文章スキルを磨くシリーズ第4回 発音が紛らわしい言葉
ビジネスでも私生活でも、読みやすく分かりやすい文章を書きたいものですね。
この連載では、昨日より少しだけ文筆を上達させるスキルや、日本語の豆知識をお伝えします。
おざなり/なおざり
「おざなり」と「なおざり」の違いをご存じですか? 両者は語形が近く、意味も混同して使われることが多いようですが、全く別の言葉です。
「おざなり」は「お座なり」の漢字が当てられるように、「お座敷席で、その場だけ取りつくろって間に合わせる」という意味を持ち、江戸時代から使われているそうです。
一方「なおざり」は、歴史的仮名遣いでは「なほざり」と書き、「なほ(直・尚)ではない」ことを表していたようです。この語は、古く平安時代には存在したということです。
現代の意味や用法を考えてみましょう。
〇おざなりな謝罪の言葉。
✕なおざりな謝罪の言葉。
〇災害対策がなおざりにされた。
✕災害対策がおざなりにされた。
つまり「おざなり」は、「誠意のない、いい加減な扱い」ではあるものの、一応するべきことは「する」のです。それに対して「なおざり」は、「無視して放置する」のであり、必要なことを「しない」のです。
音は似ていても、意味は全く違うのですね。
あたらしい/あらたしい
「おざなり」と「なおざり」の混同のように、ひとつの言葉の中で音が入れ替わる現象を「音位転換」と言います。
「新しい」は、「新」の字を「あらた」と読むように、もとは「あらたしい」でしたが、「あたらしい」と読み習わすようになりました。
「山茶花(さざんか)」は、漢字を見れば分かるように本来の読みは「さんざか」でしたが、次第に音位転換した言葉です。
「秋葉原」も、「あきばはら」が「あきはばら」に転化したものです。
これらは、言い間違いがそのまま定着した言葉なのですね。
ふんいき/ふいんき
近年は、「雰囲気」を「ふいんき」と言う人が増えているそうです。もちろん、「ふんいき」と入力しないと漢字変換することはできません。これは一概に若者言葉と決めることはできないようで、40歳代の3人に1人は「ふいんき」と言うことがあるのだとか。
この音位転換の原因を、NHK放送文化研究所は以下のように推測しています。
「雰」の字は「雰囲気」以外で使うことはまずないでしょうから、この漢字単独の読み方が分からなくても仕方ありません。そして、「囲」の字を「因」と取り違えたとすれば、なんと「雰因気」というのができあがります! どうでしょう、これ、[フインキ]と読めそうな気がしてきませんか。
そういうこと/そうゆうこと
「言う」は現代仮名遣いでは「いう」と表記しますが、実際には「ゆう」と発音する人が多いですね。
「言う」は、「言わない/言います/言う/言えば/言おう」と五段に活用しますが、語幹(変化しない部分)の発音が微妙に不安定です。「い」の音がはっきり現れるのは「言います」「言えば」ですが、「言わない」「言う」「言おう」は「い」か「ゆ」か、どちらにも聞こえます。
発音上の不安定はやむを得ないとしても、表記の上では安定させるべきだと考えられ、「言う」は現代仮名遣いでは「いう」と書くことになりました。歴史的仮名遣いでは「いふ」ですから、語幹の部分はそれに基づいて「い」と決めた、という理由もあるのでしょう。
同じく「ゆう」と発音する「結う」は、「ゆ」の語幹が安定しているため、こちらは「いう」と読んだり書いたりすることはなく、「言う」とは事情が異なるようです。
「二十世紀」は「にじっせいき」?「にじゅっせいき」?
「二十世紀」は、「にじっせいき」か「にじゅっせいき」か、どう読みますか?
「十本」は、「じっぽん」でしょうか、それとも「じゅっぽん」でしょうか?
「十」は本来「じっ」と発音し、「じゅっ」はそれが崩れた形ですが、現在は「じゅっ」と発音するのが優勢です。
従来、常用漢字表には音読みとして「ジュウ」「ジッ」と記載されてきましたが、世の趨勢を受けて、2010年に初めて備考欄に「『ジュッ』とも」と追記されました。
ぜんいん/ぜーいん
このように発音が揺れる言葉は、他にもたくさんあります。
国立国語研究所では、発音の変化をタイプ別に分類しています。
- 撥音(はねる音「ん」)が長音(のばす音「ー」)に変化する場合
・全員 ぜんいん → ぜーいん
・原因 げんいん → げーいん - 拗音(小さい「ゅ」)が脱落する場合
・出張 しゅっちょう → しっちょー
・手術 しゅじゅつ → しじつ - 連続する同じ母音が単音化する場合
・唯一 ゆいいつ → ゆいつ
・体育 たいいく → たいく - kやsなどの無声子音にはさまれた母音が脱落する場合
・洗濯機 せんたくき → せんたっき
・大仏さん だいぶつさん → だいぶっさん - 「ワ」が長音化する場合
・柔らかい やわらかい → やーらかい
・行われている おこなわれている → おこなーれている
シミュレーション/シュミレーション
外来語でも同様に、発音が揺れる場合があります。
多くの人が「コミュニケーション」を「コミニュケーション」、「シミュレーション」を「シュミレーション」と発音しています。日本人にはそのほうが発音しやすいからなのでしょう。
また、濁音が清音に変化するのも、よく見られる例です。
・バドミントン → バトミントン
・ハイブリッド → ハイブリット
逆に、清音が濁音になるケースもあります。
・人間ドック → 人間ドッグ
・アボカド → アボガド
さらに、長音か「ウ」の音かで、別のものを指す場合もあります。
・ボール(球)/ボウル(器)
・ボーリング(掘削)/ボウリング(球技)
布団を敷く/布団を引く
東京方言(江戸弁)では、「ひ」の発音が「し」になる傾向が強いと言われます。
「ひがし(東)」が「しがし」に、「ひつじ(羊)」が「しつじ(執事)」に、という具合です。
「し」が「ひ」になる場合もあり、「しちや(質屋)」が「ひちや」に、「しおひがり(潮干狩り)」が「ひおしがり」にと、まるで落語を聞いているようです。
しかし江戸っ子ならずとも、「し」と「ひ」の区別は難しいものです。
「布団を敷く」と「布団を引く」は、音が類似するだけでなく、「敷く」と「引く」の動作も似ているため、よく混同されます。そんな時は、「敷布団」「敷物」などの名詞を考えてみると、「敷く」が正しいと分かります。
鍋に油を敷く/鍋に油を引く
では、「鍋に油を敷く」「鍋に油を引く」は、どちらが正しいでしょうか? 正解は「引く」です。
「油を敷物にする」のではなく、「引き伸ばすように油を表面に広く塗る」という意味を考えれば、区別できそうですね。
レールを敷く/水道を引く
他にも、「レールを敷く」「戒厳令を敷く」は、「敷く」を用います。
一方、「水道を引く」「電話を引く」は、「引く」を使います。
すなわち、「敷く」は「広く行き渡らせる」の意味で、「引く」は「導き入れる」という意味で使い分ければ良いのですね。
発音が紛らわしくて表記に迷った時は、「この場合、どちらの字が正しいだろう?」と少し立ち止まって考えてみれば、あなたの文章スキルは昨日より少しだけ上達するかもしれませんよ。