文章スキルを磨く 第8回 言葉は世につれ③
ビジネスでも私生活でも、読みやすく分かりやすい文章を書きたいものですね。
この連載では、昨日より少しだけ文筆を上達させるスキルや、日本語の豆知識をお伝えします。
言葉は時代とともに移り変わっていく、いわば生き物のようなものです。
前回に続き、2000年代を象徴する「変な接客言葉」を見てみましょう。
ご注文の品はおそろいになりましたでしょうか
店員の「ご注文の品はおそろいになりましたでしょうか」という言葉は、間違った敬語だという指摘もされました。
「そろう」は、「(人・物)が(場所)にそろう」という形で使います。
「そろう」のが「人」なら、「役員の皆さんがおそろいになりました」のように、「お~になる」の形で主語である役員への敬意を表すことができます。
ところが「そろう」のが「物」である場合、「ご注文の品はおそろいになりました」と言うと、「ご注文の品」に対する敬語文になってしまいます。
まずこれが第一に不自然な点です。
また、「そろう」のが「物」であっても、「社長はもう、この本のシリーズをおそろえになりましたか」のように、「そろえる」に「お」を付けて社長への敬意を込めることができます。
しかし「ご注文の品はおそろいになりましたか」では、「ご注文の品」をそろえたのは客ではなく店員であり、店員自身への敬語になってしまうのが、おかしな点の二番目です。
丁寧な言葉を意識する気持ちは伝わりますが、少し無理があるのですね。
こんな時は、「ご注文の品はそろっていますでしょうか」と言うのがふさわしいように思えます。
ご注文は以上でよろしかったでしょうか
同じ場面で、店員が「ご注文は以上でよろしかったでしょうか」と尋ねる言葉に違和感を覚える人も少なくありません。
目の前の注文に対して過去形の「よろしかった」を用いるのは誤りで、「ご注文は以上でよろしいでしょうか」と現在形を使うべきだ、という意見です。
電話で「奥様でいらっしゃったでしょうか」と言われて、「今も奥様ですけど」と思わずムッとした、というのも同じ感覚です。
しかし「た」は、過去の意味を表すだけではありません。
「でしたね」を付けて、「ご出発は明日でしたね」「あなたは山田さんでしたね」のように、自分が知っていることについて相手に確認する用法があります。
一方、「でしょうか」は、自分が知らないことについて質問する表現です。
「あなたは山田さんでしょうか」は、自分が山田さんと面識がない場合に使います。
現在のことに「た」を用いるケースは他にもあります。
来訪客にお土産をもらった子どもに、親が客の目の前で「よかったねえ」と言うのは普通の言葉づかいです。「待っていてよかった」は、その直前まで待っていた現在の感想であり、「間に合ってよかった」も、間に合ったのは感想を述べている現在です。
このように、一連の流れの中で進んでいる行為について、直前の結果を踏まえた現在の感想として「た」を用いるのは、ごく一般的な表現です。
すると「ご注文は以上でよろしかったでしょうか」は、注文と確認が一連のものだと見なせば、「た」が間違いだと断定できない気もします。
もうひとつ、「よかった」と「よろしかった」の違いを検討する必要があります。
「昨日の料理はよかった」のように、過去のことについて現在の感想を「よかった」と過去形で述べるのは自然な表現です。
しかし、「昨日の料理はよろしかった」とはあまり言いません。ましてや、「お土産をもらってよろしかった」「待っていてよろしかった」「間に合ってよろしかった」とは、もっと言いません。
つまり、「よろしかった」という語そのものが不自然なのですね。
以上から、ここでは「ご注文は以上でよろしいでしょうか」が適切な表現だと言えるでしょう。
千円からお預かりします
700円の買い物をして千円札を渡した時の、「千円からお預かりします」という言葉を、当初は奇妙な言い方だと感じる人が大勢いました。
まず、「から」の使い方が変です。「(人)から(物)を預かる」のであって、「物(千円)から預かる」と言うことはできません。そして、千円から「何を」預かるのか、目的語も欠落しています。
次に「預かる」という言葉にも問題がありそうです。
「預かる」のなら返すのか。ちょうど支払っているのに「預かる」と言うのはおかしい。
「クレジットカードからお預かりします」と言うのは、もっとおかしい。そんな声が噴出しました。
支払った金は「預かる」のではなく「もらう」のですから、「千円いただきます」と言うのが本来の正しい言い方です。
しかしここで、店員の立場を考えてみましょう。
レジ係は客が渡した金を直接レジの中には入れません。紙幣なら客にも見えるところに磁石で留めたりしています。
これは、五千円札を預かったのに一万円札を渡したと言われることがないよう、予防策を取っているためだそうです。
また小銭を含んでいる時は、皿の中に入れています。
こんな時、レジ係は何と言えばよいのでしょうか。まだ、もらっているわけではありません。まさに預かっている状態です。
客が渡した金を預かり、確認し、釣り銭を返し、ようやく代金をもらうのです。
まず千円を「預かって」、そこ「から」代金の700円をいただきます、という意味なのでしょう。
これを省略して「千円からお預かりします」と言うため、妙な感じがするのですね。
「千円お預かりします。700円頂戴しました。300円お返しします」と言うのが理想的ですが、それが面倒で「ありがとうございました」の一言で片付けてしまうのが現実なのかもしれません。
お弁当温めますか?
コンビニで弁当を買うと、「お弁当、温めますか?」と聞かれますね。今ではコンビニの常套句になっていますが、実はこれも変な言葉です。
「今晩、何を食べますか?」「お酒を飲みますか?」と聞く場合、「食べる」「飲む」のは「あなた」であって、「私」ではありません。
つまり「~しますか?」は相手の意思を問う表現であり、自分の行為に対して用いないのが普通です。友人に「私は結婚しますか?」と尋ねたりはしませんよね。
したがって、「お弁当、温めますか?」は「あなた(客)が(自分で)お弁当を温めますか?」と質問していることになり、本来は不適切な言い方なのです。
自分の行為を申し出る時には「~しましょうか?」と言うのが正しい言葉づかいで、ここでは「お弁当、温めましょうか?」がふさわしい表現です。
「~しますか?」と「~しましょうか?」では、主語が違うのですね。
その後、「お箸お付けしますか?」「紙袋にお入れしますか?」「ブックカバーお付けしますか?」など類似の表現がはびこるようになり、客側もすっかり正常な感覚が麻痺して今日に至っています。
あなたも、会社でうっかり「部長、窓をお開けしますか?」「書類の整理、手伝いますか?」などと言ってしまわないように、よ~く気を付けてくださいね!
【書式のテンプレートをお探しなら】