これは、組織風土的な側面と制度的な側面が存在します。

組織風土としては、「良いことは思い立ったらやってみる」という姿勢を日頃から推奨し実践する習慣づけを意識しておくことが大切です。組織風土を形成する上では、メンバーには、「何が求められているのか」がわかるようにしておくことが重要ですから、地道な取り組みを通じて成し遂げられるものだということになります。

制度的な側面については、主に「評価」の部分で注意を払う必要があるでしょう。解決志向・P Dアプローチにおける評価は特に2つの観点が重要になってきます。それは、「自主的な取り組みとその結果を評価することに焦点を当てること」と、「許容できるリスク負担のラインを明確にしておくこと」です。

前者はここまで述べてきたことを評価すべきという話なのですが、後者はP Dアプローチの自主的な取り組みによるリスクコントロールをしておく、ということです。

これをやっておかないと、現場の実践者も組織のマネジャーもお互いに後で困惑するような状況になり得ます。事前にどこまでは自由にできるのか、お互いに自覚しておいた方が継続的に取り組むことができるでしょう。

ここまで2回に渡って、答えの見えない経営課題と向き合う際に相性の良い問題解決アプローチについて紹介してきました。現代社会で私たちが直面している課題は、「見えている答えにどうやって辿り着くか」という側面だけでなく、「何が正しいことなのかわからない」ということもあるでしょう。

価値観や情勢の変化が激しい現代社会だからこそ、様々な問題解決アプローチを持っておくことは有意義なのではないでしょうか。


[1] パスカル他『ポジティブデビアンスー学習する組織に変化する問題解決アプローチー』 東洋経済新報社.


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著者プロフィール

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黒澤 壮史

日本大学商学部 准教授/Human Academy Business School MBAコース教授

黒澤 壮史(くろさわ まさし)

早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得後、早稲田大学商学学術院(助手)、
山梨学院大学(専任講師・准教授)、神戸学院大学(准教授)を経て現在に至る。
研究の専門は組織変革、戦略形成など。
著作としては「労働生産性から考える働き方改革の方向性-現場の意味世界の重要性-」(分担執筆、山田真茂留編:グローバル現代社会論)、
「ストーリーテリングのリーダーシップ(デニング著;分担翻訳)」、「想定外のマネジメント 高信頼性組織とはなにか(ワイク&サトクリフ著;分担翻訳)」など。

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