[契約書の書き方] 第10回:業務委託契約書(準委任型②)
今回は、準委任型の業務委託契約(甲社が乙社に対し、特定の事務の処理を委託する場合)を対象として、前回(第9回:業務委託契約書(準委任型①))解説した第1条から第4条まで以外に想定し得る規定について、解説します。
善管注意義務
第5条(善管注意義務)
乙は、委託業務の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって委託業務を処理する。
本条は、受託者である乙の善管注意義務について定めるものです。
仮にこの規定がなくても、乙は、準委任契約に基づき、民法上の善管注意義務を負うと解されますが(民法656条、644条)、受託者としての義務を明確にしておくため、契約書に明文で規定しておくことは有用と思われます。
再委託
第6条(再委託)
- 乙は、甲の書面による事前の承諾がない限り、委託業務の全部又は一部を第三者に委託してはならない。
- 乙は、委託業務の全部又は一部を第三者に委託する場合、当該再委託先に対し、本契約により乙が負担する義務と同等の義務を課し、当該再委託先の義務の履行その他の行為について一切の責任を負う。
本条は、委託業務の再委託について定める規定です。
本規定例の第1項では、原則として再委託を禁止し、委託者である甲が事前に書面で承諾した場合に限り、再委託を認めることとしています。
令和2年(2020年)4月1日より施行された改正民法では、644条の2※が新設され、委任契約において受任者が復受任者を選任する場合の要件等について明文化されました。本規定例の第1項は、この民法644条の2第1項に対する特約を定めるものです。
本規定例の第2項は、再委託が許される場合において、受託者である乙が、その再委託先に対し本契約と同等の義務を負わせることと、再委託先の行為について甲に対する責任が生じることを約する規定です。
※ 民法644条の2
- 受任者は、委任者の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ、復受任者を選任することができない。
- 代理権を付与する委任において、受任者が代理権を有する復受任者を選任したときは、復受任者は、委任者に対して、その権限の範囲内において、受任者と同一の権利を有し、義務を負う。
建築設計・監理等業務委託契約における再委託
特別法や各業界における一般的な取引条件を定める約款において、再委託が禁止されている場合があります。
例えば、建築物の設計、工事監理(工事と設計図書等との照合及び確認、工事監理報告書の提出等)、調査・企画に関する業務については、建築四会((公社)日本建築士会連合会、(一社)日本建築士事務所協会連合会、(公社)日本建築家協会、(一社)日本建設業連合会)の研究会が作成した「四会連合協定 建築設計・監理等業務委託契約約款」が広く利用されていますが、この約款では、第14条において、「乙は、設計業務、監理業務又は調査・企画業務の全部を一括して第三者に委託してはならない。」と規定し、全部の再委託を禁止しています(一部の再委託は、一定の要件の下で可能。『四会連合協定 建築設計・監理等業務委託契約約款の解説』(大成出版社、2020)123頁)。
権利義務の譲渡等
第7条(権利義務の譲渡等)
甲及び乙は、事前の書面による相手方の承諾がない限り、本契約に定める権利義務の全部若しくは一部又は本契約から生じる一切の債権を第三者に譲渡し、又は担保に供することができない。
準委任型の業務委託契約は、当事者間の信頼関係に基づく継続的契約ですので、契約上の権利義務や契約から生じる債権を第三者に譲渡すること等について、本条により制限を設けています。
秘密保持義務
第8条(秘密保持)
甲及び乙は、相手方より秘密である旨の指定を受けて提供された情報を営業秘密として取り扱い、相手方の事前の書面による承諾を得ない限り、第三者に開示してはならない。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
(1) 提供を受けた時に、既に自己が了知していたもの。
(2) 提供を受けた時に、既に公知であったもの。
(3) 提供を受けた後に、自己の責めに帰すべき事由によらずに公知となったもの。
(4) 正当な権限を有する第三者から秘密保持義務を負うことなく適法に取得したもの。
(5) 相手方から提供を受けた情報とは関係なく、独自に開発したもの。
本条は、当事者が、委託業務に関して開示を受けた相手方の営業秘密を、外部に流出させないようにするための、秘密保持義務について定めるものです。秘密保持義務については、本コラムの第5回(取引基本契約書⑤)の第14条で解説し、さらに第6回から第8回までの秘密保持契約書のコラムで解説しましたので、そちらもご参照ください。
弁護士の委任契約における「弁護士業務の適正の確保」について
業務委託契約とは直接関係ありませんが、弁護士と依頼者との委任契約に関し、犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号)に基づき日本弁護士連合会(日弁連)の規程により定められている、犯罪収益との関連性の検討義務について、ここで紹介しておきます。
すなわち、日弁連の規程では、弁護士が法律事務の依頼を受けようとするとき、依頼者の属性、依頼者との業務上の関係、依頼内容等に照らし、その依頼の目的が犯罪収益の移転に関わるものであるか否かについて慎重に検討しなければならず、依頼の目的が犯罪収益の移転に関わるときは、その依頼を受けてはならない旨が定められています。
そのため、弁護士の委任契約書には、一般的に次のような条項が設けられています。
第○○条(弁護士業務の適正の確保)
- 甲(依頼者)は、本件事件等の処理の依頼目的が犯罪収益移転に関わるものではないことを、表明し保証する。
- 前項の内容の確認等のため、乙(受任弁護士)が甲に対し、本人特定事項の確認のための書類を提示又は提出するよう請求した場合、甲はそれに応じなければならない。
- 甲は、前項により確認した本人特定事項に変更があった場合には、乙に対しその旨を通知する。
私の実務経験上、特に個人の依頼者の方々は、なぜこんな規定が含まれているのだろうと少々不審に思われることがあるようです。しかし、上記のとおり、日弁連の規程により義務付けられている事項ですので、依頼者にはご了承いただいています。
契約の解除
第9条(解除)
甲又は乙は、相手方が次の各号のいずれかに該当するときは、何らの催告を要することなく、直ちに本契約の全部又は一部を解除することができる。
(1) 本契約に違反し、相当の期間を定めて催告したにもかかわらず、当該期間内に是正しないとき。
(2) 差押え、仮差押え、仮処分、その他強制執行の申立てを受けたとき。
(3) 公租公課の滞納処分を受けたとき。
(4) 自ら振り出し又は引き受けた手形、小切手若しくは電子記録債権が不渡りとなったとき、又は支払停止となったとき。
(5) 破産、民事再生、会社更生のいずれかの手続開始の申立てがあったとき。
(6) 資産、信用又は事業に重大な変化が生じ、本契約に基づく債務の履行が困難となるおそれがあると客観的に認められるとき。
本条は、当事者の一方に契約違反(債務不履行)があった場合の解除権、及び、重大な信用不安等の事由が生じた場合の解除権に関する規定です。
解除については、本コラムの第5回(取引基本契約書⑤)の第16条で解説しましたので、そちらもご参照ください。
損害賠償義務
第10条(損害賠償)
甲及び乙は、本契約に違反したときは、これによって相手方が被った損害を賠償しなければならない。
協議
第11条(協議)
本契約に定めのない事項又は本契約の解釈に疑義が生じたときは、甲及び乙が協議して解決する。
契約違反が生じたときの損害賠償義務、及び、契約の解釈に疑義が生じた場合等の協議に関しては、本コラムの第8回(秘密保持契約書③)の第7条と第11条で解説したとおり、当然のこととして軽視すべきではなく、上記のような明文規定を設けておくことには意義があります。
紛争処理
第12条(紛争処理)
本契約に関して生じた紛争については、○○地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とし、裁判によって解決する。
当事者間の紛争処理について、上記規定例では、裁判によって解決することとし、予め専属的合意管轄を定めています。合意管轄とは、民事訴訟法11条により認められるもので、合意した裁判所以外の裁判所の管轄を排除する場合を専属的合意管轄とよんでいます。
次回は、業務委託契約(請負型)に関する規定について解説する予定です。
(第10回・以上)