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Q&Aで学ぶ民法(債権法)改正  第6回「債権法改正:隔地者間における契約の成立時期の見直し」

Q&Aで学ぶ民法(債権法)改正  第6回「債権法改正:隔地者間における契約の成立時期の見直し」

この記事の著者
  日本大学法学部教授、ミロク情報サービス客員研究員 

Q:友人Bのバイオリンが欲しくなったAは、バイオリンを50万円で譲って欲しいという手紙をBに送りました。

Bは50万円で売りますという手紙を出しましたが、まだAのもとに届いていません。

バイオリンの売買契約は成立しているでしょうか。

A:改正民法によって、設問では、Bの承諾の通知がAのもとに到達したときに、契約が成立することになります。

Q&Aイメージ図

1.改正のポイント

令和2(2020)年4月1日から債権法を改正する改正民法が施行されました。前回および前々回の「錯誤規制の見直し」に引き続き、本稿では隔地者間における契約の成立時期の見直しについて取り上げます。

改正のポイントは
(1)契約の成立時期を「到達主義」へ
(2)正当な理由のない到達妨害の規定の新設
です。

2.改正点の解説

(1)契約の成立時期を「到達主義」へ

契約の成立時期について、面談している場合や、電話で話している場合(対話者間)では、意思表示はその場で効力を生じるとすればよいでしょう。

問題となるのは、設問Qのように離れたところにいる者(隔地者)との間で契約する場合です。

改正民法は、隔地者間であるかどうかに関わらず、到達主義に立つこととしました。すなわち、意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずることになります(民法97条1項)。対話者に対する意思表示の場合にも、どの時点で意思表示の効力が生ずるのかは理論的には問題となるし、隔地者に対する意思表示と対話者に対する意思表示とで区別する合理的な理由はなく、区別の実益にも乏しいと考えられたためです。承諾の意思表示の場合も通知の到達した時に効力が生ずると改正されることとなるため、改正前民法526条1項は削除されました(あわせて承諾の通知の延着等に関する同法522条・527条も削除されました)。

(2)正当な理由のない到達妨害の規定の新設

これに加えて、相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは、その通知は、通常到達すべきであった時に到達したものとみなすという規定が設けられました(民法97条2項)。これは、最判平成10年6月11日民集52巻4号1034頁等の判例の立場を踏まえ、明文の規定を設けるものです。

3.到達主義とは?改正の理由は?

(1)契約の成立と契約書の必要性

まず、契約の成立に関する規定をみておきましょう。改正前民法は、契約の成立といった総則的規定(基本ルールに関する規定)を置いていませんでした。これは当然のことであり、わざわざ条文で規定しておかなくてもよいと考えられたためですが、契約がどのようにして定まるかというルールを条文で書いておくのが丁寧です。

そこで、改正民法は、契約は、契約当事者の一方(A)が申込み(契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示)に対して、相手方(B)が承諾をしたときに成立する、という契約の成立と方式に関する基本ルールを定めます(民法522条1項)。申込みと承諾という契約当事者間の合意は、意思表示の合致ととらえられ、これがなされたときには契約が成立することになります。

また、契約の成立には、合意(契約を成立させる目的で意思表示が合致すること)があればそれだけでよく、合意の方法については特別な様式は必要とされていません。口頭でも構いません。口約束だけでは契約の成立は完成しておらず、契約書を作り、それに署名・捺印することが必要だと思われるかもしれません。しかし、仮に契約書があってもそもそも契約を成立させるという合意が存在しなければ、契約は成立しません。

そのことを明文化して、改正民法は、契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、契約書等の書面の作成その他の方式を具えることは必要ではないと定めます(民法522条2項)。これは、近代私法の基本原則である契約自由の原則の明文化といえます。

もっとも、契約の成立の有無が裁判で争われた場合に、契約書があればそれを証明できますから、その点では契約書を交わしておくことは重要です。

(2)契約の成立時期の改正

前述の通り、契約の成立時期に関する規制では、対話者間では、意思表示はその場で効力を生じることになりますが、隔地者間の契約が問題となります。

改正前民法によれば、手紙等の書面により「隔地者に対してなされた」意思表示は、相手方にその通知が到達した時からその効力を生じることとされていました(到達主義:改正前民法97条1項)。ここにいう到達とは、相手方が意思表示を実際に了知(りょうち)することまでは要求されず、了知可能な状態に置かれればよい、具体的には意思表示が相手方の勢力範囲(支配圏)内に置かれることで足りると解されてきました(最判昭和36年4月20日民集15巻4号774頁)。例えば、郵便受けに入れられた状態であればよく、郵便物を開封することまでは要求されていません。改正前民法下では、設問QについてはAの申込みの通知がBに到達したときに効力が生ずることとなります。

しかし、隔地者間の契約の成立時期については、承諾の通知を発した時に成立すると規定されていました(発信主義:改正前民法526条1項)。この規定によれば、承諾の通知が到達するまでの間に、承諾者はすぐに契約を履行する準備に取りかかることができます。この規定により、申込みの意思表示に対する承諾の意思表示を発した日が契約成立時点とされます。

したがって、改正前民法によれば、設問QではBがAに承諾の通知を発送した時になります。しかし、承諾の通知の不到着や延着の場合でも契約が成立するという不都合もでてきます。この改正前民法526条1項は、郵便事情が悪い時代に制定されており、現代社会にはマッチしなくなりました。

そこで、前述の通り、契約の成立時期を「到達主義」へと改正したのです。

4.改正点のまとめ

以上を踏まえて設問Qを考えてみると、改正により、Bの承諾の通知がAのもとに到達したときに契約が成立することになります。

また、改正内容をまとめると(表)のようになります。

(表)契約の成立時期に関する改正対照表

改正前民法 改正民法
対話者間 到達主義(意思表示はその場で到達) 対話者間・隔地者間を問わず、到達主義:民法97条1項
隔地者間 申込み=到達主義:改正前民法97条1項
承諾=発信主義:改正前民法526条1項

執筆の参考にしたサイト

法務省「民法の一部を改正する法律(債権法改正)について

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著者プロフィール

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大久保 拓也

日本大学法学部教授、ミロク情報サービス客員研究員

日本大学大学院法学研究科博士後期課程満期退学。ミロク情報サービス客員研究員として商法・会社法・民法等の研究報告を行う。令和元年改正会社法の審議において、参議院法務委員会で参考人として意見を述べた。日本空法学会理事、日本登記法学会監事も務める。
著書に『法務と税務のプロのための改正相続法徹底ガイド〔令和元年施行対応版〕』(共著・ぎょうせい)、『実務が変わる!令和改正会社法のまるごと解説』(共著・ぎょうせい)等多数。

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