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答えが見つからない経営課題への向き合い方3 〜試行錯誤を前提としたリーンスタートアップ型の業務改善〜

著者: 日本大学商学部 准教授/Human Academy Business School MBAコース教授  黒澤 壮史

答えが見つからない経営課題への向き合い方3 〜試行錯誤を前提としたリーンスタートアップ型の業務改善〜

1: はじめに

前回、答えが見えない曖昧な問題に対しては解決志向型のアプローチに関連して、ポジティブデビアンス(ポジティブな逸脱)という、リスクコントロールされた逸脱を推奨するようなマネジメントの考え方についてご紹介させて頂きました。しかし同時に、「ルールに縛られ過ぎずに自由にやれと言っても、そんなに新しい取り組みが生まれるものではない」、と思われたかもしれません。確かに、「新しいアイディアを出しなさい」、「新しいプロジェクトを始めなさい」と上司に突然言われても困ってしまうでしょう。

そのため今回は、より現場に近い組織メンバーが新しいアイディアを実現させるためにどのように取り組んでいくべきなのか、リーンスタートアップの考え方を中心にお伝えさせて頂きます。今回のお話しは、既に問題や解決方法がわかっている問題へ対処するのではなく、閉塞感の打破や新基軸の打ち出しなどといった、解決方法や状況の定義が曖昧な場合を想定しています。


2:計画重視から行動重視へ〜メソッドとしてのリーンスタートアップ〜

マネジメントの教科書では伝統的に「分析→計画→実行」の順番で業務を進めていくことを推奨するのが基本です。こうした考えを基礎としたPlan→Do→Check→ActionというPDCAサイクルの考え方は長年用いられてきましたし、読者の皆様もご存知の方が多いと思います。「PDCAサイクルを回す」という言い回しも良くされていますが、このモデルは暗黙の前提として「まず計画を立ててから行動する」ということが組み込まれています。

しかし、エリック・リースやスティーブ・ブランクなどが提唱し推進してきたリーンスタートアップという手法では、計画よりも行動を重視するよう提唱しています。そのことは、スティーブ・ブランクが示しているリーンスタートアップの3つの基本原則に表れています(表1)。

1:リーンスタートアップの3原則

1の原則

仮説や推論に基づく行動を重視し、計画や調査に必要以上にできるだけ時間をかけない

2の原則

潜在的な顧客と積極的にコミュニケーションを取る

3の原則

開発サイクルを短く繰り返すアジャイル開発を推進する

※ブランク(2013[1]を基に筆者作成

第一に、計画や調査にあまり時間をかけずに未検証でも構わないので仮説を立てることを挙げています。ここでいう仮説というのも、大袈裟なものではなく「鋭い読み」のようなものである、としています。繰り返しますが、行動以前の思考や思索は不要ではないが最小限に留める、という点が特徴的です。

第二に、仮説を検証するために実際に顧客などのパートナーに会ってコミュニケーションを取ることを重視します。リーンスタートアップでは特に潜在的な顧客を見つけて、その顧客が考える製品・サービスに対する意見を収集することを顧客開発と呼んでいます。この顧客開発で鍵になると考えられているのが、必要最小限の製品(試作品がイメージに近いでしょう)を顧客に提供して、顧客からフィードバックを受けることを非常に重視します。ここで試作品と呼ばずに「必要最小限の製品(M V P)」と呼ぶのは、顧客に対して無料で提供するとは限らないからです。「ポケモンGo」などスマホゲームなどのようにコンテンツのアップデートが比較的容易な製品の場合、まず最低限の機能を実装して顧客から収益を上げながら機能を追加して開発に繋げるという手法を採用している業界もありますし、BtoBでもフィードバックをもらいやすい“話のわかる”顧客を対象に開発途中の製品を試していくような手法もあるでしょう。

第三の原則は、柔軟性とスピード感を持って製品開発に常に取り組むということです。リーンスタートアップはシリコンバレーで確立されたメソッドのため、「アジャイル開発」と呼ばれるような顧客のフィードバックを迅速に開発に反映させて随時顧客に製品を届けていくような開発手法を組み合わせることを推奨しています。しかし、この辺りは業界によって事情が異なると思いますので、「柔軟性とスピード感」を重視する、という点が押さえられていれば良いでしょう。

これらの基本原則に基づいてリーンスタートアップは構成されています。基本的な考え方としては、「顧客の声を開発プロセスに組み込む」ということが思想上の前提となっており、リーンスタートアップの源流であるトヨタ生産方式などのリーン生産方式でも、作業効率を高めることよりも、“顧客が買ってくれるものを”(できれば既に注文が入っているものを)生産することが最も経営効率を高める、という発想において共通しています。そのため、顧客の声を迅速に製品に反映させるために自社内のプロセスを柔軟にしておく必要があると考えるのです。

実際に、リーンスタートアップの手法を製品開発だけでなくマネジメント全般に取り入れた事例として有名なのが、トーマス・エジソンも関わった米国を代表するG E社です。G Eでは、「ファストワークス」という名称でリーンスタートアップの手法を取り入れています。G A F A Mなど米国の新たな顔となる大企業が台頭してくる中で、伝統的な企業であるGEでさえも新たなマネジメント手法を取り入れることで環境に適応しようとしていますし、日本企業でもオリジナルの名称を作らないまでも、リーンスタートアップ的な手法を取り入れているという話は珍しくはないようです。


3:リーンスタートアップは開発プロセスだけではない

ここまでリーンスタートアップの考え方を紹介してきましたが、ここまで読まれた読者の方の中には、「製品開発は関係ない」と考える方もいらっしゃるかもしれません。しかし、「行動を重視し、行動の前段階に必要以上に時間をかけない」、「相手が望むことを自分達の業務設計に取り入れる」、「相手が望むことを取り入れるために自分達の業務プロセスは柔軟性とスピード感を重視する仕組みにしておく」という3点はどの部署においても応用が効くものと考えます。

例えば京セラのアメーバ経営では、コストセンターと呼ばれるような直接売上を生まない部署でも、社内の関連部署を顧客に見立てて擬似的な取引関係を想定するように仕組みづくりを推奨しています。このような視点に立てば、「自分の仕事のアウトプットを受け取る人々」としての他部署を顧客と仮定して、リーンスタートアップ手法を取り入れながらサービス開発するということは可能でしょう。

リーンスタートアップはあくまで一例に過ぎませんが、 「これをやっておけば大丈夫」という模範解答がない中で、現場が創意工夫とスピード感を持って業務に取り組んでいけるよう、現場レベルから考え方を新しくしていくことが求められているといえるでしょう。リーンスタートアップ的手法が全ての職場に適しているという訳ではありませんが、とりわけ「何をするべきか方向性に迷いがある」というような状況では参考にすべき取り組みであるといえるのではないでしょうか。


[1] スティーブ・ブランク 「リーン・スタートアップ:大企業での活かし方」ダイヤモンド・ハーバード・ビジネスレビュー 20138月号.

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著者プロフィール

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黒澤 壮史

日本大学商学部 准教授/Human Academy Business School MBAコース教授

黒澤 壮史(くろさわ まさし)

早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得後、早稲田大学商学学術院(助手)、
山梨学院大学(専任講師・准教授)、神戸学院大学(准教授)を経て現在に至る。
研究の専門は組織変革、戦略形成など。
著作としては「労働生産性から考える働き方改革の方向性-現場の意味世界の重要性-」(分担執筆、山田真茂留編:グローバル現代社会論)、
「ストーリーテリングのリーダーシップ(デニング著;分担翻訳)」、「想定外のマネジメント 高信頼性組織とはなにか(ワイク&サトクリフ著;分担翻訳)」など。

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