いま注目されるナレッジマネジメントとは? 考え方や手法について解説します
ナレッジマネジメントとは、企業の中に潜む暗黙知を発掘し、組織知として活用可能にする管理手法です。業界を先導するイノベーション企業になるためには、組織内の情報共有を円滑にし、あらゆる知的資産を活用できる仕組みづくりが欠かせません。
本記事ではそのための方法論として、ナレッジマネジメントの手法やメリットなどを解説します。
ナレッジマネジメントとは管理手法のひとつ
ナレッジマネジメントとは、企業や従業員個人が蓄積してきた経験や知識を組織全体で可視化・共有・発展させることで、企業の力を高めることを目的にした経営理論です。知識経営と呼ぶ場合もあります。ナレッジマネジメントは、1990年代初頭に日本の経営学者・野中郁次郎氏が初めて提唱し、その後世界中に広がりました。
野中氏のナレッジマネジメント理論を理解する上で重要になるのが、「暗黙知」と「形式知」という2つの知(ナレッジ)の形態です。
これらの概念のオリジナルは哲学者マイケル・ポランニーの『暗黙知の次元』という本にあります。ポランニーは、この本の中で「私たちは言葉にできるより多くのことを知ることができる」というテーマを掲げ、言葉にできない知識のことを暗黙知と称したのです。
(引用元:マイケル・ポランニー『暗黙知の次元』高橋勇夫訳、ちくま学芸文庫、2003年)
より分かりやすく言うと、暗黙知とはノウハウやスキルのような言語化が難しい知識を指します。他方で、形式知とは、学問的な知識やマニュアル化された知識に代表されるように、言葉や図表などで表現できる知識のことです。
暗黙知は「言語化が難しい」という性質上、スムーズに相手へ伝えることが難しい上、知識の所有者自身もその存在や重要性に無自覚な場合もあります。
したがって、たとえビジネスにおいて有用な暗黙知があったとしても、一部の個人や部署しか活用していないという事態が頻繁に発生するのです。
ナレッジマネジメントとは、組織の中に埋もれてしまっているこうした暗黙知を発掘し、組織全体で共有・活用できる形式知へと変換する手法です。
ナレッジマネジメントを導入することで、企業は個人の知を組織知へと変え、自社の全ての知的リソースをフルに経営へ役立てることが可能になります。
ナレッジマネジメントが注目されるようになった経緯と課題
ナレッジマネジメントは、時代を経るごとに日本で存在感を増してきた理論です。
というのも、高度経済成長期の日本企業においては、終身雇用制度がまだ機能していたため、ベテラン従業員のナレッジを組織内で共有することにはさほど問題がありませんでした。
この時代においては、従業員がナレッジを教える時間も学ぶ時間も十分にあり、ナレッジマネジメントを敢えて意識する必要性があまりなかったのです。
しかしバブルが崩壊し、終身雇用制が崩壊すると、労働者のキャリア設計は次第に転職ありきのものになり、時間をかけて組織内でナレッジを蓄積・共有することが難しくなっていきました。
派遣社員など、短期スパンでの雇用になりがちな非正規労働者が増加したことも、その傾向に拍車をかけた一因です。
こうなると、企業は自社の業務を安定的に回していくために、ナレッジの蓄積・共有に対して何らかの施策を打たねばならなくなり、その流れからナレッジマネジメントへの関心も高まっていきました。
昨今起きた新型コロナウイルスの発生も、ナレッジマネジメントへの関心を喚起する一因です。
コロナ禍において広まったリモートワークにおいては、各従業員がばらばらの場所で勤務するため、ナレッジの共有が非常に難しくなります。
これは特に新入社員にとって非常に厳しい状況で、入社したはいいものの研修も十分に受けられず、組織から置き去りにされてしまった人も一定数発生したことでしょう。
こうした状況においては、ナレッジマネジメントの方法も従来のものから大きく変えて、最適化せねばなりません。そこで重要になるのが、ICTの活用です。
従来ナレッジの伝達に大きな役割を果たしていた会話は、チャットやWeb会議などに置き換えられ、研修もWeb開催やビデオ配信などで代用されることが増えました。また、マニュアルをペーパーレス化したり、社内wikiの導入をしたりするなど、新たな情報共有の仕組みづくりに取り組む企業も増えています。
DXやデータ活用への取り組みが重要視される現代において、こうした変化は必然とも言えるでしょう。
たとえば今日では、人間が従来していた業務をAI(人工知能)に代行させる試みが活発化しています。これはある意味、ナレッジを継承する先が人からAIに変わったと表現できるかもしれません。
このようにナレッジマネジメントは、社会情勢の変遷と共に注目度を高め、同時に進化してきたのです。
ナレッジマネジメントの4つの手法
続いては、ナレッジマネジメントを実際の経営に役立てる手法について見ていきましょう。ビジネスにおいてナレッジマネジメントは、以下で述べる4つの仕方で主に用いられます。
経営戦略の策定
第一に挙げられるのは、経営戦略の策定に役立てる手法です。
この方法においては、ナレッジマネジメントにおいて蓄積された情報を幅広く分析し、そこで得られた知見に基づいて経営戦略を策定します。この方法を効果的に実施するには、一元的に情報を集約し分析する、データ分析プラットフォームの整備が重要です。
効率的手法の共有
第二に挙げられるのは、効率的手法の共有に役立てる手法です。
業務に役立つナレッジをマニュアルや社内wikiなどに集約し、それを広く共有することで、全社的に業務効率を向上させられます。これは業務の進め方を標準化し、業務の属人化を解消するための手法としても有効です。
顧客知識の共有
第三に挙げられるのは、顧客知識の共有に役立てる手法です。
ナレッジマネジメントにおいて共有されるべき知識の中には、顧客との関係を友好に保つための情報も含まれます。
顧客管理システム(CRM)などを導入し、顧客に関係するあらゆる知識をそこに集約することで、顧客満足度の向上に役立てることが可能です。顧客から届いた要望やクレーム、それらへの対処方法なども共有することで、トラブル対応の円滑化が期待できるでしょう。
専門知識の提供
第四に挙げられるのは、専門知識の提供に役立てる手法です。
個人が得た専門知識をデータベース化する仕組みを整えることで、他の従業員への情報提供を促進できます。たとえばヘルプデスクなどによく届く質問とそれへの回答をFAQとして公開すれば、問い合わせ対応の負担を大幅に下げられるでしょう。
ナレッジマネジメントがもたらす4つの効果
続いては、ナレッジマネジメントが組織にもたらす主な効果を4つに分けて解説していきます。
人材教育、育成の効率化
ナレッジマネジメントの効果その1は、人材教育や育成の効率化です。
ナレッジを蓄積し、共有する仕組みを組織として確立することは、人材教育において非常に役立ちます。
ナレッジを共有する仕組みが整っていないと、たとえば新入社員がある業務について尋ねた際、相手次第で答えが異なる、あるいは答えが返ってこないという事態が生じえます。
その点、ナレッジを集約するデータベースが十分に整備されていれば、何か知らないことがあったとき、従業員はそこにアクセスし、組織として標準化された方法で問題に対処することが可能です。上司や先輩社員も、資料を参考にしながら説明ができるので、効率的に教育しやすくなります。
サスティナビリティの実現
ナレッジマネジメントの効果その2は、組織のサスティナビリティ(持続可能性)の実現です。
リスクやトラブルに対するナレッジを蓄積しておくことで、通常の業務運営や事業継続が困難になるような状況に直面したとしても、過去の事例を参考に対策を打ちやすくなります。
また、ナレッジが共有されず、業務の属人化が深刻な職場においては、個々の従業員にかかる負担が重くなりがちです。こうした状況は組織運営の観点からしても、従業員がひとり離職しただけで業務遂行が困難になりやすい不安定な状態であると言えるでしょう。
逆に言えば、ナレッジマネジメントには、こうした属人化を解消し、組織と従業員双方のサスティナビリティを高めるメリットがあるのです。
新たなナレッジの習得
ナレッジマネジメントの効果その3は、新たなナレッジの習得や創造がしやすくなることです。
広範囲の人に共有・活用され続けたナレッジはより洗練され、そこからさらに新しいナレッジが生まれてくることもあるでしょう。これは後述するナレッジマネジメントの基礎理論「SECIモデル」の核心的要素とも言えます。
古いナレッジから新しいナレッジを生み出す仕組みの構築は、イノベーションを生みやすい企業風土を作ることにも繋がることです。先述した野中郁次郎氏はこれと関連して「知識創造理論」という理論も提唱しています。
業務効率化および改善
ナレッジマネジメントの効果その4は、業務効率化や業務改善の促進です。既存のナレッジを応用することで、会社全体の業務改善や効率化に役立てられます。
たとえば、優れた成績をあげている従業員のノウハウを広く共有し、それを会社の標準的な方法として誰もが実践できるようになれば、従業員全体のレベルアップが可能になるでしょう。
あるいはナレッジをデータベース化する際、既存の業務プロセスに潜むボトルネックを発見できるかもしれません。情報を透明化することは、課題の発見や改善にも役立ちます。
ナレッジマネジメントの基礎理論『SECIモデル』とは
ナレッジマネジメントの提唱者である野中郁次郎氏は、「SECIモデル(セキモデル)」という基礎理論も併せて考案しています。
このモデルは、暗黙知を形式知に変換・統合・発展させることで新たなナレッジを生み出すフレームワークです。先に触れた「知識創造理論」も基本的にこのSECIモデルに基づいています。
『SECIモデル』は4つのプロセスからなる
SECIモデルは、暗黙知が形式知化され、新たな知となる過程を4つのプロセスに分けて描いています。以下では、各プロセスの内容を簡単に解説していきます。
共同化プロセス
共同化プロセスとは、暗黙知が個人間で共有されるプロセスのことです。この段階において暗黙知はまだ形式知化(言語化)されておらず、体験の直接的な共有によって伝達されます。
たとえば後輩社員が先輩社員と一緒に同じ作業をする中で、なんとなく仕事のルールやコツがつかめるようになったという事例が、この共同化プロセスに該当するでしょう。
つまり、この共同化プロセスにおいて、暗黙知は暗黙知の形を保ったままで共有されているのです。体験の共有を必要とすることから、共同化プロセスにおいて暗黙知は狭い範囲での共有に留まる傾向があります。
表出化プロセス
表出化プロセスとは、暗黙知を形式知へと変換するプロセスです。ビジネスで言えば、これまでブラックボックス化していた業務や、曖昧なルールや流れに従ってこなしていた業務をマニュアル化する作業が、この表出化プロセスの典型例です。
他者との対話を通して言葉やイメージ、数式、図表などに置き換えられた暗黙知は、それ以降「形式知」として概念化され、広く組織内で共有される「集合知」ないしは「組織知」として活用可能になります。
結合化プロセス
結合化プロセスとは、形式知化されたナレッジを別のナレッジと組み合わせて理論づけたり、体系化したりするプロセスです。形式知化されたナレッジは、暗黙知時代と違って概念的な操作がしやすくなるため、理性的な評価・検討・改善を組織的にできます。
たとえばこれまでブラックボックス化していた業務を形式知化した上で、「別の方法もあるのでは」「あちらの業務と一本化できるのでは」と業務改善に取り組むことは、結合化プロセスの典型例です。
形式知を統合・体系化する結合化プロセスは、新しい形式知を創造するプロセスに該当するものです。このプロセスを突き詰めていけば、ビジネスモデルの構造化にもつながります。
内面化プロセス
内面化プロセスとは、形式知が再び暗黙知へと変化していくプロセスです。結合化プロセスによって新たに創造された形式知は、繰り返し実践する中で従業員個々人の中に浸透し、個人に内在する新たな暗黙知へと変わります。
それはたとえば、同じ教本で自動車の運転を学んだとしても、実際に運転を繰り返して習熟するにつれて、個々人に最適化された運転方法へと変化していくのと同じことです。
SECIモデルはスパイラル上に展開されるものであり、内面化を通して暗黙知になったナレッジは再び共同化へと回帰します。
ただし、形式知化を通過した暗黙知は、それ以前と比べてより高度に洗練されたナレッジへと発展していることが重要なポイントです。
ナレッジマネジメントに役立つ主なツールについて
先述したように、ナレッジマネジメントの運用に際しては、ITツールの活用が効果的です。以下では、ナレッジマネジメントに役立つ主なツールを紹介します。
エクセル
手軽に組織のナレッジをデータ化したい企業にとって、エクセルは心強い味方です。エクセルは多くの企業で活用されているため、従業員も特に操作方法に戸惑うことなく、ナレッジを入力できるでしょう。
ただし、エクセルはあくまで標準的な表計算ソフトに過ぎないため、膨大なナレッジを共有・分析するのには不向きである点に注意が必要です。
グループウェア
グループウェアとは、メール、チャット、ファイル共有、スケジュール管理など複数の機能を用いて情報共有やタスク管理を促進するツールです。円滑な情報共有を可能にするグループウェアは、業務の属人化を防ぎ、ナレッジを共有するためのツールとしても適しています。
CRM
CRMとは“Customer Relationship Management(顧客関係管理)”の略で、一般に「顧客管理システム」と訳されます。CRMはその名の通り、顧客関係の情報管理に役立つツールであり、特に営業部門で活用されるものです。
CRMは顧客の氏名や連絡先などの基本情報はもちろん、取引履歴や商談の予定、問い合わせやクレーム対応の記録なども一元的に管理できるツールです。そのため、顧客に関するナレッジを共有し、顧客と円滑な関係を築くことに寄与します。
ナレッジマネジメントで企業の創造性を高めよう
本記事で紹介したように、ナレッジマネジメントは企業にさまざまなメリットをもたらすことから、昨今注目を集めている取り組みのひとつです。組織内に埋もれた暗黙知を広く共有可能な形式知へと変え、発展させていくナレッジマネジメントは、企業の創造性を高め、イノベーションが起こりやすい環境を整えるためにも投資すべき取り組みと言えるでしょう。
現代の変動激しい市場状況に対応していくには、ナレッジを共有・発展させるスピードを加速させることが必要不可欠です。
そのためには、ITシステムの構築をはじめ、社内のマニュアルや管理体制も整え、情報共有を効率化する仕組みづくりが重要になります。