ノーマライゼーションとは? 意味、歴史のほか具体的な事例も解説!
ノーマライゼーションとは、障がいの有無・年齢・性別等に関わらず、誰でも普通(ノーマル)な暮らしができる社会を目指すという考え方です。ノーマライゼーションはデンマーク発祥の言葉で、1981年の「国際障害者年」をきっかけとして、世界的に広まりました。
近年では、ノーマライゼーションの取り組みを強化している企業も増えてきています。この記事では、ノーマライゼーションの概要や現状、課題や注意点などを、実際の取り組み事例と併せて紹介します。
ノーマライゼーションの意味
ノーマライゼーションは、社会的少数者とされている高齢者や障がい者も、健常者と同等な生活できる環境や社会こそが、ノーマルであるという考え方を指します。
ノーマライゼーションは、福祉政策に役立つ理念として近年の日本に根をおろしています。福祉関係や医療関係の企業だけでなく、一般企業でも、障がい者雇用の義務化など、ノーマライゼーションが取り入れられるようになってきました。
ノーマライゼーション発祥の歴史
近年では、世界的に認知度が高まり、日本でも広く知れ渡るようになったノーマライゼーションですが、その起源は、1950年代のデンマークまで遡ります。
以下では、ノーマライゼーションという言葉が生まれた歴史的背景や、どのようにして世界に広まったのかを解説していきます。また、日本で広がったきっかけも併せて見ていきましょう。
デンマークで提唱されて始まった
ノーマライゼーションは、第二次世界大戦終戦後の1950年代にデンマークで生まれた言葉です。ニルス・エリク・バンク-ミケルセンというデンマーク社会省の行政官が提唱しました。
バンク-ミケルセンは、「障がいを抱えている人たちも、そうでない人たちも、皆同じ生活基準を保護するべきである」という考え方の基に、ノーマライゼーションを広めたと言われています。
1950年代当時、知的障がい者の施設で、障がいを持つ子供たちが非情な扱いを受けていました。
バンク-ミケルセンは、その子供たちの保護者と共に、課題解決を目指す運動を起こしましたが、この運動が、ノーマライゼーションが普及した最初のきっかけです。
その後、1959年にノーマライゼーションはデンマークの法律として制定され、認知度が高まっていきました。
世界へのノーマライゼーションの広がり
ノーマライゼーションは、社会福祉の根本的な理念として世界的に認知度が高い考え方です。ノーマライゼーションを世界に広めた先駆者の1人に、スウェーデンのベンクト・ニィリエという人物がいます。
ベンクト・ニィリエは、ノーマルな生活とはどのような基準で決まるのかという、ノーマライゼーションの基となる原理を提唱しました。また、その原理を英訳して発信したことで、世界に広まったとされています。
また、1981年に国連が「国際障害者年」を制定したことも、ノーマライゼーションの世界的な普及を加速させた要因です。国際障害者年は、障がいを持つ人が抱える問題に世界的に目を向け、合理的な思考を広めた年として制定されました。
日本へのノーマライゼーションの広がり
1981年に国際障害者年が制定されたことを受けて、日本でもノーマライゼーションが広まっていきました。それ以降、政府の「7か年戦略(1996年~2002年)」をはじめ、多くの民間企業でも、ノーマライゼーション実現のための施策が行われています。
日本にも、社会福祉法人ノーマライゼーション協会という機関が設立されています。ノーマライゼーション協会の法人理念は「すべての人の人権を基軸としたノーマライゼーション社会の実現」です。
ノーマライゼーション協会は、障がい者や高齢者の生活で支障がないように支援をするために、施設の経営や運営を管理しています。一部の施設では、障がいを抱える人たちが主体となって、共同して生活を送れるように手助けする取り組みが日常的に行われています。
ノーマライゼーションと似た言葉の違い
ノーマライゼーションと似た意味を持つ言葉がいくつかあります。
たとえば、バリアフリーやユニバーサルデザイン、インクルージョンが挙げられます。それぞれ、なんとなく言葉は知っていても、特徴や言葉同士の違いまでは説明できないという人も多いのではないでしょうか。
以下では、ノーマライゼーションと似た言葉の違いについて、意味を例と併せて紹介します。
バリアフリー
ノーマライゼーションに似た言葉の一つに、「バリアフリー」という言葉があります。バリアフリーは、障がいを持つ人が日々の暮らしの中で障壁(バリア)と感じる物をなくし、便利かつ快適に暮らせるようにすることです。バリアフリーの例として、以下の2つが挙げられます。
- 階段を設置する際に、車いすに乗った人も通れるようにスロープを設置する
- 公共トイレに音声案内を流し、目が不自由な方でも利用しやすくする
ノーマライゼーションは、「障がい者や高齢者がノーマルな生活を送れることこそが正常な社会である」という考え方です。
バリアフリーはノーマライゼーションを実現するための具体的な取り組みのことを指します。
ユニバーサルデザイン
ほかにも、ノーマライゼーションと似た言葉に「ユニバーサルデザイン」という言葉があります。ユニバーサルデザインとは、年齢や性別、障がいの有無や国籍などに関わらず、誰もが便利に使用できる製品や建物の設計(デザイン)のことです。
日常でも目にする機会の多いユニバーサルデザインには、以下の3つが挙げられます。
- 改札機
車いすの人や物を持っている人、小さい子どもと手を繋いでいる人でも通りやすいように、改札機の幅は広くとられています。 - 自動販売機
低身長の人や、腕を使いづらい人でも自由に飲み物を購入できるように、上部の飲み物のボタンを下部にも設置しています。 - 信号機
歩行者用の信号機は、色だけでなくピクトグラムを見ることでも判断できる仕様になっています。また、音声案内付きの信号機も増えているため、視覚に障がいがある人にも優しいデザインです。
インクルージョン
「インクルージョン」という言葉も、ノーマライゼーションと似た意味の言葉です。インクルージョンは、直訳すると「包括」「包含」「包摂」といった意味になります。
障がい者や健常者といった属性で区別せず、あらゆる人が参画・活躍できる環境を目指そうという理念です。
インクルージョンは、ビジネスシーンで目にする機会が多いでしょう。その場合には、全従業員が尊重され、個々の能力を存分に発揮し、めざましく活動できている状態として表現されます。
以下は、ビジネスにおけるインクルージョンの施策例です。
- 研修やセミナーなどを定例で開催し、従業員の理解度を高める
- 車いすを利用する従業員に配慮し、リモートワークを導入する
- 障がいの有無や、性別にかかわらず、適材適所を重視して人員を配置する
【関連記事はこちら】
インクルージョンとは? ダイバーシティとの違いや導入事例を解説ノーマライゼーションの8つの原理
ノーマライゼーションには、前述のベンクト・ニィリエが提唱した「8つの原理」があります。
ベンクト・ニィリエが唱えた8つの原理は、以下のとおりです。
- 1日のノーマルなリズム
起床→身支度→登校・出勤する→帰宅→就寝といった日常のサイクル - 1週間のノーマルなリズム
平日→学校・仕事、土日→アクティビティ・リラックスして休日を過ごすといったサイクル - 1年間のノーマルなリズム
春夏秋冬の流れを体感したり、季節のイベントを楽しんだりする - ライフサイクルにおけるノーマルな発達的経験
幼少期には家族で遊びに出かけたり、成人以降は結婚して子どもを産んだりする - ノーマルな個人の尊厳と自己決定権
思ったことを話せて、受け入れて、尊重する環境 - ノーマルな性的関係
老若男女分け隔てなく接する - ノーマルな経済水準とそれを得る権利
最低賃金の保証など、経済水準を安定させる - ノーマルな環境形態と水準
施設を一般家庭と同様の造りにし、環境への違和感をなくす
ベンクト・ニィリエは、この8つの原理を満たせば、ノーマライゼーションの実現が可能であるとしています。実際に、この考えを明文化して発信したことでノーマライゼーションがスウェーデンから世界に認知されていきました。
各分野におけるノーマライゼーションの現状
ノーマライゼーションは、障がい者や高齢者などの社会的弱者も、社会的多数派と同様に暮らしやすい環境を作るために、必要な考え方です。現在、日本ではどのような取り組みが行われているのでしょうか。
以下では、各分野におけるノーマライゼーションへの取り組みを解説していきます。
福祉分野におけるノーマライゼーション
福祉の分野では、障がいを持つ人や介護が必要な人向けに、福祉施設の建設や福祉用具の拡充などの取り組みが行われています。
また、国や地方公共団体が障がい者に向けて、働きやすい職場を提供することも、福祉分野におけるノーマライゼーションの取り組みです。
企業が行うノーマライゼーションの試みの例に、聴覚に障がいのある人が働くことができる飲食店があります。
飲食店のスタッフは、コミュニケーションをとることが多い職業です。そのため、手話などを通して従業員同士やお客様に対してコミュニケーションをとりながら、福祉分野でのノーマライゼーションを実現させています。
障がいを持っていても、それぞれの個性を発揮し、活躍できる場所を提供する企業が増えてきていることは、福祉分野でもノーマライゼーションが広がっている証拠と考えられるでしょう。
教育分野におけるノーマライゼーション
教育の分野では、障がいの有無に関わらず、同じ授業内容を受けられる組織づくりを提案・実施しています。
たとえば、普通学級で健常者の児童と一緒に授業を受けることや、障がい者のみの特別支援学級などでも普通学級と同様の授業を受けられることも、ノーマライゼーションの取り組みの一環です。
このように、障がいを抱えている児童でも普通学級か特別支援学級で、健常者と同様に授業が受けられるようにする教育法を、インクルーシブ教育システムと言います。
ただし、児童全員に包括的な教育を提供することだけが、ノーマライゼーションの実現に繋がるとは限りません。
児童それぞれの教育ニーズに合わせて授業を受けられるように、仕組みを強化することが重要と言えるでしょう。
ノーマライゼーションの課題
ノーマライゼーションの認識が広まっている一方で、未だに浸透が薄いところもあり、社会的な課題は山積しています。
以下では、具体的な課題を紹介していきます。
ノーマライゼーションの理念が浸透していない
ノーマライゼーションは、社会福祉や教育の分野などで広く知られるようになってきました。
一方で、一般社会において、その概念や目的を認知している人は少なく、ノーマライゼーションの理念が浸透していないのが現状です。この理念が大衆に普及していないことが、実際に障がい者への包括的な取り組みを困難にしています。
企業や公共機関においても、ノーマライゼーションの具体的な実践方法に関する知識を持っている人は多くありません。
結果として、障がい者や高齢者の雇用促進や待遇改善に繫がらず、ノーマライゼーションが本来持つべき社会的な変革や包摂の機会が損なわれているのです。
障がい者の受け入れ体制が整っていない
多様性が重視される中で、障がい者に対する包括的な受け入れ体制が整っていないという課題もあります。企業や事業所において、障がい者を受け入れるための制度や施策が不十分であるため、障がい者の受け入れには依然として困難が伴っているのが現状です。
地域や社会全体での受け入れ体制も整っておらず、障がい者が施設から出て社会で生活を送ることが難しい状況が続いています。バリアフリーやユニバーサルデザインを取り入れた設備導入など仕組みを整えていく必要があるでしょう。
制度や財政的問題が存在する
障がい者の雇用には助成金制度がありますが、財政的問題が存在します。制度や財政上の課題を解決するには膨大なコストがかかり、その実現は容易ではありません。
この課題解決には、政府の積極的な働きが重要とされています。しかし、マイノリティーである障がい者への政策に関して、マジョリティーである一般市民からの十分な支持を得ることが難しく、その取り組みはまだ十分とは言えません。
政治の意識が障がい者に向かない場合、具体的な政策提言や予算配分が後回しにされる可能性が高いです。障がい者の権利と支援に関する政策の推進には、政治の意識改革と積極的な行動が必要と考えられます。
企業がノーマライゼーションを実現する際のポイント
ノーマライゼーションを導入している企業が増えてきています。しかし、いざ取り組もうとしても、何から始めるべきかわからない企業も多いのではないでしょうか。
そこで、企業がノーマライゼーションを実現するための大切なポイントを紹介します。
障がい者雇用の職場実習を行う
企業がノーマライゼーションを実現する際の1つ目のポイントは、障がい者雇用の職場実習を行うことです。職場実習では、採用前に職場の見学や、実務体験、研修などをします。
採用前の段階で、企業と実習生がお互いを理解することにより、離職率の低下が期待されます。
職場実習のメリットは、ノーマライゼーションの重要性や取り組みの流れを明確化し、従業員に理解を促進させられる点です。
体力面の適合性も事前に確認でき、数ヶ月から1年先まで仕事と向き合えそうかという想像ができます。また、企業側も書類や面接ではわからない性格面なども実習を通じて確認できるでしょう。
【関連記事はこちら】
障害者雇用とは? 雇用の流れや支援制度、困った際の相談先を紹介助成金を活用する
次に、ノーマライゼーションを実現させるためのポイントは、助成金を活用することです。助成金の活用により、障がい者の雇用のために必要となる様々な制度や設備を整備することができます。
企業が障がい者を一定の期間雇用している際に、国から様々な助成金を受け取ることができます。厚生労働省による障がい者の雇用に関した助成金の一例には、以下が挙げられます(2024年3月時点)。
- 特定就業困難者雇用開発助成金
- トライアル雇用奨励金
- 障害者雇用納付金制度に基づく助成金
- 人材開発支援助成金
- キャリアアップ助成金
【関連記事はこちら】
障害者雇用に関する助成金まとめ|種類ごとの概要と利用時の注意点障害者を特別扱いしない
3つ目のポイントは、障がい者を特別扱いしないことです。
特別扱いは、ノーマライゼーションの理念とは相対する行為なので、障がい者に対して過保護な扱いをすることは避けましょう。
しかし、特別扱いしないとは健常者とおなじ業務を強いることではありません。
ノーマライゼーションでは、障がい者が抱える困難を理解し、適切なサポートを提供することが求められます。企業側は教育やサポート体制を整え、障がい者が組織内で自分の役割を果たせるように支援することが大切です。また、障がい者が安心して相談できる環境を整えておきましょう。
重要なのは、誰しもが自分で物事を選択できる権利があるという事です。
ノーマライゼーションに取り組むためにも、その概念を深く理解し、障がい者との関わり方を学ぶ必要があります。
企業のノーマライゼーションへの取り組み事例
ノーマライゼーションへの取り組みとして、具体的にどのような方法があるのか気になるポイントです。ビジネスでノーマライゼーションへの取り組みをする際は、概要や目的を理解して、自社の制度に落とし込んでいきましょう。
それでは、企業におけるノーマライゼーションへの取り組み事例を3つ紹介します。
従業員に合わせて業務を割り当てる
企業のノーマライゼーションへの取り組み事例として、従業員に合わせた業務の割り当てが挙げられます。
実際に、聴覚に障がいを持つ人には、データの入力業務やバックオフィスなど、直接的に顧客と関わらない業務を頼むという事例があります。従業員の能力や特性に応じて業務を配分することで、障がいがある人が働きやすい環境を整えることが可能です。
また、働いていく中で定期的な通院が必要な場合は、休暇制度を柔軟に適用することも大切なポイントと言えます。
ほかにも、段差解消や音声認識機能の導入など、物理的に環境を整えることも重要です。
ノーマライゼーションを促進する部署を設置する
2つ目の取り組み事例は、ノーマライゼーションを促進する専門の部署を設置することです。
実際に、教育推進部や障がい者のための職業相談員などを設置している企業もあります。近年では、大企業を含む多くの企業が、ノーマライゼーションを促進するための部署を設置するようになりました。
これにより、積極的にノーマライゼーションが進み、障がい者と健常者が同等に仕事を行う環境が整います。
また、採用プロセスでは行政と連携し、特別支援学校の生徒向けに就労支援研修を全国各地で実施するなど、障がい者の職業訓練や採用を支援する取り組みも行われています。
優先ATMや優先シートの設置
企業におけるノーマライゼーションへの3つ目の取り組みは、優先ATMや優先シートの設置などが挙げられます。障がい者のための優先設備を整えることで、ノーマライゼーションの取り組みが可視化されます。
たとえば、視覚障がい者向けの音声案内機能がついているATMや、コミュニケーションボードの設置などは有効な手法です。
このように、利用者の多様なニーズに対応できるサービスを提供することが重要視されます。障がいの有無に関係なく、全ての利用者が安心して施設を利用できる環境作りも意識しましょう。
まとめ
ノーマライゼーションは、障がい者や高齢者などにかかわらず、健常者と分け隔てなく普通の生活を送ることが正常であるという考え方です。
デンマークで生まれたこの概念は、現在では世界で広く認知されています。日本では、福祉分野や教育分野でもノーマライゼーションへの取り組みが活発に行われています。
近年では、企業のノーマライゼーションへの取り組みも増えており、障がい者の雇用促進や職場環境の改善を目指す企業も多いです。誰もが同等に生活を送れるように、優先ATMや優先シートの設置、専門部署の設置、従業員に合わせた業務割り当てなどの具体的な取り組みをしていきましょう。